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実験・新形態小説 『ハイドレインジャ』〜その3

ハイドレインジャ
その3

凛が大蔵運動公園から砧公園へ西から入っていき、公園一周というようなコースをとるとすれば、それは成城からは相当な距離になる。もちろん成城でも1丁目の世田谷通り近くならそれほどでもないが、なぜか俺は彼女がその辺りの住人とは思えなかった。

凛には少し「バタくさい」感じがあった。古い形容詞だが、「ハイカラ」とするのはもっと古い。「帰国子女風」というのが一番適当か。1975年発表のEvil Womanを知っている、愛聴しているとすれば、1960年代生まれかとも思えたが、それでは実際の容貌風体とはあまりに不釣り合いだ。おそらく1980年前後の生まれではないのか。

なにしろ笑顔が実に<西洋風>に感じた。日本列島人なら、初対面の者に掛ける笑みは微かだ。笑顔ばかりでなく、少し大袈裟めな表情の作り方が印象に残る。快活そうで、しかも知的な風貌ー
熊野信仰者の親父によって「熊(ゆう)」と名づけられたことを話した時の、interestingなことへ真剣な反応をした彼女の表情には、まさに知的に<凛>たるものがあった。


俺は建ったばかりの大規模賃貸マンションを右手に見ながら、大蔵運動公園へと歩いて行った。この建物の住民の数は、世田谷区砧地域の人口増に相当貢献するだろうと思いつつ。そして砧公園利用者がさらに多くなってしまうのを若干憂いつつ。

また凛と出くわすという予感はあった。大蔵運動公園に入れば、砧公園方向の東へ行く道が2つあるのだが、凛が砧公園を一周して戻ってくるとして、どちらの道でより出合いそうかをチラリと考えた。

「いや、より出くわさない方を考えるべきじゃないのか。」

俺はそう心の中で言った。

「お前、彼女に関心持っちゃったな!やめとけ。」

頭の中、自分で自分を制する声がした。

それでも俺は凛ともう一回話したかった。
くだらないことだが、彼女と別れてから気づいたことがあって、それを確かめたいー
そして彼女の驚きの表情をもう一回見たいー
という気持ちがどんどん強くなっていたのだ。

するとどうだ、凛がテニスコート横の曲がり角から姿を現した。
あと十数秒で鉢合わせだ。

凛はもうすでに笑顔になっている。
俺に気づいたのだ。
俺も微笑み返しだ。

「やあ、またお会いしましたね!」

「あら、クマさん、いいえ、Bärさんもこちらに?」

凛は足踏みをしながらそう言った。
俺はかなり激しめに笑った。

「いい機会だ、凛さん。お尋ねしますが、ELOのリーダーがJeff Lynnで、その<リン>つながりでELOのファンだとか?」

凛は足踏みをやめ、一笑してから汗を拭きつつ、

「それは関係ないんですよ」

と言った。

「音楽の趣味は亡くなった父の影響です。父は大のBeatlesファンで、Jeff LynnもBeatlesファン、特にGeorge Harrisonと仲が良かったんでしょう?しかもストリングスを使うロックが好きだったんですよ、父は。」

「ほう。」

俺はかなり感動してしまっていた。
凛の父親はどんな人物だったか知る由もないが、俺と音楽嗜好がかなり近い。
そういう男性の娘なのか、凛は、と。

Evil Woman、父がよくピアノを弾く真似をしながら、腰をふりふり踊りながら、幼い私の前で唄ったりして。そしてね、凛、お前はこの歌の女みたいになっちゃダメだぞ、なんて言ってたことがあったような。もちろん私はその女がどういう女なのか幼いからちっとも分からなかったんですけどね。父は、『そう言えば凛とJeff Lynn、偶然の一致だな』とも言っていました。私の名前は、新宿区に住む母方の祖母がつけてくれたんだそうです。」

「そうだったんですか。」

俺は「もう何も言うことはない」と思うほど、満たされた。

「ありがとうございました。<また>偶然お会いできるとうれしいです。」

俺はそう言ってお辞儀した。

「Bärさんは、ここのお近く?」

凛が訊いてきた。

「<僕>は、砧です。8丁目です。」

凛はしばらく頭の中の地図上で検索しながら、

「ああ、成城2丁目と仙川を挟んで隣り合う?」

と言った。

「はい。」

「私の家、2丁目なんです。」

俺はなんだか身体が痺れるような感じがした。


(つづく)



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