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2024 文月雑記 4

今朝成城3丁目の木立でミンミンゼミの初音(?)を聴いた。
梅雨明け早々、分かってるなあ、出るタイミング。

*

庭のムクゲの花が毎日たくさん落ちる。
掃除が大変だけれど、気づいたことがある。
掃いているとアリとダンゴムシが落花の周囲に数匹ずついるのだ。

「これはもしかして、ムクゲの花って甘いんじゃないか。」

そう思ってWikipediaー
しかしそんな記述はない。
ところが「ムクゲ 甘い」で検索すると、那須高原のレストランの方が、
アオイ科の花の中ではムクゲが生食でいちばん美味、というようなことを書いていた。

やっぱり。

ムクゲの落花はクルクル巻になっていて、枯れた感じがまったくなく、
自宅のは薄い赤紫だが、姿形も愛らしく、美しい。

乙女椿の落花よりもはるかに<まだ現役>感がある。

大好きだ。


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2024 文月雑記 3

ガザでの一般市民虐殺、ウクライナでの戦争は一向に収まらない。
そんな人類史の今を私たちは生きている。

昨日私は若い人たちに持論を述べた。
「人類はいかなる生存の危機も乗り越え、永遠に存続するか」というテーマで
英作文をさせる宿題を出した折だ。

地球外生命、特に恒星間旅行ができるような圧倒的な技術力を持つ「宇宙人」が
いたとしたら、たかだかちっぽけな地球の資源や人間を狙うことなどあり得ないー
途方もない、まさに天文学的な距離を移動できる技術を獲得した生命体が、
どうして地球にしかないものなどを収奪しようとするだろう。
エネルギーについては、核融合技術を持っているに違いなく、
物質さえあれば無尽蔵にエネルギーを取り出せる。
人類が珍しく欲しがる?
そんな下卑た欲望など持っているはずがない。
圧倒的な技術力を持つまでにその文明破滅の危機(核戦争、気候変動など)を
乗り越えてきた<哲人>たちが、どうしてそんな下等な欲望を持つというのか。

すべてのウルトラマン的ファンタジーはただただ娯楽であって、
それ以上でも以下でもない。
もちろんそれでいい。

しかし宇宙人=侵略者とした発想はいかにも地球人的で、浅い。
火星人が地球を侵略するというのは発想して悪くない。
同じ太陽系内で、欲しいものは共通する。
それでも、表面に水のないあの惑星に地球人並みないしは以上の知的生命が育つとは
到底思えない。

若い人々に、だから問うた。

地球人という宇宙人は、恒星間旅行ができるようになるまで生き延びれるか。
思想、宗教、民族などの違いを乗り越えて、破滅の道を辿ることはないか。
欲望の果て、資源を枯渇させ、環境を破壊し、住めなくなる地球にしてしまわないか。

*

今朝は狛江五本松コース。

多摩川端ではキリギリスがもう鳴いていた。
アブラゼミの声も聞いた。
ウグイスがこちらでも狂い鳴きしていて、ガビチョウかとも思ったが、
やはりウグイスのようであった。
野生化したインコが、日本にはふさわしくない歌を唄っていた。

夜明け、大昔ここで写真をいっぱい載せつつ梅雨明けの朝を記述したが、
同じような空模様で驚いた。
今日できっと梅雨明けだ。



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なぜ駅名が「祖師ヶ谷砧」ではなかったか

Mooさん今日ご退院。
よかった、よかった。

入院中の最後に、病室で極左翼についての論考を書かれていて、興味深い。
60年代の学生運動、左翼運動ついて、Mooさんが同時代者として目撃、
体験したことを2回にわたって書かれるようだ。
(上の書き方で明白だが、あえて書けば、Mooさんは東北大生として、
後に教員として、60年代を極左勢力とは対峙して過ごされた。
当時私が小学生として随分TV新聞で見聞きした「代々木系」の人だった。)

退院されればまた<野良仕事>が待っている。
明日梅雨明けしそうだ。
いくら安曇野でも猛暑になるのは疑いない。
どうぞご無理のないように!

*

今朝はこのところ一番の涼しさで、驚いた。
最後の梅雨寒、というところ。

今回は砧公園、上用賀、用賀コースだった。

用賀は世田谷区に入る(1932年)前は東京府荏原郡の一部だった。
私の拠点の某箇所は、北多摩郡砧村に在って、その大字・大蔵に属していた。
(ちなみに成城は同郡同村大字喜多見の一部だった。)

用賀は要するに砧村と隣接する他郡他村であった。
荏原郡は中心が今の品川区や大田区の方に在ったから、より江戸に近い方、
またより海に近い方、さらには東海道に近い郡であったの対し、
北多摩郡はより内陸の田畑まばらな山野だったと言ってよかろう。

世田谷区の「玉川地域」は、つまり昔の荏原郡域の西の地域を世田谷区に編入した
ところなのだ。その東端は玉川田園調布や東玉川、そして西端が用賀、上用賀だ。
有名な二子玉川はその中間に在ると言っていい。

違った角度で言えば、砧地域は小田急線沿線、玉川地域は主に田園都市線沿線という
ことになる。

だからどうした、なのだけれども、
おととい「砧地区区画整理事業」が完成したことを記念するアルバムが出てきて、
その昭和50年代の「偉業」を担った人々の写真や文章を楽しく見、
また読んだのだ。

NHK技研、国際放映、円谷プロ、東宝砧撮影所はすでに在りつつも、
急激な宅地化で、野放図な街並みにすでになっていたり、
あるいはもっとなっていくという危機意識が、北多摩郡以来の地主さん(旧農家)らを
動かしたのだ。

道路を整備する、公園を造る、できるだけ整然とした街区を設定し、
既存の家を移したり・・・。

そんな、すでに今やほとんどの方がとっくに物故されている彼らの当時の奮闘ぶりを
読んでいるうち、長年の謎が解ける一文に出くわしたのだ。

小田急線の「祖師ヶ谷大蔵」という駅名についてだ。

駅の北側が祖師ヶ谷であるから、駅名の前半はむろん納得だ。
しかし、南側はずっと1.5kmほどは砧なのだ。
駅自体も砧8丁目に在る。
世田谷区大蔵はその駅1.5km南にやっと出てくる地名である。
なにゆえ「祖師ヶ谷砧」ないしは「砧祖師ヶ谷」ではないのか、と。

