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実験・新形態小説 『ハイドレインジャ』第2部〜その1

ハイドレインジャ
第2部 その1

俺と凛は安曇野への途上にいた。
俺の友人である村畠耕作に、あるアドバイスをもらいに会いに行くのだ。

彼は元高校の数学教師。故郷ではない安曇野に移住、当初はそこで引退生活ということだったはずだ。休耕地を借りて自家消費の野菜などのために畑作をしており、確かに晴耕雨読の日々にはできるし、ある程度はそのような生活ではある。ところが、彼はその安曇野の自治体の町民として、また日本国民として、社会に積極的無比に関わり、悠々自適の隠居生活とはかけ離れた<利他>行為に文字通り忙殺されている人物なのだ。

彼の行動原理に宗教は一切ない。だから凛と俺との「汎神論的pro環境保護音楽」について語るにしても認識のズレは出るに決まっているのだが、それでも、共通のゴールを持つならば、方法論の乖離などはこの際問題ではない。それどころか、その方法論のズレをむしろ楽しんで聴いてくれる人なのだ。

彼の住む町から見える北アルプスの例えば常念岳山頂を彼と俺たち二人が目指すとき、その登山計画やルートは異なっていようとも、途中までの山行で分かち合えることは多いはずだ。そして互いに登頂に成功したら、そのてっぺんで今度は喜びを分かち合える。「互いに正しかった」と。

安曇野へ急遽クルマを飛ばすことになったのは、俺と凛が村畠のブログにおける、表題「くじけそうになるとき」を読んだからだった。

以下引用ー

「農業は年単位だから、途方もない時間と労力を要する。田んぼでの生産、管理も、機械力があればそれほど人の力は必要ないとはいえ、今日苗を植えて来月収穫できるわけではない。野菜ともなれば、どんなに機械力があっても、年中熟練した労力と知力が求められる。失敗することも、自然の猛威の前に屈服することもまれではない。

そこでは、時間がゆっくり流れていく。そして、この時間の流れこそが、人間の生存を根底から支えている。

それとは対照的に、コンピュータに制御された工業・商業・流通は常に1分1秒を争う世界だ。世界が違う。ある意味で、都市と農村では時間の流れ方が違う。

ICTやAIの進化によって、快適な生活と未来が保障されると描かれることもなくはないが、実際の働く人々の実態は、企業の都合によって圧倒的に選別・非正規化され、その恩恵にあずかることはまず考えられない。

そして、利潤追求の資本に縛られ、時間に支配されたまま、その日その日の暮らしに追われ続けていく。」

「ところが、3.11や阪神淡路の地震のように、大災害が発生すれば、上に書いたような日常は直ちに破壊される。人々は一人では生きていけないことを身に染みて実感する。もし、大都会で同じ事態になれば、他人との関わりを避けてきた人たちほど為す術がないことは自明だ。」

引用一旦終わりー

朝二人でまどろんでいて、凛に手をつかまれた状態で俺は凛のラップトップを借り、あくびをしながらニュースなどを見てから村畠のページを開いて、読後、「すげぇなあ、耕作さんは、やっぱ」と声を上げ、凛が頭をもたげ、「なあに?」と画面を覗いた。「ああ。ユウの記事によく出てくるMooreさんね」と言い、「Can you read it aloud for me?」と頼み、またまどろみの中へ入って行ったのだが、俺がこの村畠の文を読み始めしばらくすると、いきなり上半身を起こした。

俺が読み終わると、凛は直ちに言ったのだー

「認識の正確さ、高い高い知性。ぜひ会いたいわ、Mooreさんに!すぐ!善は急げ!」

「ハハハ。Strike the iron while it is hot(鉄は熱いうちに打て)だね。」

「いいえ、Mooreさんの場合なら、Make hay while the sun shines(日が照っているうちに干し草を作れ)よ。」

俺は痺れた。

しかし、俺も凛ももっと痺れたのは、Mooreさんのこの記事の最後の段落だ。

「しかし、歴史は、悪い方向だけに動いているわけではない。

農村でも都会でも、人間が人間らしくあるには、お互いが助け合い地域での公共を大事にする人々、農地は農地だけではなく保水・景観に重要な役割を果たすことを理解し、山林は、建築・土木の素材を提供するだけではなく、海の栄養を蓄え、酸素を供給する場なのだと理解して守ろうとする人々もまた存在する。都会でも同様だ。

地域の人々のエネルギーを最大限に発揮するには、住民一人一人の相互の関わり=自治能力の向上しかないのだと経験から掴んでいる人たちが必ずいる。

そのことを信じてともに語らい、人々の輪を一歩一歩広げていくしかない。戦争や不正義とたたかい、よりよい未来を目指した人たちはみな、知力を尽くしそのようにして歩いてきたのだから。」


(つづく)



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