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War Is NOT Over (Because you want it)

ある問題が解決していないどころかますます深刻になっている状況で、
そのことについて真剣に、また忍耐強く取り組んでいる人たちが、
問題をながびかせている張本人にされてしまうというようなことがあるようだ。

その問題が国の専権となる防衛問題や外交問題の場合、
反対の立場から解決を試みる人々は当然国と対立することになるわけで、
国の方針や施策が変わらない以上、ずっとそのことを争点化してゆくことになるー

すると「そんなことより日々の暮らしのことを考えろ」と言い出す人が出て来るのだ。

沖縄の基地問題、中国との関係などは、都庁のプロジェクト・マッピングとは
全然違う話で、「日々の暮らし」の根底を覆しかねない問題なのに、
もう飽きたと言い出す県民が出てきているという(朝日の記事に拠ると)。
裏金問題などは争点にならず、自民党が議席を伸ばし、玉城知事は窮地に立たされた。

だったら、辺野古もこのまま建設工事をすさまじい費用をかけて進めればいいし、
米軍基地の過度な偏在もそのままにしたらいい。
中国へ強行姿勢を見せて、南西諸島死守を世界に訴える。
それが「沖縄の民意」だー

そう玉城知事が言ったら、どうだろうね。


俺と同世代の高学歴YouTuberが、子どもの頃、俺は戦争なんて絶対反対だったけど、
後年、戦争というのはありだと思うようになったと言っている。

2国間の問題解決がどうにも見通せなくなってしまえば、
後はもう一定の犠牲者を出す戦争をして、双方がもういいやというところまで行ったら、
問題が雲散霧消するとでも言いたいのか。

ああ、その2国の民が全員いなくなってしまえばなくなるね。

イスラエルのネタニヤフやその一派は、本当にハマスを殲滅できると思っているのなら、
<あの民族>の優秀さを私は密かに認めてきていたが、それこそが雲散霧消する。
今回これほどにパレスティナ人を酷薄に追い詰め、無辜の子どもや老人たちをも殺して
それで本当にイスラエルに恒久の平和が訪れると思うなんてほとんど狂気だ。

同じように、ロシアもウクライナも、こうして血で血を洗う戦を今日も続けて、
それで両国それぞれにいつかは恒久平和が訪れると思えているなら、悲惨過ぎる。

一時的な戦闘停止の日がいつかは来るだろう。
しかしそれはいずれかの国、あるいは両方の国にとって犠牲者が限界まで出てしまったと
いう状況が認識されただけのことであって、恒久的な紛争解決では無論ない。

そして火種は残る。
旧ユーゴスラビアの紛争がそのことを裏付ける。
セルビア人、クロアチア人、そしてボスニアなどに住んだムスリム系の人々には
過去の因縁があった。
それゆえ、ユーゴスラビアとして「南スラブ人」各派をひとつにまとめていた
チトー政権がチトーの死とともになくなると、その因縁で殺し合いがすぐ始まった。
1990年代最悪の戦争となったのだ。
今は落ち着いているようだが、
再び戦いに導く火種が子々孫々残されていると言ったら過言か。



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明日急遽ドラムス録り

ほとんど急遽という感じで、明日ドラムス録りが決まった。
都内某所のスタジオへ、私は自転車に乗って行くのだ。
それでも私は夜に仕事がある。
録音作業後、ゆっくりできないのが口惜しい。

*

半径10キロくらいの圏内なら、自転車でなんらの痛痒も感じず出かけていける。
人混みが嫌で、さらにあのパンデミックがあったから、
なおさら公共交通機関を利用することがなくなってしまった。

2年前の今頃、娘と会いに千駄ヶ谷まで世田谷の自宅から自転車で行った。
それなりの距離だけれど、246を使えば14kmくらいの距離、
細かく区道や都道を使ってのほぼ直線の距離なら12km弱くらいだろう。
本格的な自転車乗りには全然大したことのない、ウォーミングアップくらいの距離だ。

明日、スタジオまでは6〜7kmくらいだろうか。
すでに一度行ったことがあるし、楽ちんである。
しかも電動アシストだしね。

録音が明日あることは除き、他はいつも以上にどうでもいいことを書いた。
書きゃあいいってもんじゃないぞ。


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2024 水無月雑記3

よくまあ今の日本でG7になんかいられるなあ。
縮小するばかりの経済規模もそうだけれど、なにしろ「先進国」かよって。

首相がZelenskyにまたもや支援の約束。
もちろん「後方支援」だろうけれど、本当にいいのか、尚更ロシア=ウクライナ戦争に
コミットしてしまって。

プーチンは何度も核使用を仄めかしている。
使ったらこの世の終わりなのは彼だって知っているけれど、
何するか分からんでしょう、人間なんて。

戦争での問題解決なんて究極できはしないって、平和憲法を持つ日本国の首相は、
たとえ他の6カ国とかがなんと言おうと正論吐きまくったらええねん。
だからウクライナにもロシアにも、War Is Overという精神で、
戦争につながるいかなる援助も我が国はしませんて言えばいい。

究極の問題解決は、戦争なんかばっかやっている人類を絶滅させることしかないじゃん。
そんなことを決断、実行できる資格のある人間なんて誰一人いないんだ。

「資格」ってぇのは、まあ、変な言葉遣いだけれど。
「権限」でもいいんだけどね。

*

「日本はすごい」もののYouTubeコンテンツは統計上確かに増えているって。
ああ、すごいところいっぱいあるよ。

しかし、絶対、先進国でなどない。

まあ、先進国ってなんだっつぅところだけれど、
経済規模とか、インフラの充実度とか、科学技術力とか尺度はいっぱいあろうけれど、
今日本が「advance」して、何を後続に見せているっていうんだ。

なんか言える?

*

暑いなあ。

暦では仲夏なのだから、それなりの暑さはしかたがないけれど、
異常気象はもうそれが通常気象になりつつあって、昔の6月なんてどうだったか忘れた。

そんな天候の異変が常態化しつつ、安曇野のMooさんは、整形外科的疾患を抱えつつ、
安全でおいしい野菜を自分で育て収穫している。
米はお知り合いからきっと調達できる。
今食糧危機が来ても、Mooさん夫妻は困らない。
不足するのは動物性タンパク質だけか。

OKでずっと買い物してきた身として分かる。
同じようなものを買ってきて、ひと昔前(岸田内閣発足前くらいまでか?)の2割くらい
値段が上がっている。もしかすると3割かも。

おらにとっての指標食品は鮭の切り身だ。
チリ産とか1切れ100円だったよ、ずっと。
今はもう200円に近い。ほぼ10割値上げだ。

まだ食料が供給されているうちはいい。
自給率超低いこの国で、海外から仕入れできなくなったら、本当におしまい。

庭の木切って、それでも狭いけれど、畑を作って、自給率0から脱却するか。
ほんと、冗談抜きだ。


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勉強家のstatesman or stateswoman求む

都知事選が始まる。

もう事実上ある二人の候補の一騎討ちだそうだ。
腐った政党の支持を受けるような候補に俺が入れるわけはない。
とは言え、もう一方の候補者の方も大好きというわけではない。
俺がリベラル派なのはもう<周知の(!)>通り。
逆にリベラルでないロック・ミュージシャンなんているのかというくらいだ。