「区画整理事業」の長老は語るー

小田急が通って(1927年)駅ができるとき、<千歳村>の祖師ヶ谷と
砧村の大蔵の端境にそれが設置されることになった。
当時千歳村には有力な地主が複数いて、団結力もあったようで、
駅名も「祖師ヶ谷駅」となりそうであったが、さすがに砧村大蔵の我々もそれは
平等なことではないと反対し、小田急が妥協案である「祖師ヶ谷大蔵」という
両地名併記の名前を考えついた、と。

駅に近い方の砧村大字大蔵は、さらに字が有って、山野と言った。
区立山野小学校はその旧名を残している。
とすれば「祖師ヶ谷山野」でも良かったであろうが、上位地名の大蔵が黙っていない。
また「祖師ヶ谷砧」とすれば、「砧」はさらに上位地名であって、
喜多見や成城、岡本、鎌田などをも含むから、
<ピンポイント性>に欠ける、ということだったのだろう。

旧東京府北多摩郡砧村大字大蔵字山野が、
今の世田谷区砧(1丁目から8丁目まである)に相当すると言って良い。

すっきりした。

俺だけ。


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なにしろ狛江の東野川居住時、遠望した大好きな丘だし

IMG_0570.jpeg


今朝も成城方面へpotteringー

さて、私はそこの一員になれたらいいなと思っている?
成城好きは、貧乏人の僻みから?

いや、誰だってあそこに家が建てられる経済的僥倖に恵まれたら嫌に
思うはずはないでしょう。
しかし、その現にluckyな人々に対してそうでない自分を悔しがったり、
彼ら彼女らにそねみを感じたりなどということは一切ないし、
さらに、過度な憧憬など感じないし、感じたところで虚しいだけではないかという
認識をしっかり持っていますワイな。

全然尊敬などしていない人がそこに豪邸を構えていても、
「だからどうした」としか思わない。
私が優れた藝とか技術とかなどとは思わないことで成り上がった人間が泡銭を掴んで
贅を尽くしていようが、そんなことには一切の憧れなどを抱くことはない。
憧憬とは、つまり、私にとっては卓越した藝や技術を持った人にしか抱きようがない。

そういう人が、やはり趣味の良い家を、木立や水に恵まれたところに
建てていることに私は感動するのだ。

田村正和さんのお家は、高い木に囲まれている。
周囲の目を遮断する意味もあろうけれど、木が好きであることも間違いはない。
田村さんのお家から少し東へ行くと、大江健三郎さんのお宅が在る。
このノーベル賞作家は、四国の森深いところに生まれ、
成城在住者の先輩柳田國男さんに憧れて同じ町に居を構えたという。

上で書いたお三人は皆鬼籍に入られてしまっている。
柳田さんはとっくの昔、田村さんと大江さんは最近のことである。

お三人の魂が、私が祈れば、思いを致せば、感じられる。
そのとき、もちろん近くにお三人が愛した国分寺崖線の木々が一緒だ。


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成城の崖線の自然を愛した名俳優

早朝pottering(=cycling)ではいろんなコースを行くが、
そのコースのひとつに、<もちろん>野川へまず行くものがある。

成城3、4丁目は私の好きな佇まいを持つ、誰もが認める高級住宅地だ。
いずれの街区も少なくとも経済的な栄達を果たした人たちばかりが住民だ。
以前にも書いたが、都心(千代田、中央、港、文京、渋谷、新宿西部)に在る
高級住宅地とは違って、木立と川を愛するrich peopleの街と言っていいだろう。

もちろん土地の価格などはその都心高級住宅地の比ではない。
しかし、成城もそうだし、岡本2、3丁目や、上野毛や深沢などの世田谷区内の
豪邸街に住むセレブたちには、国分寺崖線の緑とはるか下を流れる川のもたらす
潤いと静けさ、穏やかさを愛して<あえて>都心を避けた人々が多いと言ってよかろう。

Potteringから帰ってくると、CS放送では「古畑任三郎」をやっていた。
なんとまあ、田村正和さんのカッコいいこと。

この田村さん、神田生まれの江戸っ子、阪東妻三郎の三男として出生。
このお父さんの「阪妻」は大スターに成り上がって、成城4丁目に大邸宅を建てた。
そこを引き継いだのが正和さんだという。

正和さんは、父阪妻さんが亡くなって後小5で祖師ヶ谷小学校に京都嵯峨野から編入、
そして中学、高校、大学と成城学園で学んだという。
阪妻さんは成城の隣世田谷区砧5丁目の新東宝、後の国際放映との縁で成城に土地と
家を持つことになったのか。

その家の敷地は300坪くらい、圧倒的な豪邸で、国分寺崖線の高台際に建ち、
富士山をはじめ素晴らしい眺望を楽しめる。

正和さんはだから、11歳くらいから亡くなるまで成城でずっと暮らされたわけだ。
崖線の緑と野川を愛され、散歩もよくされたという。
その田村邸の下ということになるが、野川のほとりに草刈正雄さんが住まれており、
彼とは数度野川沿いの歩道ですれ違ってきたが、残念ながら田村さんとは一度も
出会わなかった。

崖線の木立と野川を愛するという点以外、なんの共通点もご縁もなかったけれど、
その唯一の共通点だけで、田村さんを慕わしく思う。
子どもの頃、「新吾十番勝負」を観て、こんなにカッコいい俳優さんがいるんだと
本当に憧れたものだ。

「古畑」はリアルタイムでは観なかった。
激愛する「刑事コロンボ」のオマージュとは云え、そのアメリカの大ヒット刑事物
ドラマに敵うはずがないと敢えて視聴しなかったのだ。

しかしその「古畑」は、私より2世代若い人たちとも共有できる、
田村さんの代表作になった。

やっと、なるほど、代表作だなあと今になって思い知っているところだ。


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Can Americans pull themselves together?

