実験・新形態小説 『ハイドレインジャ』〜第3部その11
ハイドレインジャ
第3部その11
俺と凛は出会ってからの体験を基に曲作りを始めた。
むろん複数の曲ができるから、アルバムとなる。
題名は『Hydrangeas』だ。
それはもう二人であっという間に決めた。
凛の家にも、俺の家にもスタジオがある。俺の方は、防音室を備えた8畳の部屋で、凛のはグランドピアノのある本格的なものだ。お互いが自分のスタジオではない方を好んだ。
制作は楽しく進んだ。
そして6月25日、転石、雪夫、大堀、世耕とで根本山神社登拝計画を主に話す会合があった。
その計画自体の話はあっという間に決まった。そして雑談となって、世耕と凛とで「予定説」の話になり、大学で西洋史が専門だった雪夫が加わってなかなかの議論となった。
俺はそれを聴きながら、俺の「宇宙・積み重ねの原理」のことをどうしても口にせざるを得なくなった。
「人生一回こっきり、それでいいじゃんと言う人もいるし、神の救う対象は初めから決まっている、生前の功徳は関係がないと言う人もいれば、いや、やはり善行を積むことは尊い、それを神仏はちゃんと見て下さっていると言う人も。
俺は最後の意見に近いよ。するとでは、『善行』とは何だということになる。当然その反対概念の『悪行』とは何かも。
俺が散歩する時よく通る谷戸川沿いの小さな公園の、細長い、そう百メートル以上ある花壇で花を栽培するおばさんがいるんだ。この季節だと、早朝涼しい裡に俺は歩くわけだけど、帰りとかにそこを通ると、おばさんが重労働も含む手入れをなさっている。朝6時とかから作業開始なのかな。俺は、おはようございます、ご苦労様です、と声を掛けるのさ。おばさんは優しい声で挨拶をし返してくれる。
小さいながら区立公園だから、整備・維持管理の委託を受けて、それなりの報酬があるのかもしれないけれど、俺はいつも頭が下がる想いになるよ。独りでやっていらっしゃるんだ。夏の朝6時なんて、もう太陽はとっくに高い位置にある時刻だよ。もちろん夏ばかりやっているわけじゃない。四季のすべてで、季節の花を植え替えるんだ。
こんな人が、報われないはずがないって思う。
もちろん、このおばさんに不幸が訪れない保証はない。なんであんないい人がこんなひどい目に遭わなければならないのかなんて他者が嘆くような事件や事故や災害は珍しくもない。
それでも、俺はきっとあのおばさんのような人は報われると信じる。
信じる。そう信仰だ。信条だ。根拠なんかない。
俺は花を愛する人はまちがいなく良い転生をすると信じているんだ。
Paul Davisという早逝したアメリカ人シンガー・ソングライターがいた。彼のCool Nightという歌で、
I sometimes wonder why
all the flowers have to die
と歌い出して、次に、
I dream about you
と続くんだ。
『僕は時になぜすべての花は死なねばならないのかと思うんだ
君の夢を見るんだよ』
つながりが判然としないけれど、しかし、俺は深く感動する。
美しい花が咲いて、愛でて、そして花が枯れ・・・
愛しい人の夢を見る
今生を生きる人間は、そして花を愛する人はみんな、そうじゃないのか。
花を愛する心と人を想う心は重なっている、あるいは一緒だ。
さっき言ったちっちゃな公園の花おばさんは、汗に塗れて花壇を花で満たす、人を思いながら。その花壇の出来栄えを見て、満足して、季節を感じて、そして道具をしまい、去っていくー
その時間を切り取れば、おばさんの長い人生のわずかな暇ではあるけれど、おばさんの全人生の縮図じゃないか。
そのおばさんが、例えば何かに憤って悪罵を誰かに投げつけることもあるかも、あったかもしれない。それでも、俺はおばさんがきっと報われる、きっといい転生をするって信じるんだ。
花、花鳥風月、雪月花・・・
これらを愛する人は、きっと。
これらを愛する人が、人にやさしくないはずはないんだよ。
ウクライナの、パレスティナの、3.11などの惨状に涙しない人はいないんだよ。
どこかで毎日、やさしいことをしている、他者をうれしくさせているはずなんだよ。
それが積み重なって、必ず、報われる。
そのやさしさは意図的ではないから、必ず報われる。
自然に沁み出してくるやさしさだから。
花を意図的に愛する者なんていないのだから。」
(つづく)
第3部その11
