実験・新形態小説 『ハイドレインジャ』〜第2部その8
ハイドレインジャ
〜第2部その8
さて我が故郷Nに着いた。
俺はまずどこに行くべきか悩んだ。
『トーホグマン』で俺は、我が家の菩提寺曹洞宗常泉寺にある戊辰戦争時に新政府軍に討たれた長岡藩士二人の墓、そしてさらに今度は會津軍に討たれた薩摩藩士一人の墓のことを書いた。なんとその墓は隣り合わせで建立されているのだ。その時代の我が郷土の人々の想いが偲ばれる。
その墓から北へ数十メートル行くと、俺の本家の墓がある。熊野神社はそこから西へ数十歩というような近さにある。
Nにおける我が野澤一族の祖は俺の祖父で平喜(へいき)であり、元々は中通り(福島県中央部)二本松市の出身だ。だから、このNという地における家族としての歴史はあまりにも浅い。また平喜の妻けさよも中通り、福島市の東、南北朝時代南朝の雄・北畠顕家の拠点となった霊山町(今は伊達市)の出身なのだ。
「まあ、まずはN町野澤家初代の墓に行くか、やはり。」
俺がそう言うと、凛は黙って頷いた。
常泉寺の境内に入ると、左手に地蔵堂があってその右脇に俺の父親による長岡藩士と薩摩藩士の墓の解説掲示板がある。凛はそれを読み、「ユウのブログにもこの掲示板のことが書いてあったわね」と言った。
本堂を正面に見て、建物の左脇を進む。野澤家墓所へ行くには、必ずその長岡藩士と薩摩藩士の墓を通る。その墓所に至って、俺は會津坂下のスーパーで買った花束から数本抜き出し、墓石に載せ、線香を凛と一緒に供えた。凛はしゃがみ込み、頭を深く垂れて合掌した。
「感じる?」
凛がまだ合掌をしたまま、目を閉じながら、つぶやくように俺に言った。
「貫入かい?」
「ええ。」
「俺は、そう言われりゃあ・・・。」
「私、感じるのよ。感じない?」
「貫入 feel it?ってガッ。」
「ふざけないでよぉ。」
「ごめん。」
なにしろ墓石はそのまま<憑代(よりしろ)>だ。時空が曲がり、他次元が貫入する。
「ユウ殿、お久しぶりでござる。」
「ユウどん、お久しぶりでごわす。」
「おお、長岡藩士の中田良平さん、岡村半四郎さん。そして薩摩藩士の吉田清次さん!お久しぶりです。お姿は見えませんが、感度良好。」
「なじらね。(=How are you doing? 新潟弁)」
「さしかぶい。(=It's been a long time. 薩摩弁)」
「はい、あの、こうしておがげさんで元気にしてっからシ。(會津弁)」
「そーなん。」
「じゃっか。」
「今回は姉サ連れて来たんかねぇ。」
「美しかおなごじゃッ。」
俺は凛を紹介し、今回の帰郷の目的は、Nの鎮守の熊野様にお参りし、さらに農耕の体験をして、できれば休耕地などを利用し、農園や田んぼをきりもりできるか探ることだと話した。
「田んぼ耕すってよいでねスケ(容易ではないよ)。」
「あたがたはこけ住んちゅうとな(あなた方はここに住むのですか)。」
俺と凛は互いを見交わした。
「私、その覚悟はあるんです。」
凛が決然と言い、俺は驚いた。
「ユウが、あそこの熊野様へ初詣でしたいって毎年言うんです。この人のブログを読むと、毎年大晦日に田舎の神社に詣でたい、雪の参道をサクサク歩き、お燈明の光が雪にやさしく、あたたかく反射するあの光景を見たいって書いているんですよ。私、ここに暮らしてもいいんです。いいえ、暮らしたい。」
「ユウさんとなら、かね。」
「ええ。」
「そんた剛気なことやなあ。惚るっど!