Donald Trump氏が撃たれた。
幸い弾丸は右耳の辺りを擦った程度だったが、巻き添えの死者やケガ人がいたようだ。

なんということだ。

私は彼の支持者どころか、Robert De Niroに同調するほど反トランプだが、
反トランプの誰かの仕業なら断固糾弾したい。

アメリカ人なら、いや、アメリカの銃社会事情を知っている者なら誰でも、
今度はBiden大統領が狙われるのではと思うだろう。

そしてそうなりそうであることが本当に怖い。

もしこのTrump氏銃撃で、彼の支持者たちとアンチたちとの武力闘争のようなことが
起こってしまったら、もう歯止めが効かなくなってしまうのではないか。

どれほどあの比較的若い国、移民国家、人種の坩堝の国家がこの重大局面で
国民総体としての自制ができるかー

それは世界情勢にも大きく影響する話であることを肝に銘じたい。


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I'm no great; I'm nothing special

Kからの、私の長文メールに対してのそれに負けない長文返信を読んでいろいろと
我が音楽人生を振り返ることになった。
私の長文とは、ある楽友の作品に関する想いを書いたものだ。

「そういえばこうだったな」と思い出すことも多かった。

いやはや、自分のことながら波瀾万丈だったなあ、と。

多くの方に支持していただいてきた。
楽友はもちろん、業界の方々にだ。

一体自分がmusicianとしてどれほどのものなのかとあらためて思う。
あるいはsingerとして、か。

歌うたいとしては、やはりチビの頃からのBeatlesなどの「洋楽」シンガーたちの
歌い方を模倣する習慣が大きかったから、それなりの歌唱能力がついて、
それを認めていただいたということだ。

ではsong writingについてはどうなのか。

楽典知識などほとんどない私だ。
作曲法などもてんで学んだことはない。

ただ、自分の好きなコードを奏でて、そのコードの響きが心模様を作り出し、
そこに浮かんでくる言葉を節をつけて歌うー

それだけのことでやってきた。

それだけのsinger-songwriterだ。


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我が住処こそ

「とある親族」の手術は成功、ただし<残り>が発生し、来月に再手術となった。
見舞いに行くと、元気な様子で本当によかった。
医療技術の進歩には心から感謝する。
病院スタッフも皆感じのいい人ばかりで、「さすが」と言うしかなかった。

明日退院で迎えに行く。
「とある親族」は快適な3日間の個室生活を終えるが、やはりなにしろ我が家こそと
うれしく思うことだろう。

Be it ever so humble, home is home.


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2024 文月雑記 2

今朝はここ数日の朝に比べ少し気温が低めで、自転車乗りのスタートは爽快だった。

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写真は先ほど夜明けの成城の丘、そして東の空。

*

ある親族の入院があって、その準備・打ち合わせも含め病院への送り迎えが数回、
全然大した仕事ではなかったけれど、親族のこれから数日を考えると、
7、8年前の自分の入院・手術時のことを思い出して共感、憂鬱な気分になった。
その親族は今日が手術、大きなものではないのが救いだ。

さらに、とある知人が体調すこぶる悪く、やはりこれから入院と手術を控える。
また、Mooさんも今日入院だ。

そして私だっていつ<呼ばれる>か分かったものではない。

*

3件で刑事告発されている3期目の都知事、
2つの訴訟で敗れた、都知事選得票数2位の元市長。

一体どういう選挙だったんだろう。

*

冒頭の話に戻るが、もう数日前から朝にニーニーゼミの聲を聞いている。
もう少ししたらヒグラシだ。
そしてアブラゼミ、ミンミンゼミ、そんなこんなでコオロギー

あっという間だぞ。

昨日の朝、自転車乗りから戻ってきたら、近くの木立で鳥の歌声ー
音色はウグイスだけれど、メロディーが全く違う。
打たれたように私は自転車を止め、声の方向に目を遣る。
すると斜向かいの家の住人Nさんが丁字路の左側からやってきて、

「ウグイスですね。」

「ああ、そうですよね。歌が違うけれど。」

私はそう応えて、Nさんは7-11へと再び歩き出した。


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民意を尊重するー しかし戦いはつづく

民意が示された。
比較最多数の都民が小池百合子を支持し、彼女に都政をまた1期、
つまり3期12年続けさせる判断をした。

こればっかりはもう受け入れるしかない。

蓮舫さんは2位にもなれないのか?
本当に驚きだ。

彼女は力不足を言うだろうし、そうであろう。
しかし、彼女がやってきた努力以上に何ができたと言うのか。

自民党のステルス作戦も、宗教団体の組織運動も成功させてしまった。
何より、公開討論を避けまくって、論争を逃げる現職の作戦成功を許してしまった。
それは蓮舫側の人々(支持者を含む)全体の力不足だった。

それでも、今回の蓮舫支持の動きは絶対に徒労ではない。
その余波は、きっと都政をよりマシにする力になっていく。

お疲れ様でした、蓮舫さん、そして支持者のみなさん。


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ビートルズがactiveだった60年代はやはり日本もまともだった

Xでおもしろい写真を見た。
1960年代、都知事選のもので、当時の社会党委員長だった佐々木さんが、
美濃部亮吉候補の選挙カー前に立つ。
その街宣車には大きな垂れ幕があって、美濃部さんを推薦するという芸能人中心の
名前が大書されているのだ。

その中、驚くなかれ、まず勝新太郎さんー
市川雷蔵さん、(きっと)中村錦之助つまり萬屋錦之介さん、
渥美清さん、緒方拳さん、高峰秀子さんー
澤村貞子さん、加東大介さん、長門裕之さん&南田洋子さん夫妻
(この4人の方は姉弟と甥っ子夫妻という関係)ー という面々。

美濃部知事はいわゆる「革新候補」で、社会党と共産党の推薦、
これもいわゆる「社共共闘」と当時呼ばれた。
それから都知事3選、全国の「革新知事」の旗手であった。

「芸能人は政治に口出すな」ー
いつからこんなアホな言説が罷り通るようになったか。
はっきりそうなったと言えるのが、安倍政権時代からだ。

今回蓮舫支持を明確にしたアーティストは、有名な人、
そしてさほど知られていない人も、それなりの数になっていたように思う。

しかし、60年代、美濃部革新都政を支持するとした芸能人たちの知名度は本当に
比べようもないほどに高かった。
銀幕のスターたちは、あの当時、今ではほとんど信じ難いほどに影響力があったのだ。
そして政治的姿勢を明確にして彼ら彼女らが不利益を被った、
あるいは自民党政権の仕打ちを受けたというような話は寡聞にして知らない。

世の中が陰湿になったのだ。
TVなどで食う者たちは、多くが3猿状態になった。
電波行政を管轄する総務省(むろんその上の総理大臣ら)や、
政権と結ぶ大手広告代理店の陰湿な支配があるからだと言い切って
きっと間違ってはいない。

