実験・新形態小説 『ハイドレインジャ』〜第2部その10
ハイドレインジャ
〜第2部その10
「おじんちゃ、おばんちゃ、<ここでは>お久しぶりです。」
俺は墓前にてもちろん會津弁で挨拶した。元々中通り出身の二人だが、生前は完璧な會津弁話者であった。
「隣は藤原ハナ・リン、フィアンセだよ、許嫁。」
「初めまして。凛です。少し緊張しております。」
凛はそう言って、墓に生えている草を毟り始めた。俺も手桶に水を汲み、花入れをきれいにし、凛を手伝った。凛が真剣に掃除する姿を主に後ろから見ていて、抱きしめたくなった。
墓石に水をてっぺんから注ぎ、花を生け、線香を供え、二人で合掌、祈りを捧げるー
「貫入」はスムーズだった。
黒御影の墓石に祖父と祖母の50歳代時くらいの面影が白く映った。
「ああ。俺の方が歳とっちゃったよ、おじんちゃ、おばんちゃ。」
俺は自嘲した。
「ユウぼ(坊)、なんだってまだきれいな人連っち来たなあ。」
祖父の声だ。
「ほんとにナイ(本当ですね)。」
祖母の声だ。
「何人目だ。」
俺は祖父のこの言葉に仰天する。
「おじんちゃ、よげ(余計)なごど言わねでくなんしょ(言わないでください)!」
凛は吹き出した。
「いいのよ、ユウ。お互い二十代や三十代じゃないんだから。」
「ま、まあね。」
俺は額打(ひたいぶ)った。會津の当惑や悔恨の仕草である。
「おめ、父ちゃんと母ちゃんのお墓(はが)にはもう行ったの?」
祖母が訊く。
「まずこご(ここ)さ来たのよ。大敬意を払って。」
「なーに、長岡(ながおが)藩士ん所(とご)がらまっすぐ来ただびやい(来たのだろう)。おめの父ちゃん母ちゃん、一郎(長兄のこと)の墓(はが)はちょっと逸れっからな。」
「お見通しで。おじんちゃ。」
父は野澤家の長男だったが、実家は三男が継いだので、同じ常泉寺内ではあるが墓所が異なるのだ。
「でもまあ、いいワイ。うれしいワイ。なあ、けさよ。」
「そうだナイ。お父ちゃんとおんなじで、お盛んなごどだワイな、ユウぼ。」
その瞬間祖父の影が消えた。
「もう此処(こご)はいいがら、おめのふた親んとごさ行ぎっせ(行きなさい)。おじんちゃど私(わだし)はどんなごどあってもユウぼを見守ってっから。」
俺はふるさとの言葉のなんともやさしい響きがする祖母の愛情表現に嗚咽しそうになった。
「いい香りの線香だ。花もありがどナイ。凛さん、ユウぼをよろしぐナイ。」
凛も涙を流す。
「あ、ユウぼ!」
祖父の顔がまた墓石に浮かび上がった。
「その藤原さん、平泉の藤原が(か=or)福島(ふぐしま)の信夫佐藤の人でねぇが?」
「平泉らしいよ。近江からの鋳物師の血も入ってるって。」
「ほうが(そうか)。」
「信夫佐藤の修験者の血も入ってんナイ。」
祖母が言った。
「福島市に信夫山があっぴした(あるでしょう)。あすぐ(あそこ)は熊野様、羽黒様、月山様、湯殿様どが(とか)をまづ(祀)ってる所(とご)でナイ、おおむがし(大昔)っから奥州藤原の人だぢが尊崇してんのよ。
俺(福島では女性も一人称の代名詞で使う)が冥土に来てがら、まごど(誠)に立派な修験者様ど故郷の霊山の話をしたごどがあってナイ、『私のおびただしい数の後裔の中で、私の霊力を実に見事に受け継いでいる女子がいる』って言ってだのナイ。その女子が、俺の孫と知り合うごどになるって言ってだのよシ。凛さん、その女子、あなだじゃないのがナイ(あなたじゃないのでしょうか)。」
「ああああ!」
凛が一瞬卒倒しかけた。
俺は必死に彼女を支えた。
「おばんちゃ、それいづのごど(事)だい。」
俺が訊く。
「ん〜、わがんねなあ。冥土に来てすぐだったが、昨日のごどだったが。なにしろこっちは時間つーのがねぇがらナイ。」
「その修験者さんにも出で来てもらったらいい。」
祖父が言った。
「すぐそばの熊野様にお頼みして。」
「わがった。んじゃまだ来っから。まあ、いづでもどごでも会えるんだげんじょも(けれども)。」