しかし、俺の基準では今リベラルかどうかより、理知性がどれほどかの方が重い。

多分入れはしないけれど、小林興起さんはいかに自分は勉強してきたかをまず強調する。
自民党衆議院議員だった彼は郵政民営化が争点となったKOIZUMI内閣当時、
それに反対して自民党を辞めさせられ、「刺客」を送られ、落選した。
そのときの対立候補がなんと小池百合子だったのだ。

確かに彼の学歴は完璧で、勉強量は国会議員の中でも抜きん出ている人だったろう。
それが関西地盤だった、学歴も怪しげな、政党をコロコロ変わる女性に「落下傘」で
降りてこられて惨敗、屈辱を味わわされた。

政治家としてどれほど勉強をしたかー
もちろんその時間の多寡だけでは一概に言えないけれどもー
それが優れた政策を生み出す能力と比例するのはきっと疑いない。

今の知事は、左派が嫌いということだけで、何か定見を持って死んでもこれを実現
したいというような政策は持っていないようだ。
細川首相、小泉首相、二階自民党前幹事長などなどに擦り寄って、
ただ権力を握ることのみに終始してきた人生のように思えるが、どうか。

私は勉強家だったことが一度もない。
恥ずかしいことだ。
だから、そういう人物には、ただ勉強家であるという事実一つで畏敬の念を抱く。

チャランポランばかりの政治状況の今、
真面目な勉強家の知事、政治家こそ必要ではないか。



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Ericと百舌鳥

私のブログでこのことを書かないではいられない。
もうだいぶ前の話になってしまったがー

RaspberriesのEric Carmenが亡くなってしまった。

Go All the Wayを聴いた中3のとき、ロックをやるならこんなスタイルでと
心底思ったほどに心震えた。

その頃、歌詞の意味など全然分かっていなかった。
どれほど、いや、アホなほどスケベな歌だったと知ったのはだいぶ後になってからだ。
Ericが<過剰>なのは容貌、特に鼻の下の長さで明らかだったけれど。(笑)

「tonight」ばっかり言う歌手だなあって。
夜に期すること多き人だった。

高3のとき、おそらく彼の最高傑作(異論あろうが)Let's Pretend
rock balladの頂点に達したものとして何度聴いてきたか分からない。

彼が老境に入る前ではあったけれど、Raspberriesとしてreunionコンサートを
開いたのだが、すさまじいほどkeyを下げて歌っていて、悲しかった。


NHKの動物もの番組で、昨日モズ(百舌鳥)のことをやっていて、
2月、オスはメスの前で体を左右に振りながら歌を歌い続けるのだ。
その愛の歌の歌唱力もそうだが、持続力、力強さがメスにとって決定打になるそうだ。
そんなに歌えるというのは、早贄(はやにえ)を十分蓄えて冬季を乗り越えられた
証拠だからと。つまり、狩が上手で、生活力旺盛ということだ。

笑ってしまった。

Ericは大ヒットも多く、まちがいなく勝ち組の百舌鳥だった。
翻って私は、二枚舌鳥か。
いや、私は人見知りするタイプだった。
いつも好きな子の前ではモズモズした。


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No Warと叫ぶに決まってるが、尊い戦いはあった

朝日新聞の記事だったと思うが、去る6月6日の「D-Day(連合国軍ノルマンディー
上陸作戦決行日」について書かれていて、絶対悪のナチスの伸長、世界征服を阻むため
おびただしい数の人々が命を捧げたことの尊さを言うのだった。

本当だ。
自国、自民族の持続・繁栄のためなら、彼らが勝手に決めた「劣等民族」を滅ぼして
構わないと主張し、実行するナチスドイツを「The United Nations」が打ち負かした。

特にアメリカ国民の犠牲は人類が忘れてはならない崇高さを持つと私は思う。
なぜなら、主戦場はヨーロッパだったからだ(太平洋戦線はここでは措く)。
いくら多くの米兵たちの先祖がその大陸出身者だったとは云え、
孤立主義を貫こうとするならその選択肢もあっただろう。
もちろんいずれ決戦になるとは覚悟しただろうけれど、だ。

自由と民主主義的価値を守るという信念は間違いなく多くの米兵を動かした。
アメリカの参戦がなかったならば、疑いもなく今の世はない。

その「今の世」が<良い>のかどうかはそれぞれの判断だ。
けれども、他民族を悉くアーリア民族より劣等であると言って憚らない者たちが
君臨する世界よりマシであるのは明々白々だ。

そのWWII後の米軍を、アメリカ合衆国を、手放しで賛美する気はもちろんない。
Pax Americanaこそ世界秩序の要だなどと言う人はほとんどいない(はずだ)。
アメリカも自国第一主義で汚いことをやってきたという側面ももちろんある。

それでも、ナチスを打倒するのに命を懸けてくれた全ての人々、
とりわけ戦場から少なくとも大西洋の距離分離れていたアメリカの人々の貢献は
永久に讃えられるべきだー

特に今、EUで自国第一主義勢力が伸長している今。

移民を差別し、追い出すだけが能じゃないだろう。
何かしらのもっと人道主義的な解決策を見つけられないほど人類は愚かか?

ナチスと戦った人々の思い、勇気、知恵を、今学び返すべきだ。


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某T県K市市長選前のある夫婦の会話

母ちゃん
「あんた、市長選投票、行ぐのガよ。」
父ちゃん
「ああ、おら投票は欠ガしたごどね〜の、知ってっぺよぉ。」
母ちゃん
「あっちの、ほら、中央政界とのつながりで市政刷新とガ言ってる人にガい?」
父ちゃん
「今回はダメだ。」
母ちゃん
「あら。珍しいゴど。なんでまだ今回は?」
父ちゃん
「鼻薬回って来なガったガらさー。裏金のおこぼれよ。」
母ちゃん
「んじゃ、棄権ガよ。」
父ちゃん
「まあ、そうしてぇのはやまやまだげんども、対立候補に入れんだあ。」
母ちゃん
「お灸据えんのガい、一連の騒動への。」
父ちゃん
「何語ってんだ、母ちゃん。おらだってその裏金の甘い汁吸ってきたんだぞ、
たったの五千円でもよぉ。お灸据えられんのはおらだってそうだっぺよ。」
母ちゃん
「んじゃあ、なんで。」
父ちゃん
「この県のJ党の親玉、『その他団体』に政治資金毎年平均すれば3千万円超を10年
移動させで、公開義務がねぇっつぅゴどで使途不明にしてきたんだと。
いっぐらおらが末端の支持者っつったって、おらは選挙の度の5千円だぞ!
ふざげんなっつーゴどだ。」
母ちゃん
「この国の民主主義は、根付ぐのにあど百年はかガんなあ。
NHKの『虎に翼』の時代ガらちっとも進んでねぇんねの。」


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語呂合わせに付き合う気はないが

朝日新聞の記事で、ロック語りについて論考されていた。
ロックについて熱弁していると、ついつい「この曲を聴かずしてロックを語るな」だの、
「このロッカーを知らずして何がロックファンだ」だのと己のロック感性を
押し付ける輩がいる。

まあ、ロックばかりのことではないだろう。
西洋古典音楽についてだって同じだろう。
「Beethovenならこれを知らなきゃ」とか、「ビッグネームばかりでなく、
こうこうこういう渋い作曲家がいて、そのxxと言う作品は大天才作曲家のそれらに
勝るとも劣らない」とか。「この作品を聴かずクラシックを語るな!」などと。

さらに音楽についてばかりではない。
小説についてだって、映画についてだって、絵画、彫刻などなど、
どんな藝術分野にもいる蘊蓄語りの存在、あるいは偏愛者。

その記事ではなく、それへのコメントでおもしろい話が載っていた。
70年代イギリスのロックバンドJapanが、なぜ自分たちが日本で人気が出たのかと
探ってみたら、日本にはロック雑誌があって、そこで音楽に先行し、
彼らのヴィジュアルが紹介され、すでに一定のファンができていたからだったと。

(私も含め)当時のミーハーな洋楽ファンよ!

