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実験・新形態小説 『ハイドレインジャ』〜その6

ハイドレインジャ
その6

All You Need Is Love「愛こそはすべて」という邦題は決して誤りではない。しかし「Love」を「愛」という名詞ではなく、「愛すること」という<(toなし)不定詞>で動的に訳すことー
そういうふうに解釈する凛の精神に俺は本当に感動した。

「愛しさえすればいい」あるいはより直訳的に「必要なのは愛するということだけ」ー
そう解釈するには、タイトルは「All You Need to Do Is (to) Love」となるはずだろうが、そんなことはこの際どうでもいい、と俺は思った。必要なのは「愛」という抽象名詞ではなく、「愛する」という行動なのだ!

俺と凛は相合傘になってしばらく歩いた。黙ったままだったが、それぞれが普段考えていることを言い合える、あるいは口にする意味がある相手が見つかったといううれしさに、おそらく凛も浸っていたのではないか。

まもなく、仙川崖線をトラバースする緑滴る坂道を、二人は登り切った。

「これ、名刺です。」

俺は財布から名刺を一枚取り出し、凛に手渡した。凛は防水加工されたウェストバッグにそれをしまう。

「ありがとう。身体が冷えてしまうので、この辺で。」

凛はそう言って、大蔵運動公園の方へ再び走り出す。ほんの少しだが、彼女の所作・動きに後ろ髪を引かれる想いが滲み出ているのを俺は観てとった気がした。

俺は彼女が行った方向へ歩き出さなかった。「今日はいい」と呟いた。


***

凛からメールが来たのは、雨があれから数日続いた後だった。熟慮し、逡巡したのかもしれないなと俺は思った。あるいは風邪を引いてしまっていたのかとも。俺はあれからは早朝散歩には出ないでいたのだった。

もちろん俺は待ち侘びていた。いい歳こいて、まるで中学生や高校生が送ったラブレターへの返事待ちをする気分だと自嘲してもいた。それでも心の中は欣喜雀躍、そして実際小躍りした。

メールにはいつ会えるとかは書かれておらず、ただ「お会いできる日を楽しみにしています」とだけ。

俺はこう返事した。

「メールありがとうございます。
私は土日はほぼいつでも都合がつきます。凛さんから日時場所をご提案ください。
ただできれば都心は避けていただけると幸いです。人混みはすっかり苦手になりました。
飲食店でとかではなく、仙川や野川散歩でも構いません!」

凛からはおよそ1時間後に返事が来た。

「ご返信ありがとうございます。雨でウォーキングはお休みされていましたか?
さて、仙川・野川散歩、いいですね。次の土曜日、もし晴れたなら野川沿いのふれあい広場でお会いするのはいかがでしょう。サンドイッチか何か作って持って行きます。最終確認は金曜の夜に。では、また。」


(つづく)



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