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実験・新形態小説 『ハイドレインジャ』〜その9

ハイドレインジャ
その9

「でも、あそこは紫陽花に囲まれるようで、すてきですよね。」

凛が、タッパーにはち切れんばかりに入ったサンドイッチを俺に勧めながら言った。
俺が目を輝かせ「これはうまそうだ。いただきます!」と手を出そうとし、しかしすぐに手指をきれいにしなければと気づいて躊躇するや否や、凛は紙おしぼりを手渡してくれた。

「紫陽花、お好きなんですね。」

俺は手を拭きながら言った。

「なんかねー」

凛はマグボトルからめいめいのカップにコーヒーを注ぎながら呟くように言った。

「どこかで読んだんですけれど、アジサイを表す漢字・紫陽花(しようか)は、中国ではライラックか何かを意味したのを、名前は忘れたんですけど日本の平安時代の、だったかしら、とにかく大昔の学者が間違ってアジサイに宛ててしまったんですって。」

「ほお。」

「梅雨に盛りを迎えるあの花は、ご存じのとおり、学名でも一般名でもhydrangea、水=雨との関連で名付けられているじゃないですか。なのに日本の当て字だと太陽の『陽』の字を含むって、変だと思いません?」

「そこなんですよ、凛さん!」

俺は少し興奮して応えた。

「先日紫陽花の話をちょっとしたとき、凛さん、雨の日には紫色の花が輝くって言われましたよね。実は僕もそう思っていて。でも雨の日に紫色の花が『輝く』って言う人、僕と同じように感じる人とは、会ったことがなくて、凛さんのその言葉、噛み締めちゃってね、あん時。同じ心なる人っているんだって、しみじみ。」

凛は柔らかな笑みを見せてくれた。
俺は彼女と見つめ合った。

「『同じ心<なる>人』って

紫ならぬ、清少納言の・・・。」

凛はそう言って、少し間を置いてから、

「その『なる』を『ならん』としたのが、吉田兼好ですね」

と囁くように言った。
俺は仰天した。本当に空を仰いだ。

「ゲロゲロ。」

俺はそう<鳴いた>。俺にとって超弩級の<驚き感動詞>だ。
凛は目を丸くして俺を見るー

「ゲロゲロって、ユウさん、カエルになっちゃったのお?」

「紫陽花が好きすぎて、ずっとその葉っぱで雨に打たれているのが好きなアマガエルです!」

俺はさらに戯けてそう言ったのだが、揺さぶられた心が次の衝動を振り出す。

「You are the beat of my heart. The light delicate blush of the petals reminds me of a beating heart, while the size could only match the heart of the sender! 
(汝は我が胸の鼓動なり。明るくほのかな紅色の花弁は脈打つハートのやう、かたやその小さきことは、送り手の心臓に匹敵するのみならん!)」

俺がそうTan Jun Yongの詩を諳んじると、今度は凛が空を仰いだ。


(つづく)



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