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新大久保駅での事故から20年

2001年、私は市ヶ谷砂土原町に住んでいた。
漱石先生の早稲田南の旧居跡(新宿区立漱石公園)や生家(牛込馬場下)は
散歩コースで、そのまま穴八幡を経由して戸山公園などへも足を延ばしたものだ。

ちょうど20年前なのだなあ、韓国人留学生李秀賢さん(当時26)が
日本人カメラマンの関根史郎さんと共に新大久保駅のホームに転落した人を助けようと
してそのまま3人とも亡くなった事故は。

戸山公園から新大久保駅はさほど遠くなく、
この痛ましい、しかし日韓の両国民を友好へ歩めと励ます事故のことを考えながら
付近を歩いた1日があった。

まず、人のために自ら命を懸ける究極の利他主義への深い感動だ。
こういうことができる人にはきっとあの世での<顕彰・ご褒美>があるに違いないと
思わざるを得ないとしみじみ思った。
たとえ当事者がそんなものは望んでいないということであってもだ。
この世での顕彰はむろんあるし(あったし)、遺志は継がれていくけれども、
あの世レベルでもきっとなにかしらの報い(報償)があるに違いないと。

そして場所柄ー

江戸時代の終わりの年に生まれた明治人の漱石先生だが、
もしこの新大久保でのことを耳にされてコメントをされるとしたらどういうものに
なるだろう、と。

1909年、漱石は朝鮮と満州を旅し、その日誌と言うべき『韓満所感』で
こう書いているー

「歴遊の際もう一つ感じた事は、余は幸にして日本人に生れたと云ふ自覚を得た事である。
内地に跼蹐(きょくせき=肩身狭く世を憚り暮らすこと)してゐる間は、
日本人程憐れな国民は世界中にたんとあるまいといふ考に始終圧迫されてならなかつたが、
満洲から朝鮮へ渡つて、わが同胞が文明事業の各方面に活躍して大いに優越者となつて
ゐる状態を目撃して、日本人も甚だ頼母しい人種だとの印象を深く頭の中に
刻みつけられた。同時に、余は支那人や朝鮮人に生れなくつて、まあ善かつたと思つた。
彼等を眼前に置いて勝者の意気込を以て事に当るわが同胞は、
真に運命の寵児と云はねばならぬ。」

同胞が後進の隣国が文明を啓く手助けをし、各所で先頭に立っていることを
とても素直に誇っている。イギリス留学で散々日本の後進性を自覚させられ、
欧米の科学、政治体制、藝術などなどすべてのスタンダードが優れすぎていて、
到底追いつけぬことを何度も思い知らされたに違いない漱石だが、
急速に文明化する自国の、欧米人が専一に当たっていた後進国民指導という誇るべき
事業に関わっている同胞を具に見て、ここまでもう来たか、と喜んでいるようだ。

このとき漱石は哈爾浜(ハルビン)にも立ち寄っており、そのすぐ後(一ヶ月後)、
自分も立ったその駅頭で明治の元勲伊藤博文が暗殺されたのだった。
当然その衝撃も語っているのだが、自分が生まれた年はまだ丁髷を結う人間が闊歩する
時代であって、未開人の国のようであったのに、御一新で日本はここまで来て、
その<進歩>をもたらした長州閥政府筆頭の伊藤の死は非常に意義深かったはずだ。

漱石先生に新大久保の事故のことを語っていただくには、その後長く生きて、
『三四郎』で「滅びるね」と書いたとおり1945年本当に一旦滅びた自国の様、
その後の価値大転換、経済成長、日韓関係などを知っていただいていないといけない。


「余にとつて柏木や大久保といふ處は、
末娘の火葬でその先の落合の方迄歩いて行つたことも有り、余り愉快な場所ではない。
その大久保の駅で先般韓国の留学生が日本人写真家と共にプラツトフォウムから
転落した者を救はんとして線路へ降り、その儘三人共轢かれて了つたといふのだ。
何とも痛ましい事故であり、益々余は我が早稲田南町の家から西方向へと散歩を
するのが億劫になつてしまつた。

聞けばその韓国からの留学生は、日韓交流の為に活動をしたいといふことで日本語を
学んでゐたといふ。

日本は、仮令或る部分では彼の国の社会発展に寄与したことが有つたとは云へ、
欧米列強の真似をして彼の国を植民地化するといふやうな、欧米の悪い處をも
摂取して了つた罪を負はねばならない。
さうではなく、亜細亜の諸国民をもつと良い形で善導する手立ては有つた筈で、
それに因り欧米文明を凌駕する亜細亜的internationalismが実現できたかも
しれないのである。

韓国人留学生は、故に、過去の恩讐を超へてさういふcross-culturalな精神に
裏打ちされた偉人であると断ずるものであり、彼が生きて、日韓、延いては亜細亜
全体、復延いては全世界の友情による連帯に寄与していただきたかつたと
心から思ひ、彼の死を悼む。」





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