俺と凛は出会ってからの体験を基に曲作りを始めた。
むろん複数の曲ができるから、アルバムとなる。
題名は『Hydrangeas』だ。
それはもう二人であっという間に決めた。
凛の家にも、俺の家にもスタジオがある。俺の方は、防音室を備えた8畳の部屋で、凛のはグランドピアノのある本格的なものだ。お互いが自分のスタジオではない方を好んだ。
制作は楽しく進んだ。
そして6月25日、転石、雪夫、大堀、世耕とで根本山神社登拝計画を主に話す会合があった。
その計画自体の話はあっという間に決まった。そして雑談となって、世耕と凛とで「予定説」の話になり、大学で西洋史が専門だった雪夫が加わってなかなかの議論となった。
俺はそれを聴きながら、俺の「宇宙・積み重ねの原理」のことをどうしても口にせざるを得なくなった。
「人生一回こっきり、それでいいじゃんと言う人もいるし、神の救う対象は初めから決まっている、生前の功徳は関係がないと言う人もいれば、いや、やはり善行を積むことは尊い、それを神仏はちゃんと見て下さっていると言う人も。
俺は最後の意見に近いよ。するとでは、『善行』とは何だということになる。当然その反対概念の『悪行』とは何かも。
俺が散歩する時よく通る谷戸川沿いの小さな公園の、細長い、そう百メートル以上ある花壇で花を栽培するおばさんがいるんだ。この季節だと、早朝涼しい裡に俺は歩くわけだけど、帰りとかにそこを通ると、おばさんが重労働も含む手入れをなさっている。朝6時とかから作業開始なのかな。俺は、おはようございます、ご苦労様です、と声を掛けるのさ。おばさんは優しい声で挨拶をし返してくれる。
小さいながら区立公園だから、整備・維持管理の委託を受けて、それなりの報酬があるのかもしれないけれど、俺はいつも頭が下がる想いになるよ。独りでやっていらっしゃるんだ。夏の朝6時なんて、もう太陽はとっくに高い位置にある時刻だよ。もちろん夏ばかりやっているわけじゃない。四季のすべてで、季節の花を植え替えるんだ。
こんな人が、報われないはずがないって思う。
もちろん、このおばさんに不幸が訪れない保証はない。なんであんないい人がこんなひどい目に遭わなければならないのかなんて他者が嘆くような事件や事故や災害は珍しくもない。
それでも、俺はきっとあのおばさんのような人は報われると信じる。
信じる。そう信仰だ。信条だ。根拠なんかない。
俺は花を愛する人はまちがいなく良い転生をすると信じているんだ。
Paul Davisという早逝したアメリカ人シンガー・ソングライターがいた。彼のCool Nightという歌で、
I sometimes wonder why
all the flowers have to die
と歌い出して、次に、
I dream about you
と続くんだ。
『僕は時になぜすべての花は死なねばならないのかと思うんだ
君の夢を見るんだよ』
つながりが判然としないけれど、しかし、俺は深く感動する。
美しい花が咲いて、愛でて、そして花が枯れ・・・
愛しい人の夢を見る
今生を生きる人間は、そして花を愛する人はみんな、そうじゃないのか。
花を愛する心と人を想う心は重なっている、あるいは一緒だ。
さっき言ったちっちゃな公園の花おばさんは、汗に塗れて花壇を花で満たす、人を思いながら。その花壇の出来栄えを見て、満足して、季節を感じて、そして道具をしまい、去っていくー
その時間を切り取れば、おばさんの長い人生のわずかな暇ではあるけれど、おばさんの全人生の縮図じゃないか。
そのおばさんが、例えば何かに憤って悪罵を誰かに投げつけることもあるかも、あったかもしれない。それでも、俺はおばさんがきっと報われる、きっといい転生をするって信じるんだ。
花、花鳥風月、雪月花・・・
これらを愛する人は、きっと。
これらを愛する人が、人にやさしくないはずはないんだよ。
ウクライナの、パレスティナの、3.11などの惨状に涙しない人はいないんだよ。
どこかで毎日、やさしいことをしている、他者をうれしくさせているはずなんだよ。
それが積み重なって、必ず、報われる。
そのやさしさは意図的ではないから、必ず報われる。
自然に沁み出してくるやさしさだから。
花を意図的に愛する者なんていないのだから。」
(つづく)
2024-03-18 10:51
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