今の時代、AI技術、ネットの普及で、まずヴィジュアルはどうにでもなり、
また聴ける音楽の種類も数も当時に比べるのもバカバカしいほどだ。

手厚くcopyrightが守られていた当時に比べれば全く金にはならんが、
一般に聞いてもらえるチャンスは間違いなく増えた。

音楽先行で、Project Hydrangea(複数形改め)が可能な限り耳目を集められたら!


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2024 水無月雑記 2

YouTuberサッカリン氏が、幻となった1973年Beatlesの再結成コンサートにつき、
もし実現していたらとセットリストを考えたのだった。

概ね同意できた。
そして1973年、それを会場で見聞きできていたらと想像し、目頭が熱くなった。

ライヴ・パフォーマンスを技術的に支える態勢は1973年でもかなりの水準になって
いただろうけれど、PaulとRingoが元気に存命という今、
2024年のBeatles復活コンサートを空想してもさほど荒唐無稽ではない。

チケットは1,000,000円であっても、私は買うかもしれないー
(貯金あんのか!)

そのセットリストー

1. Magical Mystery Tour
2. Drive My Car
3. Day Tripper
.
.
.

考えていたら、バカらしくなった。
聴きたい曲だらけで、収拾がつかない。

*

鹿島アントラーズの鈴木優磨が好きだ。

*

今朝の東京は湿気が少ない快適無比な晴天だった。
砧公園の緑は今最高に美しい。

公園内には「ファミリー・パーク」という区域があって、
ここはペット連れ込み、自転車乗り入れ禁止なのだ。
それでも、普通の善良そうな年配女性や男性が犬を連れ込んでいる。
朝早いから、迷惑をかける人もいないという了見だろう。

こういう人々が、クソな政治を意識的であれ無意識的であれ支えているんだろうと思った。
「いいじゃないの、これくらい」精神だ。
「私とペットが気持ち良ければいいのよ」ということだ。
「迷惑かけてないんだから、別にルール破ったっていいでしょう」なのだ。
「こうやって幸せに朝の空気を愛犬と共に吸えている私は幸せ!
犬を世田谷区で飼えている、私は勝ち組!」

*

さて、今日は録音すっか!


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2024 水無月雑記

笑えまんな。いや笑ってられへん。
「政治」活動で私腹肥やす法を利しておいて、
その法を私服肥やしたヤツらが改<正>して、
相変わらず私腹肥やしても知られない、万一知られてもお咎めを受けない
新たな(?)私腹肥やし継続・使徒不明容認法を通してドヤ顔って、一体どういう国だ。

*

Project Hydrangeasでは、私の歌、楽曲に
治雄ちゃんとスティックのリズム隊がDD以来の手練れで熱い、
あるいはcoolなgrooveをもたらし、その上に、
関根安里くんと嘉多山信という優れたviolinistとguitaristがその経験と技で
縦横無尽の演奏を乗せてくれるのだ。

なんという贅沢であろう!

政治屋のせこい贅沢に比べるべくもないほどの人生の宝。


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Keep on imagining

出生率1.20とか。
このままいけば「<純粋な>日本人」と自称するヒトはいなくなる日が必ず来る。
それはそれ、しかたがない、あるいはそれでもいいではないか、とも思うところはある。

出身国多様な人々が暮らす社会にこの国がなることは現状ありえない。
外国出身者が観光客として来るのはいいが、
暮らすとなれば話は別だと思う「日本人」がきっと大勢だろうと推定するからだ。
(政府提案の「育成就労制度」がそれをはっきり物語る。)

先ほど見た「X」のビデオー

アメリカのある高校の卒業式で、ひとりの女子学生が壇上へ。
diplomaを授与され校長らと握手する段になってその学生の父親が突如駆け寄り、
学校関係者の列にいた黒人の教育委員会の幹部に娘が触れてほしくないという理由で
その幹部の腕を取り、どこかへ連れて行ってしまう。

娘さんは瞬間父親の愚行に呆気にとられるが、額に手をやって、悲しい表情をし、
降壇する。

「人種の坩堝」、「実験国家」のアメリカですら、まだまだこんなものなのだ。
考えてみれば、18世紀後半からの国の歴史があろうと、
また、19世紀に奴隷解放令が出ようが、
1960年代にやっと「有色人種」に公民権が認められるという<無様>なのだ。
さらに21世紀初頭にアフリカ系の人が大統領になっても、だ。

これは白人男性にのみ、アメリカにのみ、見られる傾向か?
とんでもない。

肌の色の違いなど何ら関係なく、みなが仲良く暮らす未来の地球を想像などしても
詮無いと肩を落とすしかない。

それでもJohn Lennonを愛する私は、「someday」の到来をimagineし続ける。
自分の中の否定的感情を克服しようと日々志して。


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東野川小町

これは義父の娘にも話したことだから、問題はないだろう。

今朝夜明け頃私は狛江市東野川を歩いていた。
ある出来事を思い出しながら、だ。

3、4年前、同じように朝のエクササイズとしてそこをー
その時は自転車でー
走っていたのだった。

確か午前7時ちょっと前だったと思う。
あの辺りの住民たちの多くが通勤通学で家を出るちょっと前くらいだ。
ある家から女性が出てきたー
歩いてだったか自転車に乗ったか、駅へと向かうところだった。

私は本当に度肝を抜かれた。

その女性、容姿に非の打ち所がないのだ。
眉目秀麗、均整これ以上ない程、つまり完璧で、さらに上品。

この歳になるまで、数多美形は見てきた。
もちろん、ほとんど実際に会ったことはないが、
多くの「美人」俳優や歌手、女性アナウンサーも。

しかし、この狛江の女性ほどに大感動を伴って失礼ながら目を奪われた経験はない。

もちろんTVや映画で見る美形は、リアルで出くわせば同じように一瞬こっちが
石化(petrified)してしまうほどであろうことは知っている。
大昔、赤坂の事務所へ行った際、TBS近くで当時美形と持て囃された大人気
アナウンサーを目の前で見ることになって、
その後光の差すような美しさに圧倒されたことがある。

けれども、狛江・東野川の人は、本当に完璧なのだ。
上では書かなかったが、彼女の美にはさらに優しさ、慈しみの相があったからだ。
美形にはありがちな冷たさがなかったのだ。

