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「不滅の愛」はある

NHKBSにチャンネルを合わせたら、2001年制作の、
ベートーベン「運命の恋人」とは誰なのかに迫る番組が先ほどまで再放送されていた。

フランス貴族の娘で、彼の10歳下で当時30歳の、4人の子を持つ人妻
アントニア・ブレンターノであろうというのが番組としての結論であった。
Wikiを見るとまだまだ諸説紛々で、決定的なものはないようだ。
映画『不滅の恋人』もCATVで遠い昔見たが、驚くべき展開だった記憶が。

「die unsterbliche Geliebte」ーunsterblicheとは英語ならundyingだ。
(「undying love」と訳せば、JohnのAcross the Universeを思い出す。)
Ludwigは「不滅の恋」に破れ、その後長く本調子では作曲できなくなる。


昨夜上げた拙曲『Your Pictures on the Wall』だけれどー
「楽聖」の話の後に恐縮至極ながらー

Beatlesの例えばEvery Little Thingの一節、

There is one thing I'm sure of
I will love her forever

ーこの歌を唄っていた頃のJohnはCynthiaと、PaulはJaneと結局別れたけれど、
それでも青春期に私は不滅の(恋)愛はありうると思っていて、
そして歳を経てそんなのはほぼ絵空事と思うようになり、
しかし今やはりありうると思っているのだ。

それは、物理的に一緒にいる、ずっと添い遂げているというようなことと
イコールではないのだ。

1812年にLudwigは「不滅の恋人」との破局を迎え、その年交響曲は7, 8番と
精力的に書いていたのに、以降9番まで12年経ることになってしまう。
もちろんその間ピアノ・ソナタなどは書いていたのだけれども、
明らかに「スランプ」と言える時期を長く過ごしてしまうのだ。

この事実から、私はやはり第九交響曲こそBeethovenの最高到達点であると思うし、
「不滅の愛」とは何かを悟ったからこその作品だと思っている。

特に第3楽章、「緩徐楽章」と呼ばれる楽章の23小節目から25小節目にかけての、
変ロ長調、ヘ長調からニ長調に転調(拍子も4/4から3/4へ)するところに
その「悟り」を聴くのだ。

2018年暮れにマレク・ヤノフスキ指揮によるN響コンサートで、
ヤノフスキのことばによれば「まるで『神』を感じさせる」この部分の偉大さに
私は気づかされた。


Ludwigだって人の子だから、婦人の肖像画(pictures)を眺めながら、
一時の熱狂で「不滅の恋人」とその人を断じてしまい、
それは愚かしいことだったと思ったり、やっぱりそうだったんだと思い直したり、
いろいろあったと思うのだ。

そして晩節において、耳も相当に悪くなってしまった中、
この第3楽章を含む「歓喜の歌」の4楽章を編み上げた。
それは「不滅の愛」を信じられたからのことだったと私は結論したい。



*

なお、この緩徐楽章bars 23~25を心底大切にして演奏させたヤノフスキの第九は
YouTubeにはないようだ。
だとしたら、私が2018年年末もいいところの冬晴れの日、
多摩川で聴いて「解脱したか」と思うほどに感激した、
ナチ時代1942年に演奏されたフルトベングラーのをお奨めする!

https://www.youtube.com/watch?v=yxjFCMaJXGQ&t=267s


*

追記

今日は訪問者数がすごくて、このままなら250人ペースです。
それぞれ6を超えるリクエストがありました(その記事に来てくださった)ので、
「永遠の愛」を求める渦中にいる人間の2曲を再掲します。

Pretty Maids All in a Row (Eagles) ~MNEMO cover


Rush Back to You (Partial Self-Cover by King Reguyth & MNEMO)


リクエスト、ありがとうございました。



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