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短編小説 インスタント・カーマ 2

「小児医療センターが受け入れられるそうです!なんとかすると。」

隊員が告げた。

「ありがたいが、遠いな!」

救急救命士は舌打ちをした。

「環八北行!」

救急車はUターンをし、環状8号線へ入った。
夜も10時を過ぎて、交通量は幸い少なくなっていた。


事故が起きたのは1月5日午後10時、一人息子の涼太はまだ冬休みだったが、
晃司は2日から運送の仕事で、早朝6時から夕方5時までの勤務時間
(昼食休憩など各休憩、さらに志願しての勤務延長込み)ということながら、
道路事情や残業によっては半日拘束されてしまうのもしょっちゅうだ。

父子家庭で、夕方、学童保育が終わって帰る涼太の面倒をすぐにでも見たいのだが、
勤め先から帰ると午後7時を過ぎることも多く、自分もかなり疲れてしまうから、
涼太とは近くで外食することが多く、アパートに帰れば入浴してすぐに寝る。

学校が始まる7日を前に、晃司は5日、定時に仕事を終えて、
いつもより早く夕食をとった後近くの公園で10時近くまで涼太のスケートボードの
練習に付き合っていたのだった。
そんな時刻まで9歳の子どもを連れて外に出ているなんてと眉を顰められるだろう
ことは覚悟してのことだった。
父親として、母と暮らせなくなった息子にできるだけのことをしたいと思うからこその
父と息子の<夜遊び>だった。
事故はその公園からの帰りに起こったのだった。


救急車の中、晃司は呆然としつつも、救急隊員たちが何度も口にする「コロナ」と
「クラスター発生」いうことばがさすがに耳について、あることを思い出していた。

彼は年末の27日にカラオケが置いてあるスナックで忘年会に参加したのだ。
仲間は10人で、28日で「Go To」キャンペーンが終わるという直前の日にどうしても
日頃の憂さを晴らそうということで飲みかつ食べ、大いに唄ったのだった。
むろん「新型コロナウイルス」蔓延のご時世であるから、ソーシャルディスタンスや
マスク着用に少しは気をつけたが、とにかくそう広いスナックでもなく、
酔いが回ってみんながハメを外し出すと、マスクも外し、相手との距離など
どうでもよくなっていた。


そのとき晃司のスマートフォンにメールの着信があった。
高校時代からの友人で、その忘年会に一緒に参加した桑原修身からだった。

「まずいぞ。
沢田の情報によると、上谷大輔がコロナにかかって、容体急変、今ICUだそうだ。」

上谷も忘年会に出ていたひとりだった。
また着信ー

「お前大丈夫か。
俺はなんだか熱っぽくて、電話かけまくってようやく保健所につながって相談したが、
自宅待機だ。
気をつけろ。
LINEでグループにも注意喚起の投稿をした。」

涼太と遊んでいたから、その投稿を晃司は見ていなかった。
こんな状況ではそのグループチャットを見る気にはさらになれなかった。

「小柴も片岡も熱はさておき嗅覚がないって書き込んでいる。」

「沢田、沖、高橋は異常ないとのことだが、お前と本多、君津から返事なくて」

「まずいな。小柴はヨメさんに相当怒られて、忘年会の言い出しっぺだった俺に彼女
電話かけてきて、すごい剣幕で」

「近況知らせてくれ。」


救急車は涼太が事故に遭った場所を通過する。
現場検証が行われており、外国車の運転手が警察官に説明をしているのが見えた。
晃司は涼太の手をさらに強く握りしめた。
涙は文字通り涸れていた。
救急救命士はずっと心肺蘇生術を施していたが、その所作に険しさが募った。

世田谷通りに入って、小児医療センターまであと1キロぐらいというところで
救急救命士の動きが鈍くなった。

「りょ、涼太はどうなんですか!」

晃司は久しぶりに声を、ことばを発した。
声も嗄れていた。

救急救命士は、

「やれることはやっていますから」

と言い、「やりました」と言わなかったことにのみ、晃司は本当に少しだけの
望みを感じるのだった。


〜つづく




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