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実験・新形態小説 『ハイドレインジャ』〜第2部その5

ハイドレインジャ
〜第2部その5

新たなコーヒーを淹れて村畠が戻ってくると、凛が話しかけた。

「私は、虚数のことは措いておいて、Mooreさんの、耕作する人としてのあり方にとても共感してこちらにお邪魔させていただきました。

インテリが肉体を痛めつけて糧を自給するー
そのことでフワフワとした観念の世界だけにとどまらず、リアルな生産の喜びを体験するー
その図式がまずすばらしいと私は思っています。

耕作予定地を覆う草木、土の固さ、石礫の多さにまずは悩まされ、虫害や獣害もありながら、できうる限り農薬を用いず対処して、また天候の不順などにも心穏やかでない日々を過ごし、足腰などに大変な負担をかけさせられて後の収穫の喜び!

私は東京成城に生まれ、親が裕福でしたから、そういう耕作、農業の楽しみはただ想像するだけです。けれども、私が本当に地球の環境保全運動に勤しむなら、避けて通れないことをMooreさんはなさっています。しかも、ただ晴耕雨読的生活を営むのではなく、しっかりと<公共>へのアンガジュマンもされている。

数学者として、耕作者として、そして共同体の一員として、失礼ながら古希を超えた高齢者がそのそれぞれの立場で全力を尽くしていらっしゃる、尽くし続けていらっしゃるそのMooreさんのお姿をぜひこの目で見たいと思ったのです。」

「いやあ・・・そんなねぇ。」

Mooreは複雑な笑みを湛えて応じた。

「大したもんじゃないんですよ、凛さん。私はただね、おっしゃっていただいた、<公共心>が強いっていうのはありますね。John LennonのIMAGINEの歌詞で言えば、brothethood of man、それはいつも意識している。お互い様精神というのも近いね。

『住民一人一人の相互の関わり』と私は過日のブログに書きましたけどね、それです。共同体を少しでも良くしていこうという共通の意志を持つ人と繋がること。そしてそういう人々との関わり合いこそが、みんなで成そうとしている集まりの目的そのものよりも尊かったり、生き甲斐になったりすることもあるんです。そこがおもしろいね。」

「そのbrotherhoodは訳せば『兄弟であること』だけれど、みんな兄弟<愛>って訳しますよね。」

凛がまた応じる。

「『愛に満ちている』世界を目指すと言うより、もう愛は十分この世に満ちているんだと思うんです、私。それを発見する、あるいは掘り起こすのが人生なんだってこの頃思うんです。

愛は為すものです。為されて初めて愛だと思っています。Paul McCartneyがBeatles最後の曲、The Endで、

The love you take is equal to the love you make
(受け取れる愛は為す愛に等しい)

と。真理です。
そして私はこのことに付け加えたい。

The love you make should be equal to the love you've taken from this world
(為す愛はこの世から受け取ってきた愛と等しくあるべきだ)

と。

この世から受け取ってきたその愛は、いつもいささか過剰ではありませんか?
耕作してきた労苦は、何倍にも報われていませんか?
小さな種が、実として数十倍とかになっています。もちろん手はかけました。でも、太陽や水、土の恵みがその耕作者の手間に対して過剰と言えるお返しをしてくれる。

その過剰を感謝して、その分自分は自然に、そして他者に、愛を為すべきなんだと思うんです。愛<溢れる>行為をすべきなんです。

だから、その耕作者に自然が過剰に報いてくれる図式をずっと守りたい、守らねばならないんだって思うんです。」

「Hannah Lynn!」

俺は涙を堪えながら凛の名を呼んだ。
村畠は大きく頷いて、ゴーヤー・カーテンから覗く青空を見上げた。

「ねえ、ユウ。」

凛が俺の目をじっと見て、

「私たちの耕作地、あなたの故郷、會津に持たない?」

と言った。

「Great idea!」

俺は間髪入れずに答えた。

「見に行こう、どこにするか。善は急げ、Make hay while the sun shines!」

「おいおい!夕飯も食べずにもうお帰りかい?」

村畠があわてて口を挟む。

「使わない私の数学脳はもうパンク、胸もいっぱいっす。また来ますから。」

「そんなこと言って、また何年も来ないんでしょう?」

「いえ。凛と私の作品ができたら、真っ先に持ってきますから。
作品の名は『Penetration』、貫き、貫入です。副題は、The love you make should be equal to the love you've taken from this worldかな。ちょっと長過ぎか。後で削ろう。」

まだまだ太陽が高い裡に俺と凛は安曇野を去った。
トランクには、村畠とお連れ合いが手塩にかけて育てた野菜がどっさり積まれた。


(つづく)




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