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実験・新形態小説 『ハイドレインジャ』〜第3部その3

ハイドレインジャ
第3部その3

再び凛の成城の家。
前日の疲れがあり、俺の起床は午前9時ごろとなったけれど、凛はすでに村畠の野菜を使って朝食の準備をしてくれていた。

大体のところぐっすり眠れたのだが、午前2時だかに震度4程度の地震があって目が覚めた。朝の挨拶後、凛との会話はその地震のことで始まった。

「直下型だったでしょ。」

「珍しいけれど、震源は多摩東部って言っていたわ。」

「そうなんだ。茨城南部とか、千葉北西部とか、あるいは福島県沖とかのよく聞く震源の地震とは違うもんね、揺れ方が、直下型って。」

村畠自慢の無農薬野菜がうまい。ミニトマト、胡瓜、スナップエンドウ・・・トーストのお伴だ。

「村畠さんがお住まいのところって、フォッサマグナの西の縁、糸魚川・静岡構造線の真上なんでしょう?」

「そうだね。同じ構造線上のちょっと北にある小谷(おたり)村や白馬村は最近ひどい地震に見舞われたけれど、この構造線は中央構造線に次ぐ長さ、規模でしょう。全体が揺れたら、もう国家的なcatastropheだ。」

「岡半兵衛さんも、會津地震で運命が変わってしまったものね。」

「そうだね。Hannah Lynnは、3.11の時は?」

「東京にいたわ。あの時は、ほら、井の頭公園近くのR女学院で教師をしている友人と下北沢で会う約束をしていてね、金曜だったでしょう。私は当時築地のL国際大学で一般教養の英語を教えていて、もう春休みに入っていたけれど、事務作業があってそちらに行っていて。お昼を食べて、一旦家に帰ろうって、地下鉄で代々木上原に着いて、小田急に乗り換えて、豪徳寺であの大地震に遭ったの。」

「そうだったんだ。俺は小田急の急行で新宿駅に着くぞっていうタイミングだった。ラジオを聴いていてさ、緊急地震警報が鳴って、数秒の間があったな。そしたら、脱線するんじゃないかっていうくらいの揺れが来てね。先頭がフォーム行き止まりの手前で緊急停止。しばらく缶詰めになって。もうどう考えても全ての電車が運行できないと思ったから、仕事先に電話して、もう帰宅しますって。帰宅するったって、あ〜た、歩いて砧8丁目でっせ。」

「私は豪徳寺から成城まで4駅間だし、そう距離は厳しくはなかったけれど。長く歩く靴じゃなかったし、寒かったし、ひどい目に遭ったわ。もちろんその子との約束はキャンセル。」

「家帰ってTVつけっぱなしで、まずは仙台平野の惨状を見て、それから三陸の、また相馬とか、海岸線付近の家や道路が大津波に呑まれていく映像・・・黙示録的映像。涙が止まらなかったよ。」

「そしてユウにとっては<なにしろ>第一原発のことよね。」

「そう。」

俺はしばらく考えを巡らせた。

「最初はね、原発憎しだった。俺の甥っ子が消防士で、12日の1号機水素爆発のとき、喜多方消防署から派遣されて津波被害者の捜索活動で原発の近くにいたんだよ。降灰がある中、即時撤収したらしいけれど、彼にとってはその後深刻なトラウマになった。

くそったれ、地元の経済のためだなんてあんなものを誘致してって、国ばかりか立地自治体も呪った。しかも俺は2009年だったかの国会答弁、安倍首相が何て言ったか、覚えていたんだよ。全電源喪失なんてあり得ないって言い切っていたんだ。対策を求める共産党議員の質問にね。一笑に付したってな感じだったんだよ。

けれどもね、この原発っていうやつはもっともっと深刻なんだ、当事者だけの問題じゃないって思い始めた。」

凛は俺にコーヒーのお代わりを注いでくれる。

「俺、仙台平野の名取市の閖上(ゆりあげ)地区に2年後行ってみたんだ。『名取』って名は、アイヌ語の湿地を意味する<ニタトル>から由来するっていうぐらい、海間際の低湿地帯なんだ。9世紀の貞観地震、そして1611年、慶長16年の慶長三陸地震で、大津波が仙台平野の内陸深くまで襲ったのは記録にあったのに、つまり、そんなところに住宅などを建てたらいずれ大変なことになるのを予見できていたのに、その危険性を無視してしまった。

なぜ俺が慶長三陸地震の発生年をしっかり覚えているか分かるかい、Hannah Lynn。」

「ちょっと待って・・・。」

凛は考える。

「聞いたことがあるわ、その年代。あら!會津地震と同じ年?」

「そうさ。Exactlyだよ。會津地震は9月、慶長三陸地震は12月なんだ!」

「東北は揺れまくったのね。」

「そう。食糧事情が良くなって、人が増える、土地がなくなっていく、だから新たに宅地や農地を開発する、大量生産のため工業化が進む、莫大なエネルギーが必要になる・・・それはしかたがないことだ。けれど、人間は必ず度を越す。

決してなくならない戦争や世界大戦なんて、度を越す人類が自ら大量間引き、口減らしする行為なんじゃないかってすら思ったりするよ、俺は。」

凛は表情を曇らせ、涙さえ零した。

「自然には勝てないなんて多くの人が言うけれど、人類は度を越して、自然を軽視して、そのしっぺ返しをされて、やり過ぎを自覚して、そして忘却し、また同じことを繰り返す。

何度でも言う。

何が高度なテクノロジーだ。単細胞生物すら作れないくせに!」


(つづく)




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