「こういう女性が世の中にはいるのだなあ」ー
しみじみ思ったものだ。

そしてその時、私は私の田舎で「小町」と呼ばれた、十数歳上のある女性のことを
思い出したのだった。
少しその人に東野川の美人が似ていると思ったからだ。

その人は我が父の俳句の師匠とも言える人の娘さんで、
私が小学生の頃などたまにその方とすれ違うと、チビのくせに「美しい女性だなあ」と
見惚れたものだった。
その後「小町」さんを見かけなくなった。

そしてその女性と私は10年後くらいに再会する。
二児の母となっていた。

その夫は、私の高校時代の恩師ー
3年間ずっと担任でいてくださり、私を厳しく優しく指導してくださった先生だった。


今朝、その辺りを歩いていて、
「東野川小町」と出くわすかもなどとはちっとも期待していなかった。
それでも出くわした時のことを思い出してはいた。

もう誰かの伴侶になっているだろうか。
母親になっているだろうか。

私の恩師のように、すさまじい僥倖に恵まれた男性が、もういるだろうか。


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自然を蔑ろにする文明とは何か

昨夜仕事中にごく近所で落雷。
強烈な音ばかりか振動もあって、少し家が揺れたぐらいだった。
私は雷好きだけれど、これほど近距離での落雷経験は初めてだった。

能登の方々は地震、雷と、立て続けの恐怖に陥ったかも。
お見舞い申し上げる。

*

自然には勝てないと多くの人間はこういう瞬間に思う。
けれどその畏怖や恐懼は長続きしない。
すぐに高を括ってしまう。

今朝聴いたNHKラジオの「昭和人物史」は今回から梅原猛さん。
彼は縄文人や古代日本列島人の自然との調和がとれた暮らし方を今こそと訴えた。
浄土宗や浄土真宗の往相回向と還相回向の考えは、縄文・アイヌ・沖縄以来の
列島人の自然観、死生観と一致するとして、「お浄土へ往って還って」きて、
そして永劫、徳を施していくのだ。

昨日見たNHKBS4Kの御神木にまつわる番組で、
長野県南部の、リニア新幹線が通るある村のブナ林が<陵辱>されるエピソードは
心の底からこの「夢の新幹線」の悪夢たるを思い知らされた。
リニアへの電力供給で山に送電線を吊る鉄塔が建てられるのだ。
住民の反対意見を<採り入れて>予定地のブナの木2本だけ残して、あとは知らん顔。

悲しむ若い住民の案内で名古屋大学の准教授2人が調査し、
樹木同士のつながりが絶たれてしまっての今後を心配する。

早く移動できることは絶対善か。
そんなことであるはずがない。
前静岡県知事が言っていたように、やはり南アルプスなどの水系がトンネルで断ち切られ、
異変が起きているというではないか。
東海道新幹線に何の不満があるのか。
夢の技術だから、自然を不可逆的に改変してもいいとでも言うのか。

ジェット機だって、1回のフライトで、もちろん航行距離によるが、
すさまじいほどの酸素を消費してしまう。
どれほど多くの植物がその酸素を作るのに必要なことか。

そんなことを言っているなら、MNEMOよ、お前も自動車など運転するな!
縄文時代の生活でもしておけ!

梅原さんも、ある国際会議で、欧米人のパネラーからそのようなことを言われたのだった。

文明とは何ですか?

俺も問いたい。


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考察

またもや日航123便の墜落についてなのだが、
もう何十回も聴いた「コックピット・ヴォイス・レコーダー(CVR)」で
私は他の方が全く指摘しないことをずっと感じていた。

それには機長、副操縦士、機関士のまさに死闘ぶりが録音されており、
彼らの最期まであきらめなかった姿勢はどんなに賞賛してもしきれない。

私がそのこと以外に感じたことー
もちろん数々の疑問が呈されている会話(録音されていない、ないしは削除されている
かもしれない部分を含む)だけれど、機長と管制との英語による通信が、
非常に英語としてお粗末だということなのだ。

もちろんあまりの非常事態に機長が激しく動揺しているのは分かる。
けれども、例えば「uncontrol」という言葉を3、4回彼は使うのだが、
そんな単語はない(Weblioには載っているが、Oxfordの辞書など、権威ある辞書には
ない)。

もちろん「uncontrollable」が普通であって、1回は機長も使ったようだ。
航空通信では普通なのかもしれないが、発話されるものはセンテンスになっておらず、
なっていても子ども並みの超短文だ。
発音も素人としか言いようのないレベルなのだ。

管制官の英語も到底native並みとは言えず、これは機長の英語に付き合った可能性は
あるけれども、英語にある程度熟達した人なら誰が聴いても<うまくない>。

さて、私のこの記事執筆の意図は、彼らの英語の下手さ加減を言い募ってそこを
批判したいとかで決してない。

問題は、米軍横田基地の管制が、かなり早い裡に123便の緊急事態信号
(Squawk 7700)を発信、宣言をキャッチしていて、
横田基地へ緊急着陸したければ準備する、している、と123便へ言っているのだが、
それを123便クルーはちゃんと聞き取れていたのか、ということなのだ。

正式な公開ではないCVRの会話では、機長らが横田Air Baseの管制官の問いかけに
機長らが応答している部分はなかった、あるいはあってもほんのわずかだったはずだ。
123便は伊豆半島から右旋回して富士山の北をかすめ、
まさに横田基地方向へ飛んでいったのだし、羽田に戻りたいという当初のrequestは
あったのだけれども、一刻を争う事態で、横田の滑走路も当然考慮に入ったはずで、
「uncontrollable」な機体なのだから、エンジン出力の加減で機体操作し
緊急着陸を試みるなら、人工密集地の23区内に在る羽田より、
横田の方がはるかにless riskyだった。

国内線の機長なのだから、さほど英語に熟達していなかったとしても
しかたがないというところもあるのだろうけれど、どうなのだろう。
もちろん横田に着陸できた保証は一切ないのも知っている。
それでもあらゆる生還の可能性を探るべき時に、
意図した通りであれそうではないであれ、事実最も接近した横田基地に緊急着陸
ないしは不時着を試みるのは絶対に選択肢のひとつだったはずだ。

英語力の問題が、この痛ましい重大事故(事件)の原因のひとつとまで言う気はない。
なにより伊豆半島上空でなぜ「uncontrollable」な状態になってしまったか、
その原因こそ全てだ。

けれども、miscommunication(意思伝達の行き違い)ないしは非標準英語ながら
discommunication(意思疎通不能な状態)の問題が、
飛行機事故ではしばしば重大原因になってきたのは事実なのだ。



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蕗の煮物、初めてつくった

真向かいのNさんがお庭で育てた蕗(ふき)をくださった。
春のスナップエンドウに続いてのお裾分け。

今日は義父の娘が土日もなしの仕事があって不在。
義父とは2週間以上のコンタクトなしという事態を避けているものだから、
予定どおり義父と調布のとあるレストランでお昼ご飯を食べた。
そして帰ってきて、蕗の調理を始めた。

塩揉みみたいなことをして、茹でで、灰汁を取って・・・
何より手間な皮むきだけれど、慣れてくるとおもしろい。
「筋の通ったフ〜キ!」などと何度も歌いながら。
亡き母も、面倒とは思いつつも、この皮むきを楽しんだのだろうな、
などと想像しつつ。

味付けもうまくいった。


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Modern Times, Still

Chaplinの『モダン・タイムズ』は機械に翻弄される人間を描いたが、
そんな古い映画であっても、そこで描かれた笑えてそして悲しい人間の業は
今でも全くそのまま、むしろその大量生産時代の初期よりも酷いことになっているはずだ。

