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実験・新形態小説 『ハイドレインジャ』〜第2部その2

ハイドレインジャ
第2部 その2

村畠が住む安曇野I町への途中、大王ワサビ園に寄った。

「なぜ『大王』なの?」

凛が訊いてきた。

「ここ、黒澤明監督の『夢』で出てくるシーンを撮ったところでしょ?」

「そうだね。寺尾聰さん演じる旅人と笠智衆さん演じる水車の修理をしている老人がここで話し込む。老人は徹底的に科学技術文明を厭う。人間は自然の一部だ、<自然のこころ>を理解しない特に科学者には『困る』って言うんだよね。」

凛は蓼川の流れをじっと見ている。

「大王のことだけれどねー」

俺も川面のきらめきを見ながら、想像を交えて語り出す。

「大王はこの安曇野の先住民族の長のことだよ。彼らは縄文人だったと言って多分差し支えない。アイヌだったとすら、もっと厳密に言いたいくらいだけれど、まあ、勝手に俺の推量を語るにせよ、ちょっと控えめに言っておくよ。

長く平和にこの水と森の豊かな大地に暮らしていた。そして後に弥生人ないしは古墳時代人の侵入を受けた。入ってきた方向はきっと北から、日本海側、糸魚川の方からだ。その弥生人ないし古墳時代人の代表は、諏訪大社に祀られることになった元々は出雲のタケミナカタ、そして彼に連なる一派だ。まあ、諏訪は南だから、南からの侵入だったかもしれないけれどね。でもそれだと出雲から陸路ということになるから、説としては相当苦しい。

で、大王たちは抵抗したが、稲作技術を持つばかりか優れた武器も持つ出雲の一派に結局屈服することになる。大王たちは処刑され、また耳を削がれたようで、耳塚がこの辺に今でも散在する。」

「まるで見てきたかのようね。」

凛が笑う。

「ユウの『トーホグマン』に書いてあったわね、そう言えば。なんだかあれ、長すぎて読み切れてないけれど。」

「ち。」

俺は戯けて舌打ちをした。

「まあ、安曇野に限らず同じような征服・被征服の図式は全国にあったし、特に東日本や北日本はそれが比較的最近ー と言っても例のアテルイの時代、平安初期くらいのことかなー あったわけだ。もちろん、北海道となればもっともっと最近、江戸末期や明治、いや今だって愚かな国会議員がアイヌを虐めているけれどね。」

「沖縄もでしょ。」

「そうだね、その通りだ。先住民族を南や北に追いやり、そしてとうとうその追いやった先にも現れて、虐げる。」

そのとき、黒澤さんの『夢』で鳴くカッコウとは違って、メボソムシクイが鳴き出した。ウグイスに似た鳥ながら、俺にはツヅレサセコオロギのような鳴き方に聞こえ、大好きな囀りだ。

「Mooreさんのお連れ合いが沖縄の人なんだ。」

「そう。」

「Mooreさんは辺野古基地建設反対で座り込みもしたんだよ。」

「すごいね。この安曇野の町でもいろいろと町をよりよくするための活動を長く無償でされているんでしょう?」

「その見識、そしてその見識からの即座の行動ー 俺の知り合いでこれほど、Hannah Lynnが言っていたAll You Need Is Loveの<Love>をする人物はいない。」

「そのMooreさんに私は、単純にお会いして、勇気をいただければって思ったんだけれど、ユウは何を今回彼から訊きたいの?」

「端的に言えば、シュレーディンガーの波動方程式に虚数が入るのはどうしてかを聞きたいんだ。量子のふるまいを確率的に規定するこの方程式にimaginary numberが使われる。むろん虚数、複素数という数の存在は数学的にはテクニカルな要請からのことかもしれないんだが、少なくとも、
<この世>を作る素粒子のふるまいを表すのに<あの世>のようなー 実数ではないっていう意味でねー 数を用いる、用いざるを得ないことをどう思うのか、数学者としてのMooreさんに聞いてみたいんだ。数学上の要請、数学上の発見が、物理学で現実に反映される、あるいは応用される図式についてだね。」

「むずかしそうね。」

「ああ。俺も何を自分で言っているのかよく分からん。なにしろ数学には高1早々にサヨナラした俺だ。でもな、Hannah Lynn。複素数を可視化するのに使われる『虚軸』というやつが、例の、俺たちが知覚できる<異次元の貫入部>を理解するのにヒントになるような気がするんだ。」

「それが分かれば、今度は私たちが貫入できたり?」

「もうし合っているじゃないか。」

凛は顔を赤らめた。

メボソムシクイがまた鳴いた。
笑っているようだった。


(つづく)


*てなわけで、Mooさん、ご多忙中恐縮の至りですが、ご見解をブログでお示しいただければ、幸いこれにすぐるものなし、でございます。


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