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実験・新形態小説 『ハイドレインジャ』〜第2部その20

ハイドレインジャ
〜第2部その20

クルマに乗ってから俺はなぜ凛共々懐かしさを覚えたのかについて話した。

「やはり近江からの縁に違いないんだ。俺は日野へ行って確信したよ。近江八幡から竜王町を経由しての道中、懐かしいって想いが湧き上がってきてね。いちいち風景が慕わしい、懐かしい。母方の伯父が西光寺の過去帳を調べ、蒲生氏郷ないしは石田三成ゆかりの近江人が祖先の一人となっていることが分かっているんだ。」

「私の場合はもう話したとおり、奥州藤原氏と近江から招聘した鋳物師がつながって、そしてユウのおばあさまがおっしゃるには、今は福島県伊達市の霊山で修験者との縁も祖先は結んでいるのね。さらにね、蒲生家は藤原秀郷の血筋でしょ?奥州藤原氏もそうなのよ。」

「大百足を退治し、さらには平将門を討った俵(田原)藤太=藤原秀郷の子孫は本当に多いね。仮冒も多かろうけれど。秀郷は下野大掾の息子だったし、坂東の人ではあったろうけれど、ムカデを射(い)殺したのは近江の瀬田の唐橋だしね。

俺たちの話は、みんな近江に収束していくね。」

「ええ。そしてその近江にまつわる人たちは私たちを出会わせて、私たち二人に何かをしてもらいたいのかしら。」


上野尻から国道49号線を東進、すぐに例の蛇女の棲んだという芹沼を通過する。

「こちらの小笹さん、そしてその母の大蛇の話は、中野のと比べるとより象徴的だね。」

俺は右手に「芹沼」という標識をチラッと見つつ言った。

「大百足が男性の私利私欲の化身だって言うんだから。そしてその私利私欲から為された悪業が、なんと身近な女性に報いとなって降りかかり、女性は蛇に化身するって。」

「女はつらいよ、だわよね。」

凛がポツリと言った。

「欧米では今や男尊女卑などほとんどあり得ない世になっているけれど、暴力についてはどうしたって大抵の場合は男が勝るし、男の<装置>だわ。」

「ああ。」

「今室町期のことが多く語られているけれど、16世紀イギリスはヘンリー8世の統治下で、この王様は本当にしたい放題の、大百足だったとしか私には言いようがないわ。」

「ああ、6人妃を得た好色一代男か。」

「ええ。私はAnglican ChurchでHannahの教名をもらったけれど、この教会こそヘンリー8世がキャサリン王妃からアン・ブーリンに<乗り換える>ためにカトリック教会から分離させたものだからね。」

「ああ。俺は受験科目は日本史だったけれど、そのことはさすがに知ってるよ。」

「それに比べ氏郷様は戦国武将の中では本当に珍しく側室を持たなかったのよね。」

「そうなんだよ。それってなかなかできることじゃないよね、当時の戦国武将の<常識>として。秀吉、甥の関白秀次、家康・・・全員側室の数は2桁だ。ヘンリー8世なんて奥さん6人なら、まあ、大したことないか。」

「英国国教会を自らつくったとは云え、ヘンリー8世はカトリックの教えは、離婚禁止は除いて、守っていたらしいわ。それでもアン・ブーリンとその関係者の男性5人を姦通罪や近親相姦罪で処刑したのは残酷なことだったわね。」

「ああ。秀吉さんも、甥っ子秀次を関白にまでさせて豊臣体制盤石を図りつつ、息子秀頼が生まれてからは両者ギクシャクして、とうとう謀叛の疑いをかけて甥っ子とその妻、側室、子ども、家来らを皆殺しにした。秀吉の怒りの一つに、彼が見初めていた公家で従一位・右大臣の今出川晴季の娘を秀次に取られたというのもあるらしいって。その娘も秀吉に殺された。」

「好色な男性の権力欲・・・恐ろしいわね。みんな大百足ね。」

「秀次切腹事件には、石田三成の讒言があったと言う説もある。石田三成は、これから俺たちが訪ねる・・・まあ、会ってくれるかわからないけど、岡半兵衛と大いに関わりがある。半兵衛の妻は石田三成の次女で小石殿という。三成も近江人、長浜の人だ。」


クルマはN町のバイパスに入り、間もなく右折して通称「大久保街道」を行く。中地橋を渡り、左手に長岡藩士2名の首塚があったところを見ながら、「雷山」のワインディング・ロードを上り、少しして如法寺に着いた。


(つづく)




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