「スマホ」と軽薄に略されるいかにもお手軽な器械のメカニカルなところで
自分の不明によるトラブルもよくあるだろう。
私なぞは登録者でない人の着信音がしないように設定していたのだが、
Amazonの配送で文句があってこちらに電話をかけるようにPC上で操作したが、
全く鳴らないから、「あ、そっか」とその私のスマートフォンの設定を変えたのだが、
結局なぜか着信音が鳴らず、通じぬまま。

Amazonへの電話は向こうからかかってくるのを待つというシステムらしく、
こっちからはどうしようもない。

そんなことで1時間ほど無駄な時間を過ごしてしまった。


いっとき痴漢・盗撮撲滅運動と称したYouTubersが耳目を集めた。
その親分みたいな人が、覚醒剤取引をするとある人を誘い出し、
それがやりすぎということで逮捕されてしまってからはいよいよ「社会正義」を
言うその手のYouTubersの反社性が明らかになって、
そういうコンテンツは無くなってしまったかと思っていた。

けれどもSDさんのその種のチャンネルは健在であることを最近知った。

もちろん、若い女性の、承諾なしには撮ってはならぬところを盗撮する輩は
あいも変わらずいっぱいいるようで、SDさんは10を軽く超える「コンテンツ」を
社会を揺るがせた騒動以降もそういう輩の破廉恥な行状を撮って上げていた。

写真や動画をいつでもどこでも手軽に撮れる機器の登場で、
結局そういう輩が多く出てしまったのも、機械に翻弄される例にしてよかろう。

「私人逮捕」の瞬間、あっという間に罪を認めて神妙にする輩は少ない
(まあ、そういうのしか上げていないのかもしれないが)。
往生際が最悪で、逃走したり、暴れたり。

破廉恥罪で捕まることのバツの悪さと言ったら、ない。
人生終わりだとすら思うべきものかもしれない。

家族・肉親、友人知人に知られたら、もう、本当に死にたいくらい恥ずかしいだろう。
中には盗撮した女性と同じくらいの年齢の娘を持つ者もいたりして、
情けないを通り越す。

だからこそ、逃走する、暴れる、徹底否認する。
恥の上塗り。


ああ、少なくとも機械の誤用、悪用で翻弄される現代人よー

ちょっと立ち止まろうぜ。


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悲報 「警察24時」モノ、一番頻度高く放送していたテレ東が撤退

今朝東京はなかなかの降り、hydrangeasは喜んでいる。
歩きや自転車乗りに出られず、室内で運動するしかないが、味気ない。

*

今日は伊藤匠七段が藤井叡王から3勝目をあげて初タイトルなるかー
藤井八冠が早々とまでは言えないが、八冠維持に失敗するかー
が懸かる叡王戦第4局が行われる。

もちろん、私は伊藤七段応援だ。

天才棋士同士の切磋琢磨あっての将棋界だもの。
しかも同年齢の二人の龍虎の戦いは、ずっと続く。

*

私には悲しいニュースが。
テレ東が警察24時ものをやめてしまうのだそうだ。
放送倫理に悖る内容のものを放送してしまったからで、一言で言えば、
潤色・演出が過ぎたということだ。

この「警察24時もの」は、企画立案が要らないTV局側には安易に作れるコンテントで、
警察も取材にすこぶる協力的だという。
市民の安全を守るために奮闘する末端の警察官たちの活躍を全国に流してくれるー
ということだからだ。

そして私のような野次馬根性の視聴者が一定数いるしね。

私がこの種の番組が好きなのは、人間観察ができるからだ。
それが野次馬根性ということなら全く反論のしようがない。
それでよい。

自分以外の「ヒト」がしょーもないことをし、しょーもない言い訳をしたり、
あるいは平然としていたり、悪態をつき逆ギレをしたりー

それがおもしろい。

私もしょーもないことをしてきたし、全然自分を棚に上げる気はない。

それでも、例えば「職質」に抵抗する人とかを見ていると、
私も血気盛んだった頃なら同じようにしたと思うけれど、
もうここまで歳をくってくると、無駄な抵抗はやめようという気持ちになっている。
一応そんなことになったら、なぜ疑われたのかは訊くだろうけれど、
丁寧な職質のお願いをする警察官に対してなら、「どうぞ」と言うだろう。

もちろん、何らやましいことはないと言う前提でだ。

え?
やましいことをしていたら?

いいや、それは全くない。
私がやましいことをする可能性があるとすれば、交通違反だろう。
けれども、それもほぼ全くない。
いわゆるゴールド免許を連続3回もらっているのだし。

善良な市民だなあ、私って。


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2024 皐月雑記 ・・・多分3

おとといの暴風雨ー

私はアホなことに、音楽室の窓を少し開けたままにしていた。

そして昨日、がっちゃんがPC(Mac)の不具合がどうにもならなくなり、
新しいものを買うとProject Hydrangeasのスレッドに書き込み。
すると呼応して安里くんもMac新機種購入しようかなあ、と。
私のMacBookはおそらくまだ新機種のうちに入るもので、
その点<余裕で>二人のやり取りを眺めていた。

「あ!」
音楽制作のwork stationにしている旧機種のMacBookのことを思い出し、
「昨日の暴風雨がまさか部屋の中にまで吹き付けてしまっているのでは!」と
俄然不安になって階上へ。

・・・。

水に濡れ、ポインタが動かず、キーボードも動かなくなっていた。
PC不具合、嫌なsynchronicityであった。
もちろん私の大ヘマのせいだけれど。

*

私と同世代の経済評論家森永卓郎氏が、癌で余命幾許もないということから、
マスコミ、特に放送業界での3大タブーに挑戦、
1つはジャニーズ問題だが、これはBBCのおかげで事態が動いた。
残りは「ザイム真理教」と日航123便墜落「事故」の真相に迫るもので、
これらについての著作物を刊行し、ベストセラーになっているという。

日航123便墜落事件については、YouTubeでrainbo6003というチャンネルが、
本当に優れた、精緻無比な徹底検証もののコンテンツを、長期に亘って発表している。
この方の航空力学や流体力学を始めとする物理学全般の知識は圧倒的で、
学者、それも一流の学者であるに違いなく、その説得力は同種の検証ものでは随一、
事故調査委員会のそれをはるかに凌駕している。
それはそうだ。なにしろその事故調の報告書の「ウソを暴いて」いるのだから!