亡くなった忌野清志郎さん、坂本龍一さんなどのお名前が脳裏に浮かぶ。
今回は小泉今日子さんかー

くだらぬ縛り、自分の思想信条の自由を侵す者たちを恐れぬアーティストたちに
続かねばならない。
むろんアーティスト以外の人々も。


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その小さな魚がわのN元首相は、アンコウみたいだけどね

おととい渋谷区内のスタジオからの帰途、
千歳船橋の駅の出口正面でいわゆる「ひとり街宣」をする女性お<ふたり>を発見、
城山通りを西進していたが、右折して、徐行しつつ、
「ご苦労様。がんばってください」とありきたりのセリフで声がけした。

すると、一方の女性が、「何ですか?」と少し怒気が含まれた声を発する。
私はあっという間に、お二人に心ない言葉をかけた者がすでにいたのだろうと察し、
彼女らをもう通り過ぎていたが、再度同じセリフでおふたりに声がけした。
聞き取れたおふたりは「ありがとうございます!」と言い返してくれたが、
それでも私はその声が緊張感を帯びているように聞こえたのだった。

『スイミー』という物語があるそうだ。
大魚に襲われるという恐怖を抱える小さな魚たちが、
群れなして皆で大魚のようになって思うように海を泳ぐ自由を獲得する。

ひとり街宣はその小さな魚の、大魚に負けぬための行動なのだとどなたかがXで
書かれていた。

私が出会ったひとり街宣のおふたりも、まだ恐怖を抱えていらした。
そうとしか言いようがない反応であった。

それでも私にとって、蓮舫さんの勝敗はどうあれ、
東京は変わりつつあると実感した瞬間だった。

東京では1千万を超える人々の一人ひとりが、その圧倒的数の他者を雑風景の一部と
してしか日頃見ていないはずだ。
しかし、ひとり街宣をする方々は、少なくとも都知事選では、
はっきり私と同じ思いの人だ。
思いが見えた、ということだ。

「蓮舫」と私は漢字で書くー
明日。


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2024 文月雑記

朝も早よから泣いた。
河本千奈ちゃんが幼稚園の送迎バスに取り残され、熱射病で亡くなった事件の判決。
元園長に実刑が言い渡されたのだ。

その元園長、もちろん故意でも何でもないが、
結果としていたいけな少女を殺めてしまった。
つまり重過失で実刑となったのだ。

うっかりしてはいけないことでうっかりしてしまったー
これは誰にでもあることだ。
しかし、送迎バスで全員が降りたかどうかを確認するというmustを怠ることは
本当にあり得ないというほどの過失、怠慢、不行き届きだ。

千奈ちゃんがどれほどに苦しんで、悲しくこの世を去ったことかー
想像するだけで泣けてしかたがない。

世の子を愛する親、孫を愛する祖父母たちは皆そうだろう。

プロとしての当たり前は決して軽んじられないはずだ。
そうであってのプロだ。

千奈ちゃん、どうか安らかに。


*

昨日は夕方(と言ってもまだまだ明るく、蒸し暑さ致死的な中)自転車で
また渋谷区内の某スタジオへ。
スティックが2曲叩いてくれ、がっちゃんがエンジニアリングをしてくれた。
これで3度目のこの形での録音。

終わって、甲州街道と環七が交わる辺りで夕焼けを見た。
この歳になるまで、スティックとがっちゃんとで奏で合いができるうれしさが込み上げた。

*

朝から猛烈に暑い。

みなさん、ご自愛を!



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Rー ぜひまた世田谷近辺へ!

蓮舫さんの対抗馬の1<頭>、石丸さん。

安芸高田市議会での様子に溜飲が下がること多く、この人はすごいと思ったものだ。
小さな地方議会に高い知性上のハードルを設けたからだ。
日本のそこらじゅうにいる頑迷固陋な議員たちー
その典型のようなお爺さんお婆さんを快刀乱麻の弁舌で斬り倒していくのだ。
「人生の先輩にこういう言い方はしたくはないのですがー」の枕詞も気に入った。

しかしー
ある女性議員に「恫喝された」と言い、裁判沙汰になったとき、
きっとそういうこともあったろうと私は贔屓目に事態を見ていたのだが、
だいぶ後になってその恫喝されたという時の録音が公になって、
なんと全くそんな脅しの言葉などなかったことを知り、暗然たる気持ちになった。
対立構図を意図的に作り、しかも劇的にして、YouTubeに上げ、
知名度と金を得ていく手法なのだと言わざるを得ないと私は断じた。

議会との対立を限界まで強めて、ならば民意を問うて2期目を目指すのかと思ったら、
何と都知事選に出るという話になり、そうかこれが彼の真意だったのかと。

そしてこの都知事選でも箔をつけて、きっと国政進出、果ては総理大臣を目指すのか?

まあ、それは彼の勝手だ。

しかし、恫喝など全然していなかった安芸高田市議会議員さんは気の毒だ。
その二審判決もその議員さんの勝利、石丸さんは敗訴。

議員さんに謝罪などしていないんだろうな。

その一点で私は彼を全く支持しようがない。


昨日は蓮舫さん、調布で演説、大変な人出だったそうだ。
仕事があったから行けなかった。
かえすがえすも残念。
民主主義を取り戻す旗手である彼女を生で見たかった。
できればハイタッチしてもらいたかった。


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隠遁してもPeace and Love

大昔一世を風靡したコピーライター氏が、SNSから離れて穏やかな日々になっていると
いうようなことをXで書いていた。

気持ちは分かる。

そのコピーライター氏は政権批判をする人々に冷笑的な態度をとってきた人物で、
そこを叩く人たちとのやりとりなどにうんざりしていたのだろう。
私は正に逆で、党派性を超えて、おかしいことはおかしいと思うし批判するのであって、
そのおかしさを指摘することを党派的行為としてレッテル貼りし、
不正をする者たちの行為を黙認する、擁護するような人々の存在こそに
うんざりしてしまったクチだ。

世間のことなど我関せず、ただ自分の興味あることだけに目を向け、
世の蒙昧にかかずらわることなき日々を過ごせたらそれでどれほど安息なことか。

しかしそういうことではやはりいけないと思ってしまう。
Mooさんなんて、統計的な根拠をもってご自分が住む自治体の将来を憂い、
より良き共同体の未来のために行動されてきた。
その行動・活動にかけてきた時間と労力は膨大なものであって、
それを他のことー趣味や学問ーに振り分けていられたらどれほどに個人としての
生活がより潤いあるものになっていたことだろうと私は思う。

氏を称賛するばかりで、全く範として行動はしない日々を過ごしてきた私だ。
せいぜい欠かさずに選挙権を行使してきただけだ。

私が今回蓮舫さん支持をここで書くことにほぼ何らの影響力もない。
それでもせめて現職のおかしさを是とする人々とは絶対に一線を画す!

