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短編小説 インスタント・カーマ

塩田晃司はやっとたどり着いた病院で、交通事故に遭った9歳の息子が「DOA」、
すなわち「到着時死亡」を告げられ、その場で自殺をしようと思うほどに打ちのめされた。
彼は実際、狼のような咆哮を響かせて、集中治療室のドア脇の壁に頭を数度打ちつけ、
昏倒するのだった。


*

50分ほど前、横断歩道を青信号で渡っていた自分と息子の涼太ー

そのまだあどけない息子が、目の前で左折する外国製スポーツカーの前輪に巻き込まれ、
その車は一度停止したが、なぜか怒るかのような二回の空ぶかしをした瞬間、
晃司は、

「動くなあああッ!止まってろおおおおッ!!」

と獣のように絶叫し、運転手の視界にまず入って、両手を上げ、大きく振りながら
左のウィンドウに駆け寄った。

・・・間に合わなかった。

タイヤはとどめを刺すかのように車の下で後輪前に倒れている息子の首と頭の辺りを
ゆっくりー
晃司にはそう見えたー
踏みつけ、一回転し、止まった。

晃司は、口や耳から血を出しピクリとも動かぬ息子の名を何度も何度も呼びながら
身体を車の後部下から引き出し、抱きしめて、さらに名を呼び続けながら、
頬ずりをし、泣くのだった。

外国車の運転手が路肩に車を停めてドアを開け出てきたが、晃司は一瞥もくれない。
運転手は119番に電話をして、晃司の背後に来て、

「すみません。なんと言っていいのか・・・。」

と項垂れ、絶句した。
晃司は息子と自分以外は存在しない世界に入っていた。
他になにも見えないし、聞こえなかった。


救急車は5分ほどで到着した。
救急救命士はかすかながら涼太が呼吸をしているのを確認し、
病院の手配を他の救急隊員に指示した。

「直近の関東健保病院はERただいま塞がっています。コロナらしいです。」

隊員が言う。
とにかく涼太と晃司を乗せ、出発する。

「まず多摩慈愛病院方向で出発だ。問い合わせて。」

「ーー同様です。コロナの急患でいっぱいと。」

「玉川国際病院は?」

「ーーダメです。コロナ急患と他の事故の救急搬送があったそうです。」

「荏原中央病院は?」

「ーーいけません。コロナの感染爆発だそうです!」

「どこへ行きゃいいんだ!」

救急救命士は苛立ちの声を上げた。
涼太のバイタル・サインは風前の灯になっている。

晃司は横たわる涼太の手を握りしめながら、目をカッと見開いたまま、
脂汗を流し、唾の嚥下を断続的に繰り返している。


〜つづく




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Is This America?〜 I hope it is

やっぱり、という感じだった。
Trumpの支持者たちがCapitol Hill(米議会)を襲撃した。
煽ったのは、選挙に負けながらそれを信じようとしない現職大統領だ。
CNNを見ていたが、ある民主党上院議員はTrumpを「サイコパス」と断言していた。
自己偏愛の度が過ぎる人間であるのは誰もが見てとれていたろうけれど、
多くがまさかここまでとは思わないで2016年に投票してしまったのだ。

もちろん「ここまで」やると思った者もいたろう。
それを是とするか非とするか、前者は圧倒的に少ないはずだが、
その者たちがTrumpに煽られ、米国史上未曾有の汚点を残す片棒を担いだのだ。

これはしかし、あらたな南北戦争の始まりかもしれない。
もちろん旧・南部連合の州がまとまって合衆国政府に内戦を仕掛けるなどということは
さすがにないだろうけれど、バイデン政権に揺さぶりをかけるゲリラ戦術などは
十分に予想できる。


これは主義主張の対立ではない。
知性が反知性に攻撃を受けている、ということなのだ。
21世紀に、アメリカという「先進国中の先進国」だったはずの国でこんなことが
起こるという現実に世界中の人が瞠目すべきだ。

アメリカが多民族、移民の国であるという特性は無視できないけれども、
多くの先進国が多民族国家になりつつある今、分断はいつでも起こりうる。
過激主義はなにもイスラム教徒の一部だけの話ではなく、
先進国を自称する民主主義国家にいる、他の後から入ってきた民族・人種より
優越すると信じる同一集団の人々も、選挙結果に不満を抱けば同じことをしかねない。

知性:反知性=lawful : unlawfulでもあると断じる。
法律がこれまでの人類の叡智を集めたもので、さらに民主的手続きを経て制定された
国において、それに反対する者たちが多数派を占めようとすることは、
むろん民主的プロセスをたどってのことなら正当だが(公約や宣伝に偽りがなければ)、
ほとんどの場合そんなことは望み得ず、ゆえに反知性派は己の要求のためなら
非合法手段を使おうとするに決まっている。

アメリカは今、あろうことか大統領がその反知性派の頭目になりさがっており、
自分の好き嫌いで政治を、人事を、選挙結果を、どうにでもできると思っているのだ。
なんという深刻な危機だろう。

しかしアメリカ人の多数派はきっとこの危機を抜け出すに違いないと信じる。
その鍵は、やはり、知性である。



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