じゃっどん、あたは東京んしやろう(あなたは東京の人だろう)。こげん田舎に暮らすっと?」
「はい、問題なか、です。」
霊たちの歓声が響く。
ただし聞こえているのは凛と俺だけだ。
俺は凛がそこまでの覚悟を持っているとは思っていなかった。
知り合ってようやく2週間が経つかというところ、少し恐ろしくなるほどの濃密な時間、そして展開の速さ。
「熊野様に聞いてみるとよか。」
「では我々は帰るすけね。」
「じゃ、さらば。」
時空の屈曲、他次元の貫入は終わった。
「奥羽越列藩同盟軍の兵士も新政府軍の兵士も今や仲良しなのね。」
凛が再び墓に向かって合掌する。
「ああ。そうだね。仏様と神様に挟まれて150年ほど眠っていれば、いかな仇敵同士であっても仲良くなるよね。」
「ほんなごつそん通り。」
「おい、Hannah Lynn、またぁ薩摩弁かよぉ!」
凛はアハハと笑って、恥ずかしそうな表情を見せて、俺の腕の中に跳び込んできた。
それはそうだ。俺にプロポーズしたのだから。
(つづく)
〜第2部その8
さて我が故郷Nに着いた。
俺はまずどこに行くべきか悩んだ。
『トーホグマン』で俺は、我が家の菩提寺曹洞宗常泉寺にある戊辰戦争時に新政府軍に討たれた長岡藩士二人の墓、そしてさらに今度は會津軍に討たれた薩摩藩士一人の墓のことを書いた。なんとその墓は隣り合わせで建立されているのだ。その時代の我が郷土の人々の想いが偲ばれる。
その墓から北へ数十メートル行くと、俺の本家の墓がある。熊野神社はそこから西へ数十歩というような近さにある。
Nにおける我が野澤一族の祖は俺の祖父で平喜(へいき)であり、元々は中通り(福島県中央部)二本松市の出身だ。だから、このNという地における家族としての歴史はあまりにも浅い。また平喜の妻けさよも中通り、福島市の東、南北朝時代南朝の雄・北畠顕家の拠点となった霊山町(今は伊達市)の出身なのだ。
「まあ、まずはN町野澤家初代の墓に行くか、やはり。」
俺がそう言うと、凛は黙って頷いた。
常泉寺の境内に入ると、左手に地蔵堂があってその右脇に俺の父親による長岡藩士と薩摩藩士の墓の解説掲示板がある。凛はそれを読み、「ユウのブログにもこの掲示板のことが書いてあったわね」と言った。
本堂を正面に見て、建物の左脇を進む。野澤家墓所へ行くには、必ずその長岡藩士と薩摩藩士の墓を通る。その墓所に至って、俺は會津坂下のスーパーで買った花束から数本抜き出し、墓石に載せ、線香を凛と一緒に供えた。凛はしゃがみ込み、頭を深く垂れて合掌した。
「感じる?」
凛がまだ合掌をしたまま、目を閉じながら、つぶやくように俺に言った。
「貫入かい?」
「ええ。」
「俺は、そう言われりゃあ・・・。」
「私、感じるのよ。感じない?」
「貫入 feel it?ってガッ。」
「ふざけないでよぉ。」
「ごめん。」
なにしろ墓石はそのまま<憑代(よりしろ)>だ。時空が曲がり、他次元が貫入する。
「ユウ殿、お久しぶりでござる。」
「ユウどん、お久しぶりでごわす。」
「おお、長岡藩士の中田良平さん、岡村半四郎さん。そして薩摩藩士の吉田清次さん!お久しぶりです。お姿は見えませんが、感度良好。」
「なじらね。(=How are you doing? 新潟弁)」
「さしかぶい。(=It's been a long time. 薩摩弁)」
「はい、あの、こうしておがげさんで元気にしてっからシ。(會津弁)」
「そーなん。」
「じゃっか。」
「今回は姉サ連れて来たんかねぇ。」
「美しかおなごじゃッ。」
俺は凛を紹介し、今回の帰郷の目的は、Nの鎮守の熊野様にお参りし、さらに農耕の体験をして、できれば休耕地などを利用し、農園や田んぼをきりもりできるか探ることだと話した。
「田んぼ耕すってよいでねスケ(容易ではないよ)。」
「あたがたはこけ住んちゅうとな(あなた方はここに住むのですか)。」
俺と凛は互いを見交わした。
「私、その覚悟はあるんです。」
凛が決然と言い、俺は驚いた。
「ユウが、あそこの熊野様へ初詣でしたいって毎年言うんです。この人のブログを読むと、毎年大晦日に田舎の神社に詣でたい、雪の参道をサクサク歩き、お燈明の光が雪にやさしく、あたたかく反射するあの光景を見たいって書いているんですよ。私、ここに暮らしてもいいんです。いいえ、暮らしたい。」
「ユウさんとなら、かね。」
「ええ。」
「そんた剛気なことやなあ。惚るっど!
じゃっどん、あたは東京んしやろう(あなたは東京の人だろう)。こげん田舎に暮らすっと?」
「はい、問題なか、です。」
霊たちの歓声が響く。
ただし聞こえているのは凛と俺だけだ。
俺は凛がそこまでの覚悟を持っているとは思っていなかった。
知り合ってようやく2週間が経つかというところ、少し恐ろしくなるほどの濃密な時間、そして展開の速さ。
「熊野様に聞いてみるとよか。」
「では我々は帰るすけね。」
「じゃ、さらば。」
時空の屈曲、他次元の貫入は終わった。
「奥羽越列藩同盟軍の兵士も新政府軍の兵士も今や仲良しなのね。」
凛が再び墓に向かって合掌する。
「ああ。そうだね。仏様と神様に挟まれて150年ほど眠っていれば、いかな仇敵同士であっても仲良くなるよね。」
「ほんなごつそん通り。」
「おい、Hannah Lynn、またぁ薩摩弁かよぉ!」
凛はアハハと笑って、恥ずかしそうな表情を見せて、俺の腕の中に跳び込んできた。
それはそうだ。俺にプロポーズしたのだから。
(つづく)
2024-02-15 08:00
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