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実験・新形態小説 『ハイドレインジャ』〜第2部その7

ハイドレインジャ
〜第2部その7

運転は凛が交代してくれた。
磐越道を西進し、會津盆地の眺めを見ながら俺はCarpentersを歌った。

高校生のとき、この辺りで長兄の運転するクルマの中でCarpentersの「ベスト」をカーステレオでよく聴いた思い出がある。その長兄ももはやこの世におらず、ひたすら懐かしくGood-bye To Loveを歌った。

凛は、「Karenは低い声も出る女性vocalistで、ユウは高い声域がカバーできる男性vocalist。この曲を歌えるって男女ともに難しいことなのに、すごいね」と褒めてくれる。

長兄との思い出を少し語ると、凛もしんみりしてしまった。
Rainy Days And Mondaysがまたメランコリーを増幅させる。

「でもねー」

凛が會津坂下町の塔寺に入る辺りで切り出した。

「私たちの出会いから今まで、なんだかどんどん『トーホグマン』っぽくなってない?」

俺は吊り上げられるように背筋をピンと伸ばした。

「あるいはやはり未完のままの『蹉跌集め』とかも。私たちのストーリーもあなたのブログ小説になるの?地縁や先祖からの因縁とかで霊がいっぱい出てきたり、奇想天外な筋ばっかりで。

私たち、もしかすると近江以来の縁を持っているのかも。それはとても興味深い。でもね、例えば平泉に近江の鋳物師が来たのは900年前。1世代25年として、36世代。2の36乗なんて687億を超えるのよ。(すげ〜!)そんなにたくさん人類がいるはずもないから、ご先祖様が重なっているってことだけれど、いずれにしろ、その36代前のご先祖様の血なんて極限まで薄まってしまっているわ。それでも強い絆が保たれているっていうのはどうなのかしらね。そんなことを言ったら、日本人はみんな天皇家がご先祖様って言えるわよ。さらに人類は一人ひとりみんな血縁だって言えてしまうわ。」

「いやあ、まずは、Hannah Lynnはほんとによく読んでくれてんだねって感心した。」

俺は冷や汗かきかきという体ながらできるだけ平静を装って言った。

「確かにそうさ、たった4代前、100年前から父母までの16人の先祖だって、全員知っている人なんてまずいないよね。立派な家系図を持っている家の人だって、全員知っている、会ったことがあるなんてはずはまずない。6代前の先祖の遺伝子は当代ではすっかり別物に置き換わっているって読んだ記憶がある。

でもね、途方もない数の祖先の誰かの血縁による出現というばかりでなく、この世にもはやいない人との地縁とその人の念の強さも揃えば、彼ら彼女らによる、その地にいるこの世の者への<働きかけ>はあるんじゃないか。もちろん血縁が大きいだろうけれどね、いわゆる霊、あるいは、時空や次元を超えられる『エネルギーの揺らぎ』が、我々今この世で生きる者たちに何かするっていう現象は。でも血縁者ばかりではない。

あの三鷹、井の頭公園脇のDT(Dimension Transcender)は、Hannah Lynnにとって北東北繋がりで先祖共有ってこともあるかもしれないし、とにかく井の頭公園近辺を歩く、DTの好みの若い女性ということも大いに彼を動かし、しかもHannah LynnはDT、すなわち太宰さんの本も持っていたんだしね、そんとき。そりゃあ、penetrations(貫入)を誘発するよ。」

「そうかしら。あの辺り、太宰ファンの若い女性なんていっぱい歩いているかもよ。」

「まあ、それじゃあさっき俺が言った1、2番目の理由が大きいかも。

とにかく俺はね、今回俺がHannah Lynnとつながってから俺たちに起きていることを小説にしたいんだ。さらに、今しているこの体験を基に俺は曲を書いて、仲間たちと録音して、俺の大好きな場所の動画や静止画をバックに小説を朗読し、できた曲を要所に流す朗読モノの作品にするんだ。もちろん主たる場所は野川や狛江を中心にした多摩川、世田谷の砧地域になる。」

凛は「そのアイディアは私のものよ」と心の中でつぶやいていた。

「そう、そうだ!」

俺はさらに興奮して言った。

「Hannah Lynnなら十分そのvideoに被写体として出演できる!」

凛は戸惑いの表情を見せた。

「ユウが私と一緒にいる日々でinspireされて音楽活動をするのは大歓迎、うれしいわよ。でも私がそのvisual作品に出るなんて、それは遠慮するわ。私40過ぎなのよ。」

「そんなの関係ないけれど、もちろん強いることはできない。
でもね、俺がHannah Lynnの歌を、ズバリ君の歌を書けたら、一瞬でもいい、そのvideoに出てくれないか。」

凛はしばらく考え、言ったー

「すばらしい曲だったらね。」

「ああ。きっとそうなる!」

俺は凛に西会津インター前の駐車スペースにクルマを止めように言った。
俺たちはしばらくずっとクルマの中で抱き合っていた。

(つづく)



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