もし現職再選となったら、前述コピーライター氏と同じで、SNSや各種メディアから
隠遁する生活を送るかもしれない。
その安息さにますます共同体の構成員としての責務から遠ざかるかもしれない。

そして昔書いた恋の歌などの完成に邁進するー

けれど、その恋すらも、安定した生活と平和あってのことなのだー
と再び思い知って、Peace and Loveとここで言い続けるだろう。

命ある限り。


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Teachers' Sons

今日はがっちゃんが訪問してくれて、用事は私のネット・リテラシー不足でのことで、
さっさと終わらせ、のちは長くダベりました。

がっちゃんのお家はなかなか私の家のありよう(<在った>様)に似ていて、
話が合うんですよ。
バックグラウンドが類似している人って私の知り合いにはあまりいないんです。

たとえばがっちゃんのご両親は教師、私の父は代用教員上がりで地方公務員。
母が共に美形(笑)。
ま、何しろ共に田舎。

楽しい時間でした。

*

Mooさんは「錆」ついたところがありながらもお元気そう。
10日に手術ということで、その時東京が蓮舫新知事になっているという
すばらしい出来事でMooさんが気持ちよく入院されますように!

そういえばMooさんのお母様も教師でいらっしゃった。
そしてやはり美しい方であった。

教育者の息子同士って、気が合うのかなあ。


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7月になったね

ノリ=リズムは大事だよ。
蓮舫さんが昨日2つめの新宿街宣で、若者たち主催のもの(?)に出ておられた。
彼女が着く前は若い女性たちが次々スピーチをし、蓮舫支持を訴えた。
そして司会進行のこれまた若い女性が、蓮舫コールを彼女が到着前に指導する。
流れる音楽はhiphop。

しかし、1曲、みんなで詩とメロディーを唱和することもあっていいし、
そうあるべきだと私なんかは思う。
高揚感も大切だが、しみじみした歌詞でじわじわと団結をもたらす歌があるべきだ。

え?
それが昭和ジジイの発想だ?

*

Mooさんの記事更新1週間なし。
心配しております。

*

小田急の「人身事故」が頻々と起こっている。
もちろん小田急ばかりではないが。

何もできない。


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R

蓮舫さんの演説、本当にすばらしい。
つかみ、構成、演劇的要素=真剣な表情と笑顔のバランス、声の出し方。
そして何より政策。
連日の大声出しなのに、ほとんど嗄れていない。
畏れ入った。

YouTubeでハシゴだけれど、また世田谷区に来たり近づいたら今度こそ生で!

一方のカイロ大学だかカイロ・アメリカ大学だかを首席卒業された候補者。
討論会は逃げまくり、ステルス的に街宣(?)。

おい、M社、再開発でどんな手を回したんだ、現職に、そして現職と。
現職、成績証明書出してみろ。
あれだけ批判して当選した自民党都議団となんで和解したんだ。
なんかつかまれたか。
あるいは追及されんのイヤになって、いろいろ折れたか、利権巡って。

脱税した自民党東京都連のHa牛だ・バーベキュー奉行が推す候補って何だ。

ほんと、マジふざけんな。

って、若者ノリ〜〜〜。




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ただ冥福を祈るだけ

Xにあったと或る人のtweet:

「この雨の中、小田急線は人身事故で、止まってる。みんな雨の中、何駅も歩いて帰っている。人身事故が自殺なら、俺はひとっつも可哀想だとは思わない。何千人だか何万人の時間と労力を盗んだ殺戮者だ。ひとりでやれ。他人に迷惑かけるな。」

ー引用終わりー

「ひとっつも可哀想だと思わない」のは、まあ、勝手だ。
しかし「殺戮者」は言い過ぎどころか、どうかしている言葉遣いだ。
「ひとりでやれ。他人に迷惑をかけるな」と言いたくなるのは分かるがー

そんなことを判断できるんだったら、飛び込みなんかしないって。
なんでそんなことすら分からないのか。
一体誰が<平常な心>の状態で、悲惨な死に方を<したい>と思うというのか。
多くの他人様に迷惑をかけてしまうからやめようと思えるのだったら、
それは<平常の心>の持ち主だ。
そうは思えなくなってしまっている、思いが至らない、
つまり平常な精神状態ではないから、彼ら彼女らは<ただ>飛び込んでしまうのだ。

私も昔はそういうことで時間を狂わされて憤ったものだ。
しかし、今はただそこまで追い込まれてしまった人に悪罵を投げつける気は全くしない。


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チャールズ王を感激させるEmpress Masako

私はリベラルだが、今上天皇・皇后両陛下&愛子さまのファンである。

天皇を頂点とするヒエラルキー社会は打破すべきと言う人がいれば、
その考え方を怒りをもって否定するなどということは全くない。
「天は人の上に人をつくらず」という考えは真理だとも思っている。

それでも今上天皇・皇后両陛下&愛子さまを支持するのは、
お3人が日本型ヒエラルキーの頂点におられることに全く関心がないようだからだ。
むしろ一般国民目線に心情的にも物理的にも(膝を折られて話しかけられるとか)
合わせる生き方をされているからだ。

さらに、皇室の<神話>を全て信じることなど毫にもないが、
それでも王朝交代がほとんどなく千何年も続いてきたこの農耕の民の長の家が、
この列島に遍くその存在感を伸長、spanしている事実にも感動するからだ。

もう20年近く前、私は九十九里へ行く途中わざと下総台地の田舎道を通った。
農家が点在するだけのある集落に里山があり、その麓に鳥居があった。
私はクルマを降り、鳥居から高さ30メートルくらいの<頂上>に在るお社までの
階段を登り、眼下の田植え前の田圃の広がりを見て、しみじみとした。

ここに田畑を拓いたのはいつ頃の人たちだろうー
豊作を祈願してこの小さなお社を里山に築いたのはいつだったのだろうー

そのお稲荷様であれ、水神様であれ、山神様であれ、
あるいは八幡様であれ、またどんな神道の神様であれ、
その神たちともっとも強く結びつく<この世の>家があるとすれば、
それは天皇家なのだ。

