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擱筆して一言

『インスタント カーマ』、お読みいただきありがとうございました。

性懲りもなく、自分(ら)だけは大丈夫と感染を無責任な行動で拡大させる人々が
今もいる現状に強い怒りを感じている今日この頃、
3日に私の好きな散歩コースにある交差点で、小学生がその横断歩道で馬事公苑方向から
左折してきたポルシェに轢かれ、亡くなるという痛ましい事故がありました。
6日に事故現場近くの歩道脇に花を手向ける少女とそのお父さんに出くわし、
心の底から悲しい想いになって、この救われない短編を書こうと思ったのです。

その小学生KMくんの御霊安らかでありますように!

どうか一部国民が無責任な行動をとりませんように!

*なお、小説は当然ながらフィクションです。
登場する人物、その人物についての一切の記述はまったく事実ではありません。


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短編小説 インスタント・カーマ 5(完)

事情を知って宏美は「忘年会クラスターね」と冷たく言った。

「本多さんの奥さんの香奈さん、泣いて泣いて、パニックだったわ。
あなたは大丈夫なのって聞いてくれて、私も昨日の夜10時過ぎにあなたに
メールしたけど、涼太があんな目に遭っていた最中だったのね・・・。

看護師さんにお訊きしたら、あなた、マスクはしていたらしいし、
コロナの抗体検査も昏倒中にして、一応陰性で、この病室も本病棟からは隔絶している
から大丈夫だとおっしゃっていたけれど、本当に罹っていないのかしらね。」

宏美はそして、いよいよ彼女の最大の疑問を晃司に質すのだったー

「お医者様や看護師さんは言い渋っていたけれど、涼太もたらい回しに遭ったらしいわね。
もしかして、それで治療開始が遅れてしまい、助かる命が助からなかったってこと
なかったの?

呼吸中枢部分に重大な損傷があったっておっしゃっていたし、
それは致命的なことだとも・・・

手術しても助かる見込みは0パーセントだったんですかって私訊いてみたけど、
『手遅れでした』っておっしゃって・・・

手遅れって、どういうこと。さらに訊きたかったんだけど。
たらい回しがなくてもなのか、そうでないのか。」

晃司は沈黙する。
宏美はそれでかえって得心がいった。

「たとえほぼ致命傷でも、手術で命を取り止められる可能性はゼロじゃなかったのね。
0.0001パーセントであっても、ゼロでは。そうでしょ?」

宏美は興奮し、項垂れている晃司の肩を突く。

「ね、あなた、晃司さん、この途方もない皮肉、分かってる?
分かっているから、答えられないんだよね。

涼太がたらい回しに遭った。
緊急処置が必要な複数の人々とその順番を図らずも競うことになった。
その競う人の中、あなたの友人が、あなたと一緒に27日に、絶対に避けるべき
狭い密室で飲み食いし、カラオケやって、大騒ぎした人・・・
本多さんか沖さんか、あるいはその両方と、競ったかもしれないのよ!

あなたの、あなたがたの、底抜けの浅慮のせいで涼太は助かる命を失ったのかも
しれないのよ!」

宏美は晃司がもう悟っていた自分の最悪の罪をはっきりと言葉にした。

実は、あの忘年会を最初に提案したのは確かに桑原ではあったが、
大いに賛成し、スナック貸切の手配をしたのは晃司自身だった。
そのスナックは長くコロナの影響を受けて、懇意のオーナー夫婦は交代でアルバイトに
出る始末となって、「このままでは店を閉じるしかない」と落ち込んでいた。
その夫婦を励ます意味でも、「Go To」キャンペーンが終わる28日の前日、
仲間で少しでもお金を落とそうという「善意」のつもりだった。

「涼太が事故に遭ったのは、あの不注意極まりないドライバーのせいよ。
それについてはあなたに責任はないわ。」

宏美が言った。

「でもその後のことについては、そしてあなたの仲間たちの今の苦しみついては、
どうかしらね。

こんなふうになるとは夢にも思わなかったって言うのは、
あのバカ・ドライバーが横断歩道に人がいるとは思わなかったなんて
信じられないことを言うのとほとんど同じよね。
このコロナ感染爆発という状況で、大人数で飲み食い唄って、
まさかクラスターが発生するとは思わなかったなんて言う、底抜けの愚かしさ!」

晃司は、泣くことも、叫ぶことも、壁に頭をぶつけることも、できなかった。
ただ呆然としていた。

「あなた、今日午後検査したら家に帰っていいらしいわ。
私が涼太の亡骸を引き取るけれど、いいわね。
あなたの小さなアパートじゃいろいろ不都合が多いだろうし。
お通夜とか本葬とかのことは知らせるわ。」

宏美は立ち上がってドアの方へ向かう。

「メール、見てね。」

ドアを閉める前に宏美は冷たく言った。



晃司はしばらく抜け殻のようになってベッドの上に座っていた。
着信のバイブレーションがあって、ディスプレイをちらっと見た。
桑原からの電話だった。
さすがに気になって出た。

「桑原の妻です。
夫が早朝突然家を出て行きました。
まだそれから3時間しか経っていませんが、昨日からの夫の様子から心配で。
塩田さんならもしかして何かご存じかと思いまして。」

晃司は何も言えない。

「何があったんでしょうか。
夫は昨日部屋に閉じこもって、時折どなたかと電話で話しているようで、
それもなんだか謝罪ばかりしていて・・・。

そのうち咳を頻繁にするようになって、熱もあるって言うので、
もしかして先日の忘年会で感染があったんじゃないかと私疑いまして、
保健所に相談したんです、彼と私とで何度も電話をかけて、ようやくつながって、
それでももう少し様子を見て欲しいって・・・受診先が今手一杯だとかで。
塩田さんはいかがですか、大丈夫ですか?」

「あ、あの、僕は大丈夫です。」

晃司は、コロナの抗体検査結果だけで他にひとつも「大丈夫」なところはなかったが、
桑原の妻に余計なことは言いたくなかったから、彼女が訊いているコロナについての
質問だけに返答したつもりだった。

「ああ、それはよかったですぅ。」

桑原の妻は本当に安堵したという調子で言った。

「でも、本当に夫はどこへ行ったんでしょう。
会社は昨日からだったんですが、調子もあまり良くないからってお休みして。
今のご時世なので、会社も今週いっぱい休んでいいっておっしゃってくださって。

家を出る前に、塩田、塩田って何度も塩田さんの名前を口にして、
塩田さんがどうしたのって訊いても何も答えないでまた部屋に入って・・・
気がついたらいなくなっていたんです。」

晃司はゾッとした。
言い知れぬ恐怖が昨日以来また彼を襲ってきた。

外では救急車のサイレンが聞こえている。


〜完




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