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実験・新形態小説 『ハイドレインジャ』〜第3部その16

ハイドレインジャ
第3部その16

翌日は夏至ー
俺と凛は少し遅めに起床し、朝食の後、まずは散歩に出た。

前夜、凛の家へ帰り、俺は、とても描写できぬ、あるいは事実自体も書けぬような、凄まじい凛の愛を受けた。その最中、俺は薄々凛が何か大きな不安を抱えているのだということは察していた。その不安を払拭しようとするからこその激しさなのかとも思ったが、そうではなかったー

今になれば。


凛の家を出て、前回とほぼ同じルートで行き、区立明正公園を経て、成城3丁目の国分寺崖線上の木立へと向かった。OKストアが崖下に見えるところだ。

もう梅雨が明けたのか、すっきりとした晴天で、しかしもちろん夏至の日差しは強烈で、凛は日傘を差す。俺もその傘の下に入れようとしてくれたので、俺がその日傘を持ち、それが作りだす陰のほぼ全部で凛を覆って歩いた。

するとどうだ、急に雲が北や西から湧き出してきて、成城1丁目の住宅街を歩いている頃には雷鳴すら聞こえ出した。

「あれ、天候急変、だね。そんなこと天気予報で言ってた?」

俺が言うと、

「ええ。正確だったわ」

と凛。

「この傘、雨傘でも使えるわ。」

「そう。でも、やっぱ戻ろうか?」

「ん〜ん。構わないから、行きましょう。」

大雨になったら、あるいは雷が近く落ちそうなら、OKストアに逃げ込むということで俺たちは歩みを進めた。

崖線上に立って、

「この真下の木立でねー」

と凛が呟くように言った。

「今年の3月、私、エナガの番(つがい)を見たの。」

「エナガ?」

「ええ。頭頂部が白くて、黒っぽい眉毛のようながストライプがスッと伸びてて。白地のボディなんだけれど、翼がやっぱり黒っぽくて、ちょっと小豆色のアクセントがあってー」

「ああ。俺も見たことがあるよ。正にHannah Lynnが言うところで。OKストアで買い物して帰るとき、駐輪場正面のほぼ他の誰も使いはしない崖線の階段を登るんだけど、登り始めてすぐの、ハケがあるところの木立で。」

凛は驚いているようだが、黙っている。
俺のその目撃談をもっと聴きたいのだと俺は察知した。

「ちょうど春分で、実に気持ちのいい日でね。俺がそのハケのところまで上っていくと、頭上の木にちっちゃい鳥が1羽。同じモノトーン系の鳥でもシジュウカラとは明らかに違う。正に柄が長い。あ、エナガじゃないのかって俺は思った。Long-tailed Bushtit、まちがいないって興奮した。俺にしてみれば、Snow-crowned Bushtitって名付けたいくらいだったけど、まあ、尾羽が長い方がより特徴的だろうからね、しかたない。とにかく、長く野川、多摩川のそばに暮らしてきたけれど、初めて見たよ。

見惚れていたら、もう1羽がすぐそばにいるのが分かって、しかもその2羽が枝と葉っぱを啄きながら、どんどん俺の真上に近づいてきたんだ。1メートルくらいさ。

いやあ、かわいいね、君たち、ありがとう、こんなに近づいてくれてって声を掛けたよ。

春分の日、お彼岸に、本格的ではないけれどbird-watcherとして、愛鳥家として、憧れだったエナガを見られた記念日になったんだ。しかもあんなに接近してくれて。明らかに挨拶してくれて。忘れようがないほどの感激だった。」

見ると凛は目を閉じていて、そしてなんだか切なそうに微笑した。

「私もユウと全く同じ経験をしたわ!今年の春分の日よ!」

そう言って目を開けた。

「ああ!」

「どうしたんだい。」

「ユウと私で、そのエナガの番に生まれ変わりたい!」

ひとつ傘の下、雷鳴が聞こえる中、俺と凛は抱き合った。

「ユウと私がエナガになって、シジュウカラやメジロ、スズメたちと一緒にこの野川<を>歌いたい。」

そう言って凛が即興で歌い出した。

One morning
We woke up to find
We'd become a couple of tits

「んんん。『tits』かあ。」

「バカね、ユウは!」

かなり近くで雷鳴が轟いた。


(つづく)



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