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実験・新形態小説 『ハイドレインジャ』〜第2部その3

ハイドレインジャ
第2部 その3

村畠の家の広い駐車スペースにクルマを停めたとき、彼は<ゴーヤー・カーテン>で日差しを避けながら濡縁で一服していた。

「いやあ、Mooreさん、電話を差し上げていたとは云え、いきなりの訪問となってしまいすみません!」

村畠は立ち上がり、つっかけを履き、ニコニコと俺たちの方へやってきて、

「はいはい、ようこそ」

と言い、もちろん初対面の凛を少し眩しそうに見た。

「初めまして。いきなり来てしまいまして、ご迷惑でなければー」

凛が頭を下げた。

「いやあ、お噂は予々・・・ではないな。」

村畠はひとりボケ、ひとりツッコミをした。俺たちは笑った。

「私は金がねぇ。」

さらに彼はボケて、凛はキョトンとした。

「ユウさん、あなた、なんという恵まれ方だ。こんな・・・まあ、容姿のこととかは言わぬのが正しいから言わないが。凛さんですか、Mooreです。お目にかかれて光栄です。」

俺はひたすら照れる。凛は村畠と握手をした。

Mooreは、

「連れ合いはある団体の映画鑑賞会で松本へ行っていてね。よろしくと」

と言いつつ、家の中へと俺たちを誘導する。

「そうですか。どんな映画なんですか。」

俺が訊くと、

「黒澤明特集らしく、『夢』と、確か『七人の侍』デジタル・リマスター版だったかな。」

俺と凛は互いを見交わした。

俺たちはダイニングルームへ。Mooreはコーヒーを淹れる準備をする。

「凛さんは紅茶かな?」

気配りをしてくれた。

「いいえ、コーヒーをいただきます。ありがとうございます。」

凛がハキハキと答えた。
Mooreは凛を2、3秒見つめて、ニッコリと笑った。

「今日はなんとか晴れて、北アルプスもあなたがたを歓迎しているね。」

「これほど山々が迫るように見える場所だったんですね、安曇野って。緑滴る、和してまた清しのすばらしい山々!」

凛が応じた。

「凛さんは、東京生まれ?」

Mooreが訊く。

「俺すら訊いてないや、その質問。」

俺はそう言って笑った。

「成城?それともLondon?」

「成城よ。」

「Out of the blueだったんだね、お二人の出会い。付き合いだしてどのくらい?」

「それが・・・。」

俺は口篭った。

「六月に入ってからですからね、今日は12日?出会って2週間経ってないか。」

俺は凛に顔を向けて言った。

「私、実はユウさんのこと、ブログで知ってそれなり経つんです。実際にユウさんと会ったのも、偶然とは言い切れないと言うか・・・。」

「ああ、そうなんだ。」

村畠はコーヒーをテーブルに置きつつ、

「長く、やめずに書いてきて、よかったね、ユウさん」

と言ってニンマリと俺を見た。

凛は成城アルプスの焼き菓子の手土産をMooreに渡し、彼はそれでは早速それをコーヒーの友にしていただこうと開封した。

「ユウさんの行動パターン、趣味、思想、などなど、もうブログで予習済みだったんだね。」

村畠の言葉に、俺は、

「なんかstalkerみたいだな、Hannah Lynn!」

と言って笑った。

「そうですね。ある意味stalkerでしたね。」

凛が応えた。

「それこそ偶然に開いたユウさんのページに、さらに偶々上げられていた彼の野川の歌に打たれてしまったんです。以来、気になってしまって。」

「いいなあ。」

Mooreが言った。

「自作の曲・歌を作り、歌えるって。それを今の時代、理論上世界中の人に聞いてもらえるんだものね、ネットに上げれば。」

凛がテーブルの下の手を延ばしてきて、俺の手を握った。
Mooreには見えないようにしていたが、彼はそんなに鈍感ではない。

「いやあ、アツい、アツい!」

と言ってエアコンを入れた。

「二人の会話に英語が出てくると、すばらしい発音で圧倒されるよ。<アウト・オヴ・ザ・ブルー>なんてさっき私、発音したけど、お恥ずかしい。」

「いいえ!」

凛が言下に否定した。

「Mooreさんは富山有数の進学校を出て、東北大学理学部数学科を卒業されているんだ。俺たちこそ今度は数学知識の至らなさに赤面する番だよ。」

「あら、私は数学嫌いじゃないし、大学に入るのに一応勉強したわよ。」

俺はタジタジになった。

「で、虚数のことだね。」

村畠が彼独特の響く低い声で言った。


(つづく)




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