それは事実とかというより、祭って、祈ってきた人々の長い長い間の認識なのだ。

もちろんそんなことは全くないという農家の方も多かろう。
収穫は天候に左右され、その天候を人間は左右できない。
神を祭ろうが祈ろうが、それで晴れたり降ったりはしないと断言する人も多かろう。
しかし、たとえ気休めでも五穀豊穣を祈ることを理性的態度ではないと嗤う人は、
まずその心をこそ豊穣にしたらどうかと私なんかは思ってしまう。

そして私はnobleな人が好きだ。
私自身にはないまさに優雅なたたずまいを持つ人に憧憬していけないことはない。
優雅で心優しい人だったら、誰だってその人に魅了される。

今上天皇・皇后両陛下&愛子さまのお3人は、そういう方々に私には見える。
そしてきっと内実もそうなのだ。

どんな家族も、このお3人を範としたいではないか。
互いを心から愛し、尊敬し合う気高い家族を。



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ああ、半年が終わっちまうぞ

サムネイルだけ見たのだが、「確執で解散したバンド」というタイトルのYouTube
ビデオがあって、笑ってしまった。

ロックバンドになんて確執があって当然で、またそれが時期の早い遅いはあれ、
結局解散に至ってしまうのもなんら不思議はないものなのだ。
Beatles然り。
Rolling Stonesは解散をしなかった点は例外だが、メンバー間で確執があったのは
もちろんだろう(詳しくはないから断定しないが、Brian Jonesなんかは手のつけられない
存在となっていき、バンドから弾き出されてしまったはずだ)。

愛し合ったはずの夫婦が「性格の不一致」で別れるのがザラであるように、
バンド内では「感性の違い」が日常的に起こって不思議ではなく、
それがおもしろい、だから一緒にやっているという肯定的な結果に結びつくこともない
ことはないけれど、それが違和感となって積もりに積もって爆発、ということも
ザラであるはずだ。

また、技量の違いも大きな不和、確執、そして解散の引き金や原因となろう。
バンド内に飛び抜けた才能の持ち主がいれば、他のメンバーがその才能に惚れ、
全面的に支える体制になっていくこともあろうけれど、
若けりゃ若いバンドほど、その才能の持ち主にとって手駒のようになるのを潔しとしない
メンバーが現れ易いだろう。

長続きするバンドが稀にあるとすれば、それはバンドが安定企業になったからだ。
飛び抜けた才能の者はリーダー=社長として君臨し、メンバーは社員として安定した
給料をもらい続ける図式だ。

もちろんロックをやる人間には、金の問題じゃね〜んだよ、とリーダーの横暴、
独善などに反発して安定的な身分を捨てるような強者も多いはずだ。

解散した、あるいは長期活動停止に陥ったバンドが、総員歳をとってreunionという
ことになる例も多かろう。EUROXだってそんな時期があった。
過去のことをまさに遠くに、俯瞰的に見られるようになって、人格が丸くなっているのだ。
そしていよいよ「いつまで音楽やっていられるかなあ」という思いが募っている。

Project Hydrangeaだって、そういう例と言っていい。

私は飛び抜けた才能の持ち主でもなんでもないが、
しかし、歌いたいことがあるという自分ー
間欠的ではあったけれどー
であり続けたことが、<臆面もなく>古くからの楽友の協力を仰ぐ今をもたらした、
と言えると思う。


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手塩皿

洗い物を今していて思い出したー

小さな皿、例えば鮨につける醤油の皿などを、亡き母は「てしょうざら」と発音して
呼んでいたこと。

母は<純粋な>會津人であり、私はその皿の呼称ももしかすると會津弁かと思っていた。
ネットで調べると、「お手塩皿」とあり、「お」を取った「手塩皿」も紛れもなく
「標準語」であった。

上京して半世紀、私は母が言う「てしょうざら」という呼び名を田舎でしか
通じないかもと思って「小皿」としか言わないできた。
母はちゃんと「てしおざら」と発音もしてきたのかもしれない。
私が勝手に「てしょうざら」と聞き違えてきたのかも。

母ちゃん、ごめんね。
母ちゃんがちゃんと使ってきた「てしおざら」という言葉、
ちゃんとこれからは使うよー

これからは。


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Carry on, today

今日はToday (Carry On)にコーラスを入れた。
今日を生きる、できる範囲で精一杯生きるー
そう励ます歌。

Carry On Till Tomorrowという歌がBadfingerにあるけれど、
私の歌は「今日、営み続けよう」という歌。

あんまり明日のことを考えられない歳になったから?
ハハハ。

砧公園のベンチにある言葉ー

若者は幻を見、老人は夢をみる

おいおい。


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埃及

R「神宮周辺の再開発関連の企業から献金受けていますか。」
K「わたくしのパーティーには様々な方々がおいでになっており、ご支援いただいております。」
I「つまり、パーティー券を買ってもらい、献金を受けているということですね。」
K「先ほど申しました通り、様々な方々からご支援をいただいております。」
R「はっきりしてください。」
I「Yesだってことですよね。」
K「オホホホ。」

X「オホホじゃねぇんだよ、このタヌキ女ー
おっとタヌキが可哀想だ、煙に巻いてもいないのに巻いたと思って得意顔の我利我利亡者。
ちゃんと離島ばかりじゃなく区部や多摩地区で人前に出て政策訴えろ!」

K「つばさの党という妨害勢力がおりまして、身の危険を感じますので控えております。」

X「ドゥハハ。あなた、権力使って警視庁のSP総動員すんだろ、全然安全じゃん。
ヤジが、疑惑追及の声が怖いんだろ。」

K「3密を避けるためでございます。未だあのパンデミックは完全終息しておりません。」

X「Rさんが今街宣やってどんどん支持広げているぞ。」

K「オホホホ。何代前の知事でいらっしゃいましたか、青島さん、参議院議員選挙で一切
選挙活動されなかったのに上位当選でしたでしょう。それと同じですわ。

果報は寝て待て。」

X「待てばカイロへの日和見あり、か。」

K「まあ、お上手!当選したらまた経済援助をいたしませんと。」

X「あんた外務大臣か。で、東京都の金を、都民の税金を、またE国のために使う?」

K「S大統領に、些少ですがと申し上げつつ。」

X「詐称だろ!」

K「オホホホ!お上手・・・なワケねーだろっ!」

X「はい、本性見たり。

うわっ!樹木切り始めたな!

ゲホゲホ。神宮の埃が東風に乗ってこっちに及んできた!」

K「まあ、都庁にも、わたくしの住まいのある練馬にも来ましたわ!ゴホゴホ。

いられたもんじゃないわ!故郷の芦屋に帰りましょう。」

X「わ〜い!」


*(埃及「ほこり・およぶ」と書いてエジプトの漢字表記!)

