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実験・新形態小説 『ハイドレインジャ』〜その16

ハイドレインジャ
その16

「凛さんて、今独りであの邸宅に暮らしているんですか。」

仙川の脇道を上流方向に歩きながら俺は訊いた。
凛は汗をタオルで拭いながら「ええ」と言った。

「父は12年前に他界して、母は長くロンドンのChelseaに暮らしていました。イギリス人の事実上の配偶者として3年前に亡くなりました。私にはsiblingsもいませんし。」

「そうなんですか。」

俺はそう応答しつつ、凛の両親の複雑そうな事情をさらにつっこんで訊くのは今は適当でないと思った。

「Chelseaって、いいところですよね。」

「あら、ご存じ?」

「いや、まあ、一度行っただけです。2度目のデビュー前、私が所属する事務所の看板歌手がRoyal Albert Hallで公演をされて、随行させていただいて。テムズ川の支流だと思うんだけれど、小さな川のそばでスタッフ全員で優雅なluncheonをいただいて。もう30年も前のことになるかな。」

「そうでしたか。Albert Hallで公演て、すごい。」

「ええ。憧れです。日本人の観客ばかりではありましたが、フルハウスでした。」

すると凛が「Now they know how many holes it takes to fill the Albert Hall」とBeatlesのA Day in the Lifeの歌詞を歌い出した。

俺はすかさず「I'd love to turn you on」と続けて歌い、凛が「ガ〜〜〜」とあの曲のオーケストラのbuild-upを真似る。俺も途中でそれに加わって、音程の頂点に達し、凛と見つめ合ってから、「ダーン!」ー

凛はその「ダーン!』できっとトニックのEの音程で歌うだろうからと、俺はG#を合わせた。凛は驚異の目で俺を見て、息の続く限りそのハーモニーを楽しんだ。

「すてき!」

凛は目をキラキラ輝かせて言った。

二人はまた歩き出した。
凛は俯き加減でしばらく黙々と歩む。何かを考えているようだった。
そしてー

「ユウさん、私の家に寄ります?」

と、さりげなくも決然と、はにかみのある笑顔で、俺の反応を求めた。

俺はうれしかった。うれしかったが、

「その前に俺も話さねばならないことがまだまだあるから」

と言った。

「それだったら、私もNigelとのこと、もっと話さないと。」

「ええ、そうですね。お互い、まだまだいっぱい知っておくべきことがある。」

「じゃあ、日を改めましょう。」

凛はスマートフォンをウェイストバッグから取り出し、数回タッピングしてから、

「明後日の午後はいかが。場所はどこでも」

と言った。

「土曜ですね。ええ、luncheonでもdinnerでも。」

「都心に出るのはお嫌でしょう?」

「まあそうですがー」

俺は頭を掻いた。

「都心のどこですか?」

「いえ、都心はお嫌でしょうから、井の頭公園はいかがかしら。」

「ああ、いいですね。緑いっぱいだ。」

「じゃあ、場所や時刻はまたLINEします。」

「オッケーです。」

俺たちは打越橋のたもとで別れた。


(つづく)



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コメント 3

mnemo

サンドイッチの中身も知りをらん^^

by King of Nemi


Honeymoon sandwich. Lettuce alone. 古いな。 ^^;)

by mnemo (2024-01-26 10:59) 

mnemo

King of Nemi様

過って直近ご投稿を消してしまいました!ごめんなさい!
by mnemo (2024-01-26 11:00) 

King of Nemi

I will let you.w

by King of Nemi (2024-01-26 18:36) 

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