この方はさまざまな陰謀論や、自衛隊誤射説などにも安易に与せず、
まずは事故調の報告書の無理、うそ、隠蔽を暴くことに専心する。
例えば、圧力隔壁に穴が開き、その機外に逃げる与圧された空気が垂直尾翼を吹き飛ばし、
結果全ての油圧操縦系統が破壊され、また垂直尾翼がちぎれたという事故調の説明が
いかにウソ、荒唐無稽であるかを、精緻な科学的根拠を示して証明していくのだ。

動画のつくりもすばらしく、本当にこの人は只者ではない。
シリーズの一本一本、見終える度にため息が出るほどだ。


森永さんの話を少しネット上で聞いたが、興味深くはあるけれど、
切り口が違い過ぎてrainbo6003さんの説とは比べようがないー
その森永さんの問題作ではもっと科学的に精緻な説も載っているのかもしれないが。

なにしろだ、ボーイング社の圧力隔壁修理ミスという事故原因の核心を
突き崩すのがrainbo6003氏の全てなのだ。





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High and Low, and Gravity

昨日の記事の続きになるけれど、
ある宇宙飛行士だったかの言葉に感銘を受けたことがあるー

無重力空間には上下の区別がない。

背の高い人というのは、例えば何かで背の低い人と言い争いになったとき、
きっと正に体格的に<見下す>ことになって、それがそのまま立場的優越感につながって
しまうことは十分あるだろうと思う。

私は背など高くはないが、もし子どもと対峙する(!)ことになったら、
やはりどうしたって自分の立場的優越をphysicalに感じるはずだ。

太平洋戦争時、鬼畜と日本人には言われた米英人たちは、
日本人の高い頬骨、出っ歯、丸メガネ、そして低身長を嘲笑った。
まずは背が低く、醜悪で、狂信的な東洋のサルたちを殲滅することに
躊躇なかった米英人はー
兵士、上司、もしかすると大統領レベルにおいてまでー
少なくはなかったろう。

常識的に、異常なほどでない限り、
背が高いことはおそらくほぼ見栄え上だけのメリットだけれども、
考えてみれば、それは上下という区別がある、約9.81 m/s^2という重力がある
この地球上で進化したヒトという生き物の常識に過ぎない。

長身ではまるでない私が僻んで言っているのではない。

無重力状態では長身であることがなんら見栄え上のメリットにならないー
延いてはいわゆる「上下関係」がなくなってしまうー
というのは実に面白い考察だと思うのだ。


昨日書いた世田谷区の某小学校の「二層」だけれど、
金持ちは高台をまず占有するものだろう。
眺めがいいからというのはもちろん、低地は河川に近いことがほとんどで、
洪水の危険と常に隣り合わせということもあろう。

その某小学校は、高台の金持ちに恨みを抱いた低地出身の青年が、
復讐心を抱いて金持ちの子どもを誘拐するという黒澤明監督作品『天国と地獄』
(英題 High and Low)を配給した東宝の近くに在る。

ロケ地は田園調布や横浜、小田原とかであったそうだけれど、
黒澤さんは監督になってから、世田谷区砧、千歳船橋付近、そして狛江、
成城へと転居を繰り返しているから、国分寺崖線の<上下>の暮らしを体験しており、
それがこの「high and low」への思いを映像化したくなった一因ではないかと、
同じようなところに暮らす体験だけは共有する私なんかは、思ってしまう。

しかしだー

2年前くらいだったか、大雨が降って、世田谷区に警戒情報が出た。
土砂崩れの危険の方が、多摩川の氾濫よりも危険度が高かったのだ。

丹沢、富士、日の入りの絶景を眺められる国分寺崖線のギリギリの端に建つ家に
避難指示が出たのだ。

そして一年前だったか、本当に、その避難指示が出るようなところの斜面が崩れ、
全国ニュースになった。

高いところは高いところで、あるきっかけでいつでも落ちるんだー
重力ある世界では。



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成り上がり

しかしなあ・・・

YouTubeで多数のチャンネル登録者を抱える「一月万冊」で、
主とそのお知り合いのジャーナリスト(?)氏が小池百合子さんの生家を
兵庫県芦屋市に訪ねるというビデオを上げていた。

「芦屋のお嬢様」となれば、関西圏ではとんでもないステータスらしく、
東京だと「田園調布のお嬢様」や「成城のお嬢様」という感じだろうか
(芦屋は大阪市や神戸市の中心街ではない、六甲の丘陵地に在るから、
東京都心部の「番町のお嬢様」や「麻布・白金のお嬢様」ではないだろう)。

小池さんはその「芦屋のお嬢様」であることも、「カイロ大首席卒業」と同じほどに
自ら喧伝してきたらしいのだ。

ところがその生家は、芦屋のいわゆる「六麓荘の大邸宅群」と遠く離れてはいないが、
阪急電車の、家を揺るがしかねないほどの甚だしい通過音に悩まされること必定と
言える位置にある、大きくもない敷地に在ったことが報告されるのだ。

この出自こそが成り上がりたいという彼女の欲求の源泉だ、という論調だった。

いやはや。

有名人になること、公人になるってことは大変だ。
そんなことまで言われてしまっても、8.5兆円の予算を操れる東京都知事の地位は
権力欲の充足感という、出費を大きく上回る<おつり>、
つまりは儲けをもたらすのだろうか。

世田谷の砧地域にも、そういう芦屋と同じような図式があるだろう地区がある。
某小学校は、校区に高台の高級住宅地と、低地の、世田谷区で最も安い地価の住宅地を
抱えているのだ。

高台のお金持ちの子女は幼稚園から私立小に行っている例も多かろうけれど、
中学から私立でいいと考える家もあるには違いなく、安全の面から近場のその某小学校へ
子どもを預ける家も少なくはないと思われる。

そこでは間違いなく、国分寺崖線上の高台組と多摩川沿岸の低地組との色濃い断絶が
あることだろうと思う。

「現代においてそんなことは」と思う向きもあろうけれど、
例えば、どこの区画だってふつうの人は手が出せぬ価格のタワーマンションにさえ、
高層階組と低層階組に格差があり、それが<身分>となって、
「カースト」に擬えるなどという不謹慎すらある世の中なのだ。

私が通った會津の田舎の小学校ですら、「町場の子」と「在郷っこ」の差があった。
「町場」とは越後街道沿いに発達した商業を中心とする地域と、
「在郷」とはその周りの農村部のことだ。
「士農工商」ならぬ「士商農工」というような図式だった。
「士」とは町役場に勤めたり、教育委員会に関係する人々のことだ。

今、故郷に帰ればそんな図式はかなり崩れていることだろうし、
それでいいに決まっている。
それでも「士」の家が、「農工」の家との縁組を嫌がる例が全くなくなったとは
言えないのではないかと私は思う。

実にくだらない。

そしてもっとくだらないのは、そういう構図の中、自分が下だったことに僻みを感じ、
それを克服することを超え、同じ構図で頂点に立つことを人生の目標とする精神だ。


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普天間かおりさんとがっちゃん応援

昨夕集合は中野となった。
3人は1979年結成のVIAのメンバーで、功くんはギター、Kはベース、
私はヴォーカルとドラムスということで、ドラムスについては「おいおい」だ。

今回会うことはなかったが、他にヴォーカル&ギターでKM氏、
そして正式ドラマーでKM氏(おんなじイニシャルだ!)。

VIAをやっている頃、私は正に中野駅に近い高円寺南に住んでいたから、
なかなか場所的な因縁もあって、そのVIAの次に結成したELIXIR時代のことも
懐かしみつつ、できれば超長期のペンディングになっている曲を仕上げられるといいねと
話しあったものです。

がっちゃん!

告知too遅くなっちゃった。
ごめん!

皆様、がっちゃん=嘉多山信くんは、普天間かおりさんの仲間としてギターを
弾いており、今日池袋サンシャイン噴水広場でコンサートでなんと三味線
(本人談、三線=さんしん、か)を弾いたのだそうです!