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がっちゃんとTodayを奏で、飲んだYesterday

昨日は楽しかった、そして心打たれた。

がっちゃんが流石のギタープレイで魅了してくれ、そのやさしい音に涙腺が緩んだ。
私にTake Me Back to the Daysという歌があるが、
私の想いを汲んだ<やさしい音>に涙が出たのは、その歌にbassを入れてくれた
治雄ちゃんのプレイ以来のことだ。

がっちゃんは北海道から上京以来いろいろなところに住んできたが、
一時私が今住むところから自転車で6〜7分の地区に暮らしていたことがあり、
「やっぱり世田谷はいいっす」と。
今は東京の東の方に暮らしているのだ。

「世田谷には色がある」と言った。
すてきな指摘だ。

録音が終わってからの夕餉、いろいろ話が弾んだ。
私は去年夏に買った近江銘酒「松の司」の栓をとうとう開けることができた。
大切な人が来たら開けようと思っていてもう10ヶ月経ってしまっていたが、
ずっと冷蔵庫に入れておいたのだ。
冷やで美味しい酒であり、淡麗であり、しかし辛口ではなく、まろやかなのだ。
彦根の居酒屋で遭遇する機会を得て、その美味に感激し、醸造元の竜王町まで行き
一本買ったのだ。

がっちゃんは日本酒は控えていると言いつつ、グラスの猪口で2杯飲んでくれた。
あとは安いけれど何とか金賞を獲ったというフランス・ワインを二人で空けた。

いっぱい話したなあ。
楽しかったなあ。

彼がすばらしいボトルネック奏法で弾いてくれたTodayという私の歌に、
もし期待してくださる方がいらっしゃればいいなあ。


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候補者乱立への対処法

今日はがっちゃん(嘉多山信くん)が我が音楽室に来てくれます。

*

今日は沖縄慰霊の日。
合掌。
再び彼の地が戦場になっては絶対にいけない!
それだけは確かでしょう、ウチナンチュの皆さん。

*

都知事選の候補者掲示板がひどいことになっていて、
千葉県知事さんが、候補者乱立に歯止めが必要ということで、
立候補には一定数の当該選挙区の有権者が立候補予定者を支持しているという署名を
必要とするよう法改正すべきと。

なるほど、です。

供託金では歯止めになっていないのですね。
立候補者として<いろいろ「政治活動」>して、YouTubeに上げれば、
供託金分も稼げてしまうとか。売名が懐痛まずやれるってことか。

千葉県知事さんの案も一考に値するけれども、私はじゃあこう提案する。

1)出馬・立候補者は須く最高法規である憲法についての試験にパスすること
(たとえ改正論者でも、逆にだからこそ現憲法をよく知っていなければならないし)。

2)己の主義主張を800字以内の論文にし、不偏不党の国語学者に評価してもらい、
誤字脱字はそれぞれ1点ずつマイナス、文法上の誤りはそれぞれ3点マイナス、
論理構成上の瑕疵については2人以上の学者がA〜Dの評価でDをつけたらマイナス
30点とし、合格点は100点中70点以上とすること。

3)3時間の議会ビデオを見ながら、その論点を整理し、理解しているかテストする。
客観的な穴埋め問題とし、70点以上を合格とすること。
なお、途中で眠ってしまったら即試験中止、失格とすること。

4)自治体の首長選の場合は、その自治体の基本知識についてのテストを課す。
例えば東京都に関してなら、「明治神宮の森は人工林か自然林か」というような基本も
基本の問題から、23区の名称と位置、多摩地区26市3町1村、さらに島嶼部の名称と
位置に関する問題、さらにそれぞれの自治体が抱える主要な問題についての知識テストを
70点以上でクリアすること。

5)学歴については、「大卒」ということならば、3ヶ月以内に取得した卒業証明書と
成績証明書を提出すること。

大笑ひ。


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It's one's truthfulness that counts

蓮舫さんの八王子での演説をYouTubeで聴いた。

旧民主党時代から少し危なっかしい印象を持ち、
また微妙に日本語が変なところもあったから、
just another 'talent' 候補かと思わないでもなかったが、
そんな印象を完全にひっくり返す、すばらしい演説だった。

今三軒茶屋で演説中のはずで、自転車乗って行こうかとも思ったけれど、
他の演説会場となった中野や新宿や八王子と同じほどに人で溢れかえっていたら
自転車もとめようがないし、あきらめた。

「対立候補」より倍数をつけられぬほどはるかに良い候補だ。

相手はカイロ大学時代教授に「いい成績だったよ」と言われただけで
「首席卒業」を公言した人だ。
しかも留年しても4年で卒業できたという離れ業も演じたと言う。
何度詐称を指摘されても全く名誉毀損とかで訴えない剛の者だ。

手強すぎる。

しかし、本当に都民に尽くしたいという気持ちこそ全てだ。
頼りない情報筋は蓮舫劣勢だと言うが、そんなことは絶対ない。

俺は彼女を支持する!


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2024 夏至前日日記

夏至だ。

昨日娘と孫に会いに都心某所へ。
それもpottering、すなわちcyclingで行った。
寄り道しながらだから往復40km近くは走ったと思う。

志ん生さんのように、道順を追ってみるー

行きは、環八千歳台付近からマイナーな都道に入り桜上水経由で下高井戸駅、
そこから甲州街道。大原で環七に入って、青梅街道へ。
東高円寺で左折し大久保通り、「租界」の大久保や新大久保を経て(後悔しつつ)、
牛込柳町で左折、外苑東通りを行き、漱石公園に寄ってみようと思ったが道路とかが
工事中で入れず。そこから地蔵通りに在る店に入って二人と会食。

帰りは、地蔵坂を上って矢来町の住宅街へ入り、旧牛込商業の脇を通り、
牛込中央通りに出て、払方町へ入って5年暮らした砂土原町・鰻坂の
「ウナギの寝所マンション」へ。もう10年ぶりか、この再訪は。
そこから外堀通りへ出て、市谷の旧SME(Sony Music Entertainment)ビルを
右手に見つつ、新宿通りへ出て、再び外苑東通りに入って適当に右折、大京町へ抜け、
千駄ヶ谷へ入って左に「将棋の社」鳩森神社を見て明治通りを突っ切り原宿駅前へ。
そこから代々木公園の歩道を走って富ヶ谷、山手通りを横断し井の頭通りに入る。
代々木上原を通過、モスクを左に見つつ、大山辺りで適当に左折、
知らないうちに淡島通りの成れの果ての丁字路に至り、松陰神社、
世田谷区役所前を通って、城山通り、環八、ということだった。

帰ってきてヘトヘトにはならなかったが、とにかく蒸し暑さに辟易し、すぐシャワー。
ABEMAを見ると叡王戦藤井vs伊藤のちょうど佳境だった。
50:50ということだったが、その評価値以上に伊藤優勢に見えた。
時間攻めもきくほどの持ち時間差がついていて、これは「伊藤匠くん、とうとうか!」と
私は色めきたった。

<それがどうした>ながら、同じ世田谷区民として匠七段推しの私だ、
興奮せずにいらりょうか。

藤井叡王(八冠)はほぼ最後まで指し切って投了!

