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実験・新形態小説 『ハイドレインジャ』〜その7

ハイドレインジャ
その7

土曜のデートまであと数日ある中、俺は久しぶりに早朝ウォーキングで成城方面へ足を向けた。
梅雨の早朝独特の冷気があったが、すぐにひどい湿度で汗が出てくる。
例のDCMの西側の入り口前を通過し、成城2丁目へと入って行く。

「藤原」の表札がある豪邸が見つけられるかー
少々趣味が悪い行為ではあるけれど、ウロウロと歩き回った。

あった。
以前この邸宅の前を通ったであろうけれど、いつも歩く道とは一本駅寄り、北西側の道沿いなので、記憶は薄かった。

近隣の大邸宅、豪邸群の中、勝りこそすれ決して劣らない規模、そして造りだ。
まるで地層が重なっているかのように見える、横筋がいくつもある千種色の門の壁ー
中央の玄関は数寄屋風で、格子戸だ。その向かって右肩の壁に黒く縁取りされた銀色の切り文字で「Fujiwara」とある。その字は毛筆で書かれたようで、職人がその風合いを見事に切り出している。それを含め、<家の顔>の和洋折衷ぶりは絶妙で、全体の品の良さに俺は嘆息を吐いた。

敷地はおそらく最低でも300坪はあるだろう。この大豪邸を見てしまうと凛やその家族はあの鎌足、不比等以来の大貴族の末裔かとも疑うが、その藤原氏、直系筋などはとうに違う家の名を持っていて藤原を名乗る家は全くないから、そういうことはないはずだ。しかし、貴族の血筋であろうがなかろうが、現代日本の経済的成功者であることに疑問の余地はない。それでいて成金趣味が一切ない家の佇まいが、直接凛の人となりのようだと俺は思った。

まだまだ知り合ったばかりなのだが、凛とはそういう女性なのだと確言できた。帰国子女風ではあるが、まさに凛とした<伝統的>日本風の顔立ちで、彼女がもし若い頃に神社で巫女さんを務めていたら、参拝の男たちが皆見蕩れていただろう清楚さと気品、そして明朗さを<いまだに>ほぼ保っているのだ。そしてさらには英国の上流社会で身についたに違いない「posh」さがー
英語のアクセントばかりでなく、服のセンス、着こなし(とは云え、ジョギングでの服装でしかないが)、物腰にもー
渾然一体となっているのが凛なのだ。

俺は凛の家を確認すると、早々に彼女と出くわさない方向へと歩き出した。
土曜日に凛と会って、俺は本当に、Johnも自嘲した「財産などないと想像する大富豪(a billionaire who imagines no possessions)」が「貪り(greed)」をどう考え、どう対処するのかを聞きたいのだろうか。

そう、やはり聞きたいのだ、と思った。
それは、彼女なら、凛なら、何かしらの答えを持っていると確信するからだった。そしてそれを聞いて、俺は前進できるのではないかと期待していたのだー
IMAGINEの世界の、Johnが「I'm not the only one」と言った、その、彼を独りにさせない人間として、歌うたいとして。

(つづく)



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