普天間さんのofficial website:

http://www.futenma.net

沖縄の心を歌う歌手と、帯広出身なのに実は自分がウチナー人ではないかと思い
始めている嘉多山がっちゃんの活動、ご注目いただければ幸いです。


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いろいろと最終ステージ

今日夕方、Kくんと功くんに会う。

KくんとはProject Hydrangeasのことを話し合う。
このプロたちの集まり、その企て、行く末について、
私に代わってと言うような勢いで重い責任感を覚えているKくん。

功くんとはElixir(彼と私、山口じゅんさん、スティックで組んだバンド)時代の
作品などをremakeすることも話し合いたいと思っている。

んなわけで、よろしく。


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これじゃあしょうがねぇ

「4Kでよみがえるあの番組 新日本紀行」を見ている。
昭和48年=1973年の気仙沼・唐桑で生計を立てるhouseholdsの姿だ。
焦点は、遠洋へ漁に出る男たちの留守を守る配偶者に当たっていた。

その「配偶者=女性たち」ー

現代の北朝鮮、しかもその田舎の女性のよう。
短い髪にパーマをかけているのだろうが、まるっきりオシャレさはなく、
金歯・銀歯、歳のわりにシワが多く、二十代前半の一人を除きみな割烹着姿、
ズボンはモンペのよう。

4K修復しようが、画像の粗さはどうしようもなく、
このことも私にとっては<致命的なほど>隔世感を覚えさせる。

私はこの時もう中学を卒業しようとしている時期だった。
この気仙沼の映像を見れば、我が故郷もまるで北朝鮮の寒村かと思しき田舎であったに
違いはなく、そこで私は<もうBeatlesが解散して3年も経っている今>を生きていた。
Ringo Starrの新アルバムを毎日聴いている日々だった。

いくらエンタメ世界とは云え、Beatles界隈の垢抜けは無上のもので、
それはその3年前に撮られたLet It BeやGet Backの映像での彼らのいでたちが
全く古ぼけていないことで分かる。

私はだから、田舎では絶対に浮いている存在だったに違いない。
そして私も田舎が嫌で、早く自由に都会で暮らし、好きな格好をしたい、
Beatlesのように生きたいと日々願っていた。

中学校のN校長を筆頭にする、坊主頭、制服などを強要する戦前メンタリティの教育者、
大人たちを心の底から疎ましく思って生きていた。


1973年の番組が終わり、まさに4Kで撮られた現代の気仙沼の様子が映し出された。
遠洋漁業は引き継がれていたが、何が変わったかと言えば、
漁師の無事帰還を待つ家族たちが驚くほど垢抜けていたことだ。
1973年当時こんな女性たちがいたら、大騒ぎだったろう。

私はしみじみした。
歳をとったなあ、本当に、本当に、と。

この<大変化>が起こり、完結する47年間を、
少年期から今の還暦過ぎまでのこととして私は生きてきたのだ。

爺になったはずだ。

しかたねぇべや。


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2 Versions of "You Can Run"

You Can Run But You Can't Hideという私の歌、
関根安里くん主導バージョンと、「がっちゃん」=嘉多山信くん主導のものとで2つ。
どちらも完成を目指す。
一方は歌詞をそのまま軟派に解釈してのもの、
もう一方はどちらかと言うと全体のコード感を尊重したもの・・・かな。

二人とも原曲のコードを一部いじっている。

がっちゃんの方は、特に終わり、打ち放しのコードが面白くて、
なんだか浮ついた野郎の運命暗転を思わせて笑える。

できるだけ早くこの2ヴァージョン、お聴きいただけるといいなあ。



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2024 皐月雑記 ・・・いくつめかな?

夕暮れ散歩。
東京ではすばらしい夕焼けが見られた。
多くの通行人がスマートフォンを向けていた。
私はなんとスマートフォンを携帯していなかった。

近くの公園ではムシトリナデシコが今盛り。
私にとってはあまり好きな花ではなかったのだが、群生ではない、
一株だけのものが公園入口脇に咲いていて、心惹かれた。
群れない方が美しい花だなと思った。

*

花の美の話を書いておきながら、今度は衝撃的な小汚い「鼻」にまつわる話。

朝、道路に面する書斎でニュースなどを見ていて、ふと窓外に目を遣ったら、
身なりがきちんとした、30歳くらいのサラリーマンと思しき男性が通った。
するとその男性、鼻に指を突っ込む。
ホジホジとやって、さてどうするのかと見ていたら、なんとー

指先を口に入れた・・・。

*

国会で自民党の議員が、パーティー券購入でその購入者の名前を公にする基準額を
10万円以上としたことにつき、「キリがいいから」と説明。
この議員、NHKの日曜討論で、今回の裏金問題追及を「自民党の力を削ぐため」と
発言して嗤われ、呆れられた人だ。経歴は超エリート。
悲しくなるね。
出身のあの大学も、財務省も、劣化著しいのだろうなと思うしかない。


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2024 皐月随想

今朝はまず治雄ちゃんが入れてくれたbassの鑑賞。
Project Hydrangeasに参加してくれたメンバーには本当に頭が下がる。
YouTubeで発表したところで、何がしかの収益になる保証は全くない。
そういう問題ではないのだ、元々。

私がHydrangeasの小説で書いた土地、風景、想い、詩情を音楽にし、
そして動画や写真も添える形にしたいと思ったことに、みなさんが協力してくださるー
さらにそれが作品となったら、折角だから、発表しようー
そういうことなのだ。

*

またYouTubeでひどい「ニュース解説」を見た。
例のPTV(ポーランド公共放送)のMilitary Mindだ。
見なきゃいいという話だが、いかにこの「公共放送」が他国人同士の殺し合いを
興味本位で扱っているか、そして私もその<悪趣味>に毒されているかを確認するのだ。

そう、ロクでもない精神がやはり私には宿っている。
エログロから完全に己を遮断することはできないままだ。

「今度はどれほどに悪趣味なビデオを公開するのか」と思う。
しかし同時に「その痛ましさゆえ、戦争の無意味さ、残酷さを知らしめるのに
これほどの<教材>はない」とも思う。

以下今日公開されたひどい動画のことー
読みたくない方はここで閲覧を打ち切ってください。

ひとつは、対人爆撃ドローンとも言うべき兵器の「戦果」。
山道で襲ってくる虻のように、一人のロシア兵につきまとい、
最後はボカシがかかって腹から上の部位に直撃、<何か>が<本体>から千切れる。

もうひとつは、塹壕にいるウクライナ兵の10メートルほど先の木の陰に隠れる
ロシア兵が、手榴弾を投げようとするその瞬間狙撃され倒れる。
すると手に持っていたその投擲用爆弾が破裂し、倒れた体が煙と共に浮き上がる。

数え切れぬほど惨めで酷たらしい死に方をしたロシア兵、ウクライナ兵がいる。
他の人間世界の住人たちは、昔なら全く覗きようのない惨状を今、
悪趣味と言える関心を持って見ることができる。

もちろん<純粋に>惨状を知って、何かしらのアクションに繋げたいと思う人もいよう。
しかし私は、後段の思いは同じでも、前段はそうではない。

ウクライナの大地にも、美しい青い空が、のんびりした白い雲が浮かぶ。
涙したくなるような夕焼けもある。
そんな「What a wonderful world!」と叫びたくなる風景の中で
自分はなぜ殺し殺されるのかー

