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実験・新形態小説 『ハイドレインジャ』〜その17

ハイドレインジャ
その17

凛と2回目のデートの日、薄曇りだった。
俺は電車に乗るのが億劫でクルマで井の頭公園へ。駐車場代はかかるが、電車なら、まず小田急で京王井の頭線に接続する下北沢という公園とは全く逆方向の駅へ行くというのが嫌だという理由もあった。凛を乗せて行こうかとも思ったが、ギリギリまで電車を選択するのが賢明かもと逡巡していたせいもあり、すでに凛が家を出てしまっていたらと思うと誘うのも遅過ぎた。

三鷹・吉祥寺方向へ渋滞を極力避けられるルートは知っており、待ち合わせの井の頭自然文化園正門の前に約束した時刻の5分ほど前に着いた。入場券売り場の脇の方にすでに凛はいて、スマートフォンの画面を見つめていた。

俺は凛の前に立ち、「早いね」と声をかけた。彼女は顔を上げ、いつもの美しく明朗な笑顔を見せてくれた。とてもとても40歳代の女性とは思えぬ、光沢のある、そしておそらく弾力に富む肌を持つ凛の顔。

「ここに入るの?栗鼠とか見る?」

俺が訊く。

「いいえ、ここはあくまで集合場所。分かりやすいから。」

「そうなんだ。じゃあ、公園内散策かな。」

「ええ。」

午前11時。少し歩いて食事という感じかなと思いつつ、俺は凛と歩き出した。すぐ都道114号線(武蔵野・狛江線)を横断して公園に入り、池の周りを歩く。

「ユウさんは、ここには何度も来ていらっしゃるの?」

凛が尋ねた。

「吉祥寺は、そうね、トータルで・・・20回くらいかな。ここがメインで来たり、あるいはそうでなくてもほとんど吉祥寺に来るたびにこの公園に来てるね。」

そう答えつつ、俺はその20回くらい来園の記憶を辿っていた。

「その20回は何人の女性で割るの?」

凛はそう言って「ハハッ」と笑った。

「俺は太宰じゃないよ。」

俺は何の気なしに冗談で返したつもりだったが、「あ!」とすぐに気づいた。

「ちょっと、凛さん、ここ太宰晩年のホームグランドじゃん。」

「そうよ。」

凛は妖しげな目をして俺を見ながら返事をした。

「私ね、ここに前回来たのはもう20年も前のちょうど今頃でね、いわゆる『桜桃忌』の数日後の確か18日だったかしら。1948年、太宰と愛人山崎富榮の入水が13日、遺体発見は19日だった。」

「そっか、太宰さんの霊魂は6日間、富榮さんのそれと共に彷徨っていたんだね。」

「私がその時ここに来ていたのは、近くのR女学院、聖公会系の学校だけれど、そこで教師をしている友人を訪ねての帰り、来た通り三鷹台の駅から電車に乗ればいいのに、公園を通って吉祥寺に出てみようって思ってね。そしたらなんと道に迷ってしまって。散々歩いて、M学園のところまで来て、玉川上水につき当たったんだけれど、もう日もすっかり暮れてしまって。」

俺は固唾を呑んだ。凛はなにかとんでもないことを俺に打ち明けようとしていると思った。

「I'm getting a shiver down my spine!(ゾクゾクする!)」

俺は英語で叫んだ。

「やめましょうか、話。」

凛は立ち止まってそう言った。

「いや、いいよ、僕の戦慄は恐怖からと言うより興味津々からさ!」

凛は再び歩き始める。俺も。

「その、つき当たったところが、正に太宰さんの遺体発見場所だったの。」

「う、うん、そうなんだ。どうして知ってたの。」

「その後で知ったの。」

「ん?で。」

「私、そこで声掛けられたの、中年の男性に。」

「・・・。」

「その男性、君は太宰ファンかね、っていきなり訊いてきたの。」

俺の慄きは頂点に達した。


(つづく)



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