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実験・新形態小説 『ハイドレインジャ』〜第2部その4

ハイドレインジャ
第2部 その4

「かいつまんで言うとね、ユウさん、i は決して<あの世>の数ではない、むしろ、<この世>は実数だけから構成されていると思っていた、あるいはそのような認識に閉じ込められていた我々の世界が、実は単に狭かっただけで、宇宙的なトータルな世界の数として認識し直すべきなんだ。」

「むむ。平面領域、そこでの運動は、実数だけで表記できるなんて認識は誤りだったってことっすか。」

「うん。と言うか、新たな数の<存在>が必要になったということだね。例えば、スーパーマンやウルトラマン。ユウさんがウルトラマンが誕生した砧7丁目の隣である8丁目に住んでいるから敬意を表してウルトラマンとしよう。これが地球上に現れた。外見は、特に首から下はまるで地球人と変わらないけれど、はるかに優れた能力有している。」

「すぐにエネルギー切れを起こしますけどね。」

「え?・・・なにしろ、人間の遺伝子を実数単位1、ウルトラマンの遺伝子を虚数単位 i で表すとすると、人間とウルトラマンの住む広い宇宙的世界全体が『a1+bi 』で形作られている、と再認識できるわけだ。言い換えると、これまでは a だと思いこんでいたものが、実は人間には尻尾があって本当は『a+0i』だったのだ。ただ、見えていなかっただけなのだ。また、ウルトラマンは『0+bi』だったのだと理解できた。当然ながら、人間とウルトラマンとの間の子は『a+bi』の1人なのだ・・・と。宇宙は i (愛)に満ちている!ガハハ、お粗末!」

俺も凛も反応に苦慮する。

「エヘン、オホン!それでだね、あ〜、このことはだね、ガウスが示したようにぃ、横軸(実軸)を実数に、縦軸を虚数(虚軸)として表される複素平面がぁ、まさにぃ、拡張された認識を示す舞台となっていることでも明らかなのである。」

Moore先生はまるで明治期の自由民権運動演説会の弁士のように語る。聞いたことないけれど。

「なるほど。」

俺は腕を組み、感心したように首を赤べこのように縦に振って言った。

「つまりウルトラマンとフジアキコ科学特捜隊員、あるいはウルトラセブンとウルトラ警備隊のアンヌ隊員が結ばれて子どもができていたら、複素数であったろうと・・・。」

「あああ?」

村畠は呆れた顔をし、凛は右手の人差し指を左右に振って俺を諌める顔をした。

「ユウさんの数学音痴を慮って、卑近な例を出して解説したのになあ。」

Mooreは気を取り直し、解説を続けた。

「従ってだねぇ、虚数の<虚>は、かつてはテクニカルな要請、単なる方程式の解を合理的に説明するための”想像上”のものとしか考えられなかった名残を留める名称に過ぎず、現在では複素数は、数学や物理の中で普通の数としてごく自然に扱っているのでぇある。

だからだねぇ、ある日、別の星から違う種族がやってくる、あるいはそれらと遭遇するとなれば、さらに世界は拡張されることになりますなあ。複素数世界は座標平面上のことだが、数学の世界では、i, j, kを使った四元数というさらに拡張された数も生み出されて、実際にはほとんど目にすることはありませんけれど実用化もされているというのでぇあります。」

「そっか。」

俺は、Mooreの口調が今度は長州出身の軍人のようだと思いながら、そしてそれについては不満に思いながら、一応納得の声を上げた。

「でもね、Mooreさん。その4元数では4次元が絡むんすか。」

「いや、4元数は3次元空間でのスピンの計算で使われるんだ。」

「じゃあ、ijkの後、lまで含めて5元数になったら4次元空間を扱うと・・・。」

「それは分からない。そうなるかもしれないねぇ、人間とウルトラマンのhybridが、さらに新しい惑星の生命体と出会って子孫を成すようなこともあるだろうかねぇ。」

「あんまりいい比喩じゃないですな。」

「失礼。私も訳がわからなくなってきた。」

村畠は頭を掻いた。

「まあ、なにしろー」

そのとき凛が俺に、「Mr. Moore's pet phrase, too. I mean, 『なにしろ』」と囁いた。

「エホン、アホン!なにしろです、オイラーの数式もおそらくシュレーディンガーの波動方程式も、人間の拡張され深化した宇宙の認識を端的に表現しているのであって、<あの世>と<この世>の結節点に存在しているのではないというのがとりあえずの結論ですかねぇ。

しかし、私たちの認識はこれほど深化したと言っても、広大な宇宙規模から見ればほんの取るに足りないものであるかも知れないのです。当然ながら、知り尽くしたわけでも、宇宙の果てに到達したわけでもない。ダークマターの正体もつかめていない私たちですからねぇ。」

「Mooreさんー」

俺は即座に反応した。

「ダークマターの正体もそうだけれど、<なにしろ>私たちは私たちの存在の意味すら分からないわけで。科学技術は単細胞生物一個も作れていないわけで。意識とは何かも科学的には全く説明できないわけで。脳の電気信号を使った活動なんて定義したって、クオリアなんていう言葉を作ったって、意識そのもののことを説明できないんですよ。」

「まあー」

と村畠は顎を撫でながら、度の強いメガネで小さくなった目を光らせて、

「私は、ユウさん、ご存知の通り唯物論者だし、どんな神秘的現象も、今は説明できなくとも、いつかは科学で解明できると信じているんだよね。」

「ええ。」

俺は組んでいた腕を解き、手を膝に置いて言った。

「そうかも知れません。でもね、さっきMooreさんが寒いシャレ・・・もとい、巧みな言葉遊びで言われましたけれど、『宇宙は愛に満ちている』というのは、俺や凛にとってはそれこそそれを実感したいことなんです。虚数はimaginary number・・・そう、imagineすることが数学における新しい領域の発見につながった。<想像すること>、<想像する力>こそがこの世の解明につながっていく。そしてもしかすると『あの世』、この世の世界での未発見次元ないしは他のmultiverse(多元宇宙)の構成宇宙とのリンクを発見することにも!

『War Is Over If You Want It』とJohnとYokoは言いました。『Is』を使ったんです。『Will Be』じゃないんです。戦争は終わる、これから、ではなく、<終わっている>なのです。それをwantする、あるいはそうimagineする。すると即座に本当に戦争は終わっているんです!もう殺し合うことのない世界になっているんだというimaginationが、人類で初めての新しいphaseに私たちを入らせてくれるんですよ。

Imaginary dimensionsは、今の量子論では6つあるそうです。誰も見たことはないわけだから、imaginaryなわけです。でもその想像力こそが、量子論と相対論を結びつけようという科学者たちの原動力になっている。宇宙を作る力、原理が、確かにMooreさんの言われる通り、いつかは解明されるかも知れませんね。そのForceが、Principleが、愛だったりするー

科学的でも哲学的でもない予測ですが、歌うたいとしてはそう願うんです。」

「ユウさんらしい。結構だ!」

村畠はニッコリと笑った。

「ユウさんの今の行動の力、原理は凛さんだね!」

俺は凛と見つめ合って、テーブルの上で彼女の手を握った。

「あ〜〜〜、あっつい、あっつい。エアコン効かねぇな。」

村畠はそう言ってキッチンの方へと引っ込んだ。


(つづく)



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