俺と凛は合掌し、祖父母の墓を後にした。
(つづく)
〜第2部その10
「おじんちゃ、おばんちゃ、<ここでは>お久しぶりです。」
俺は墓前にてもちろん會津弁で挨拶した。元々中通り出身の二人だが、生前は完璧な會津弁話者であった。
「隣は藤原ハナ・リン、フィアンセだよ、許嫁。」
「初めまして。凛です。少し緊張しております。」
凛はそう言って、墓に生えている草を毟り始めた。俺も手桶に水を汲み、花入れをきれいにし、凛を手伝った。凛が真剣に掃除する姿を主に後ろから見ていて、抱きしめたくなった。
墓石に水をてっぺんから注ぎ、花を生け、線香を供え、二人で合掌、祈りを捧げるー
「貫入」はスムーズだった。
黒御影の墓石に祖父と祖母の50歳代時くらいの面影が白く映った。
「ああ。俺の方が歳とっちゃったよ、おじんちゃ、おばんちゃ。」
俺は自嘲した。
「ユウぼ(坊)、なんだってまだきれいな人連っち来たなあ。」
祖父の声だ。
「ほんとにナイ(本当ですね)。」
祖母の声だ。
「何人目だ。」
俺は祖父のこの言葉に仰天する。
「おじんちゃ、よげ(余計)なごど言わねでくなんしょ(言わないでください)!」
凛は吹き出した。
「いいのよ、ユウ。お互い二十代や三十代じゃないんだから。」
「ま、まあね。」
俺は額打(ひたいぶ)った。會津の当惑や悔恨の仕草である。
「おめ、父ちゃんと母ちゃんのお墓(はが)にはもう行ったの?」
祖母が訊く。
「まずこご(ここ)さ来たのよ。大敬意を払って。」
「なーに、長岡(ながおが)藩士ん所(とご)がらまっすぐ来ただびやい(来たのだろう)。おめの父ちゃん母ちゃん、一郎(長兄のこと)の墓(はが)はちょっと逸れっからな。」
「お見通しで。おじんちゃ。」
父は野澤家の長男だったが、実家は三男が継いだので、同じ常泉寺内ではあるが墓所が異なるのだ。
「でもまあ、いいワイ。うれしいワイ。なあ、けさよ。」
「そうだナイ。お父ちゃんとおんなじで、お盛んなごどだワイな、ユウぼ。」
その瞬間祖父の影が消えた。
「もう此処(こご)はいいがら、おめのふた親んとごさ行ぎっせ(行きなさい)。おじんちゃど私(わだし)はどんなごどあってもユウぼを見守ってっから。」
俺はふるさとの言葉のなんともやさしい響きがする祖母の愛情表現に嗚咽しそうになった。
「いい香りの線香だ。花もありがどナイ。凛さん、ユウぼをよろしぐナイ。」
凛も涙を流す。
「あ、ユウぼ!」
祖父の顔がまた墓石に浮かび上がった。
「その藤原さん、平泉の藤原が(か=or)福島(ふぐしま)の信夫佐藤の人でねぇが?」
「平泉らしいよ。近江からの鋳物師の血も入ってるって。」
「ほうが(そうか)。」
「信夫佐藤の修験者の血も入ってんナイ。」
祖母が言った。
「福島市に信夫山があっぴした(あるでしょう)。あすぐ(あそこ)は熊野様、羽黒様、月山様、湯殿様どが(とか)をまづ(祀)ってる所(とご)でナイ、おおむがし(大昔)っから奥州藤原の人だぢが尊崇してんのよ。
俺(福島では女性も一人称の代名詞で使う)が冥土に来てがら、まごど(誠)に立派な修験者様ど故郷の霊山の話をしたごどがあってナイ、『私のおびただしい数の後裔の中で、私の霊力を実に見事に受け継いでいる女子がいる』って言ってだのナイ。その女子が、俺の孫と知り合うごどになるって言ってだのよシ。凛さん、その女子、あなだじゃないのがナイ(あなたじゃないのでしょうか)。」
「ああああ!」
凛が一瞬卒倒しかけた。
俺は必死に彼女を支えた。
「おばんちゃ、それいづのごど(事)だい。」
俺が訊く。
「ん〜、わがんねなあ。冥土に来てすぐだったが、昨日のごどだったが。なにしろこっちは時間つーのがねぇがらナイ。」
「その修験者さんにも出で来てもらったらいい。」
祖父が言った。
「すぐそばの熊野様にお頼みして。」
「わがった。んじゃまだ来っから。まあ、いづでもどごでも会えるんだげんじょも(けれども)。」
俺と凛は合掌し、祖父母の墓を後にした。
(つづく)