あまりの強さに10年は八冠維持するのではと言われていた藤井さんを「たっくん」が
一敗地に塗れさせた(大袈裟だ!)。

しかし藤井さんはgood loserだった。
さすがであった。

無敵の大天才を3勝2敗で下した伊藤匠新叡王も、まごうことなき大天才だ。

本当におめでとうございます。



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おらは良き友とたまに会う時しか飲まない、しかもほどほど

あさってでもう夏至。
いやはや。
Time flies.
いやんなっちまう。

*

おとといの報道で知ったのだが、去る9日(日曜)最寄駅近くの路上で、
午前2時半、つまり丑三つ時の深い夜に、殺人事件が起きていたというのだ。

殺されてしまった方には気の毒だけれど、殺した輩共々酔っていたらしい。
酔っ払い同士のよくある絡み合いならよかったが、加害者が被害者の「おい!」という
発声を自分に向けられたと勘違いして殴りかかり、被害者は打ちどころ悪く
脳内出血して亡くなってしまったというのだ。

加害者は世田谷区成城8丁目在住の自営業43歳、
被害者は同区桜(何丁目かは不明)在住の会社員51歳だという。

「おい!」は、あの駅近くで呼び込みをするキャバクラの客引きに対して発せられたと。

・・・。

近隣に暮らす者として思うことだが、あの駅は、小田急線の北側の祖師ヶ谷地区と、
南側の砧地区で大きく雰囲気が違うのだ。
その2地区を南北に貫く「ウルトラマン商店街通り」がある。
その「キャバクラ」が在るのは祖師ヶ谷地区に相違ない。
そこの道幅は中型のバスがなんとか通れるほどしかなく、
また実際バスが通る(初めてきた人は驚くだろう)!

その祖師ヶ谷も、西へ行けば成城学園のキャンパスに近づくにつれて
閑静な住宅街になるが、北の方はそうした「施設」も在るようなところとしか
言いようがない(ネガティブな形容はしたくない)。

南側、つまり砧8丁目や6丁目は、「ウルトラマン商店街」の道路もそれなりの幅が
あって、開放感があり、はっきり祖師ヶ谷の飲食店街・商店街とは雰囲気が違う。
バスは通らない。
その商店街を東や西へ一歩入れば商店や飲食店はほぼ全くなくなり、
住宅街となるのだ。

なぜ駅北側の祖師ヶ谷地区だけが、率直に言えば猥雑な街になってしまったのか、
その歴史的経緯は私には分からない。

パンデミックで一時はなりを潜めた酔客が戻ってきて、交番もすぐ近くに在るのに、
痛ましい事件が起きてしまった。

成城学園前駅から北へ相当遠いところながら成城8丁目に暮らしている中年男性は、
人生暗転、今、千歳台に在る成城警察署の留置所にいるのか。
殺されてしまった方の中年男性は、東京農大の近くである桜に暮らしていたが、
人生暗転どころか、人生終焉となってしまった。

共にご家族がいるだろうし、今は憔悴しきっていることだろう。

深酒は怖い。



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ああ、ただただ懐かしい

昨日はスティックが2曲たたき、がっちゃんがエンジニアリングを担当、
良いセッションになりました。
お二人にはここでも厚く御礼申し上げます。

帰ってからは仕事で、もちろん疲れてはいたけれど、全力を尽くしました。

*

レコーディングが終わってから、食事予定の店が4時前で開いておらず、
急遽サイゼリアに。
私は久しぶりにこの庶民的イタリアン・レストランに入りましたが、
いやはや、美味しいのに全てのメニューが破格に安く、企業努力に脱帽。

そこで3人の共通の思い出、つまりはG String時代の話をいくつかして懐かしかった。

何より事務所の大歌手MTさんのロンドンRoyal Albert Hall公演に同道した1994年の
ことが楽しい話題となった。

London→電車でLiverpool→レンタカーで湖水地方(The Lake District)→
Edinburgh(この頃ちょうどJ.K. Rawlingがシングルマザーとして、
このスコットランドの首都のカフェでコーヒー1杯で粘ってHarry Potterを書いていた)
→The Irish Sea沿岸の町Ayr →Liverpool(Beatles Story見学)

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手前の後ろ姿は、過日逝去されたSKさん。
前日Bay City Rollersのvocalist、Leslie McKeownに会わせてくださった。
Leslieは大の日本贔屓で、お連れ合いは日本人だった。
Rollersファンだったスティックは緊張で口がきけなかったっけ。(笑)

私も高校3年の時に彼のBye, Bye, Babyを何度歌ったかことか。

もうちょうど30年前のこと・・・。

*

3人で喋っていて、がっちゃんがLIverpoolに着いた時の印象を語ったのだが、
雨天だったこともあり、街並みの陰鬱さが強調されるようだった、と。
Londonも古い建物が多いところはやはり全く同じで、
gloomyとか、古色蒼然とかという単語が出てきたのだが、
ぴったりの英語がどうしても出なかった。

Leslie McKeownのWiki記事を読んでいたら、出くわした!

drab

である。

1. dull; cheerless; lacking in spirit, brightness, etc.
2. having the color drab.

2の日本語訳として「淡褐色の」というのがある。それだ。
Leslieは故郷のEdinburgをそう形容し、忌み嫌い、Rollersの中ただひとり
Scotlandに戻らなかったそうだ。

ブリテン島は総じて雨がち、古い建物が多いし、
どうしてもdrabな街並み、雰囲気になる。
だからたまに晴れると、それはもう「lovely」としか言いようがない。

PaulもRevolverで歌っている。
Good Day Sunshineだ。


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