その愚かしさをしみじみ思わされるような歌を私は歌いたい。

届くかな。


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庭近辺のlives

庭木の形を整えた。

特に槿(ムクゲ)の枝。隣家の敷地へとはみ出ていた。
そしてトキワサンザシ(=ピラカンサ)。
すでに、晩秋に赤くなる実が小さいながらびっしりと多くの枝についている。
そして新しい枝がその実のなる枝を飛び越すように出てくるのだが、それらをトリムした。

アジサイは、いよいよ花と萼を盛りの頃に劣らぬほど大きくしてきた。
今は主に淡い緑と白の花だが、それでも盛りの色である青も少し混じり、美しい。

今日の早朝、日の出も未だという時刻、塀沿いの路肩を掃除したが、
ごく小さなアリがすでに活動している。
ヒメアリという種類だろうか。
箒で掃いていると、どうしても塵取りに入ってしまう。
それをすぐ袋に入れて埋立地へ送れば、アリはさぞかし面食らうだろうな、
寂しかろうな、悲しかろうな。

だから私はいつもラストチャンスを与えるようにしている。


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2024 皐月日記3

名は記さないが、我が友人のお母様が逝去された。

詳細は訊かなかった。
ただ、安らかな最期であったことを祈る。

*

藤井名人が豊島九段に敗れ、名人戦7番勝負で3勝1敗となった。
私は豊島さんを応援していたので、良いニュースだった。

私は藤井さんが八冠を占めてからは、永瀬九段や豊島九段、
そしてもちろん伊藤匠七段を応援するようになっている。

昨年度藤井さんは八冠を占めたものの、朝日杯と銀河戦、そしてNHK杯戦
(「一般棋戦」とされ、タイトル戦ではないが、準タイトル戦と言って良い)で
それぞれ永瀬さん、丸山九段、そして佐々木八段に負け、
それぞれの連続優勝を阻まれた。(一昨年度はみな優勝していたのだ!)

それらは持ち時間が短く、そういう棋戦では藤井さんも盤石でないことを露呈した。
藤井さん自身が一番そのことを身に沁みて知ったはずで、
以来どうも不調のphaseに入ったような気がしてならない。

銀河戦で藤井銀河を破った丸山忠久九段は50歳超えのベテラン、大快挙だった。
彼は狛江市民。
2ヶ月前くらいに、散歩中であろう彼を多摩川の辺りでお見かけした。
好敵手の永瀬さんや、少し先輩の天才佐々木八段に負けたことは、
それなりに受け止められても、30歳以上も上の丸山さんに負けたのは特に堪えたのでは
ないかと私は推測している。

もちろん八冠という大偉業を達成して、緩んでしまったところもあろう。

同年齢の伊藤匠七段が、叡王戦五番勝負で今2勝1敗で奪取に王手を掛けている。
世田谷区民、狛江市民、すなわち、多摩川の二人の棋士が尾張の覇王に待ったを
かけるというのは、なかなか私には感動的なことだ。

もちろんずっと藤井八冠ファンだった私である。
「たっくん」の挑戦をまたも跳ね返すことになっても、もちろん心震えるだろう。


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Nスペ『福島モノローグ』

録っておいたNHKスペシャル『福島モノローグ』を見た。
あの恐怖の原発事故後も、富岡町で置き去りにされた家畜やペットを見殺しにできず残り、
餌を与え続けた今は60歳代の男性の<モノ語り>だ。

どれほどこの人は放射線を浴びただろうー
まずそれが私の第一の懸念、心配だった。

頑健、屈強、素朴、そして優しさー
それらがその男性を表すことばだ。

「除染」されたという荒らされまくった元農地を水田に変えていく。
ピカピカ光る米をとうとう収穫し、御歳90の知り合いのお爺さんにお裾分けする。
このお爺さんは他所へ避難していたが、
「除染され、避難指示が解除された」故郷へ戻ったきたのだった。
もちろん営んでいた農業と牧畜は原発事故以来できなくなっていた。

だから30歳ほど若いこの同郷人の見事な生き方に感涙を目に滲ませる。

もう今の富岡町は事故前の富岡町では、ほぼあらゆる意味で、なくなっている。
人は戻らず、保育園のチビちゃんたちは他所から来た「復興事業」関係者の子が
大半だという。

男性は黙々と現状で彼ができることをするだけだ。
事故でズタズタにされた故郷、自分の人間関係ではあるが、負けない。
打ちのめされはしない。
そのことが原発事故への彼の態度なのだ。


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ずっと古き良き日本でいられるのか

スロバキア首相暗殺未遂事件は、とどのつまり、首相の政策的右顧左眄(ポピュリズム)に
業を煮やした者の仕業だったようだ。

ウクライナ戦争、移民問題が色濃くヨーロッパ諸国に影を落としている。
特に移民問題だろうか。

以前にも書いたけれど、1995年、本当に古い話だが、初めてイギリスに行き、
LiverpoolでB&Bに泊まった時、一階のbarでビールを飲みながら
宿主のMrs Wilsonと話していると、「過日Londonに行ったら、すっかり変わって
しまっていて」と言い、「Asiansが多くて」と続けて、すぐに話し合っている目の前の
男性(つまり私)もその「Asians」の一人であることに気づき、
気まずそうな表情になって、「日本人は別だけれど」というようなことを慌てて言った
ことを思い出す。

彼女の言う「Asians」とはインドやパキスタンなどの旧植民地からの移民のことだった。
ご先祖らが散々収奪・搾取してきたアジアやアフリカの国々の人々の移住をかなり自由に
認めてきたがゆえの<変化>だったわけだ。

古き良きEnglandへの想いが、『バーナビー警部』という娯楽ミステリーを生み出した
こともだいぶ前に書いた。このドラマにはほぼ一切「アジア・アフリカ系イギリス人」が
出てこない。しかし2010年代に入ると、<現実のEngland社会>を映すミステリーものが
多く出てきた。当然だ。まさかアガサ・クリスティやコナン・ドイルの小説TVドラマ化
ばかりやってはいられない。

私が大好きな『Vera』など、イングランド北東部という比較的田舎を舞台にする
ミステリーものですら、登場人物の半分以上は移民やその子孫なのだ。

日本では今特に埼玉県川口市の移民問題、難民問題が注目されている。
福島県南会津町など、頻発した過疎地における一軒家強盗は外国人だったとも言う。

移民や難民、外国人による犯罪はどうしても目立ち、
多くの国民は反射的にxenophobicな思いを抱いてしまうものだろう。
欧州はその経験を長くしてきた。
メルケル前ドイツ首相などは寛容な態度を貫いてきたが、
欧州諸国の多くが反移民を公然と言う政治勢力の抬頭を許してきている。

「よそ者」を嫌う傾向はどこの共同体の構成員にも一定数いるだろう。
馴染みの者同士のコミュニティーであれば、それはもちろん安心だ。

しかしそのよそ者への不安をある程度克服しなければ、共同体はもたない。
当たり前だ。よその血が入らねば、生物学的・遺伝学的にもたないのだから。
しかしその「よそ者」が外国人では話にならないー
そんなことをずっと言っていられるかどうか。

今生きていて後世のことを深く考えられない者たちは、
簡単によそ者排斥でいいと言えてしまうだろうな。


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