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実験・新形態小説 『ハイドレインジャ』〜その22

ハイドレインジャ
その22

「Nigelのことだけどー」

俺は少し躊躇はしたが、切り出した。

「驚きね。」

凛が、脈絡なく、そう言った。
俺はカーステレオの音量を下げた。

「何が?」

「さっきBurt Bacharachの曲がかかっていたでしょう。」

「うん。」

「Bacharachって、まずそのLoreleyの在るところって言っていいのよ。世界遺産のライン渓谷中流上部の都市。」

「え?地名だったの?」

「私、行ったことがあるの。」

「・・・Nigelと?」

「そう。」

凛は重苦しそうに返事をした。

「私がNigelと最初に会ったのは、先日言った通り、ロンドンで母と暮らしていた頃、およそ20年前のこと、つまり一旦日本に戻っていて、私が玉川上水でDTに出会って、後に再び渡英してすぐのことよ。再びって言うのは、私はイギリスで大学を出ているの。CambridgeのFaculty of Modern and Medieval Languages and Linguisticsで、言語学が専攻だった。

ミュージシャンとして、私はピアノを弾き、歌も唄ったけれど、フロントに立つより作詞作曲家として生きていければって願っていたの。特に作詞家としてね。

前に話したカムデンでのgigでNigelの音楽に魅せられた私は彼と付き合うことになったの。彼は自身がウェールズ人だと言っていたけれど、母方の曽祖父がドイツ出身だったって。初めて二人で旅行するということになって、彼はバッハラッハ(Bacharach)を中心にライン川を見たい、Loreleyの岩山を見たい、というのもその曽祖父の家は元々バッハラッハに在ったという話をお母様から聞いていたからなのね。

ガイドブックを見ながら、そして地元にあった歴史館のパンフレットを読みながらバッハラッハを歩いていると、段々Nigelの様子がおかしくなってきたの。何かブツブツ言ったり、首を小刻みに左右に振ったり。

ヴェルナー礼拝堂(Wernerkapelle)という13世紀に起きたある事件の犠牲者を祀ったKapelleの廃墟前に来ると、彼は<壊れた>の。」

「壊れた?」

俺は聞き返した。

「ええ。半狂乱になって、あの自分の歌、The Plotterを歌い出し、そして、

Blessed are those who believe without seeing me!
(我を見ることなく信ずる者こそ幸いあれ!)

って、John(ヨハネ)の24章29節のことばを叫びにして倒れたのよ。」

「つまり、自分の歌の歌詞 Whoever calls on the name of MINE shall be saved を歌って、そのヨハネの一節を叫び、倒れた?」

「そう。復活を遂げたJesusを信じないThomasが、やっとJesusを眼前にして信じたー
そのことを訓戒することばだわ。」

「でもなぜ、Nigelはそんな風になったの?」

「それを話し出すと長くなるわ。私の家か、ユウの家か、どちらかで続けましょう。」

俺はどちらにするかは決めぬまま、「わかった」と言い、エンジンをかけた。


(つづく)



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