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トーホグマン 連載第二百二十四回 〜抵抗と援助の日々

九十五

「その『総大将』とはどなたであるか、分かる気がします。」

一同がハッとしてこの言葉を発した人物を見た。

「トーホグマン!」

光朝が叫んだ。

「頼朝様、お初にお目にかかります。」

トーホグマンが深々とお辞儀をして言った。

「その『総大将』のことは今はさておき、私を射た者をここへお連れください。」

トーホグマンが恨みなど一切感じられない声調で言った。
頼朝は力無く梶原景時に目配せだけしてトーホグマンの要求に従った。
ほどなく梶原はその射手を連れて来た。

「那須与一にゴざいます。」

トーホグマンは「ふ」と笑った。見事な北関東訛り、平板なイントネーションだった
からだ。

「わだしは、ただ主君頼朝様の命に従っただゲでございますが・・・。」

与一は雰囲気を感じ取って、

「どうもすいません!」

と言うや否や自分の顳かみの辺りを自分で殴りつけた。

「ごめんね、ごめんねーって言いそうだな。」

トーホグマンは独りごちた。

「下野那須のもののふ、与一、久しぶりじゃな。」

義経が声を掛けると、与一はじっと義経を見つめた後、

「あああああッ!義経さまだんべや!」

と叫んで平伏した。与一は頼朝よりよほど義経と縁があったからだ。

「おぬしは私の子の生まれ変わりの修二殿を射たのじゃぞ!」

義経の言葉に与一は畏れ入って、顳かみを自ら打ち付けるのではなく、
今度は脇差しに手を掛け自害しようとした。

「やめよ、与一!」

義経が声を荒げて言った。

「贖罪をしたいのなら、トーホグマン殿に以降従うのじゃ。」

「しかし、それは・・・」

と与一は口ごもった。

「二君に仕えるっつーのは武士として潔しとしないっつーガ、あの、それはでギねー
ゴどでございまして。」

「与一、もうよいのじゃ。」

頼朝が言った。

「は?」

「儂はトーホグマン殿の軍門に下った。」

一同がどよめく。凄いことになったと誰もが思っていたが、

「軍門なんて言わないで下さい」

トーホグマンが冷静な声で言った。

「私たちはキナ臭いことをしたいなどと露にも思っておりませんから。」

トーホグマンは与一をやさしい眼差しで見つめて、

「与一さん、あなだの訛りはわだしのクニのこどばによぐ似てっから、なんだガ
他人とも思えねくてさー」

と言った。

「北関東なんて南トーホグど変わんねな、基本てギに。」

「何ゆってんの、白河の関(せギ)の南北(ぼグ)で全然違うっぺよー。」

そう言って与一は非礼を悟って、また「どうもすいません!」と言って自分の
顳かみを打ち付けた。

「おめ、大丈夫ガ?」

トーホグマンが訊くと、

「大丈夫だ。あどで蒟蒻(こんにゃぐ)で冷やしとっから」

と与一は答え、またもやの非礼な言葉遣いに気づいてまた顳かみを打とうとした。

「もう、いいガら!」

トーホグマンが制し、神妙な表情に戻って、

「頼朝様」

と呼びかけた。

「義経様や光朝殿にどうかお声をかけてくださいませんか。」

頼朝は力無い表情のままだったが、

「どんな事情があったにせよ、そなたたちを殺めてしまったことを詫び申す」

とはっきり言った。

「大組織の長となって、非情な決断を迫られ、実行してしもうた。それしかないと
信じておった。しかし、後の祭りとは云え、他の方法はいくらでもあったと今なら
分かる。たとえ、たとえ命が今よりもずっと軽んじられていた時代であってもじゃ!」

「よくぞ言うた、頼朝!」

頼義と義家が現れていた。

「初めて会うのう。そなたの先つ祖(さきつおや)、頼義と義家じゃ。」

頼朝が感激の余り初めて人前で泣き出した。

「頼朝、義経!」

兄弟は新たな声の発せられた方を向いた。

「よくぞ、よくぞ、仲直りをしてくれた!」

二人の父、義朝であった。
兄弟は号泣状態に陥った。
義朝が二人の手を握らせて、そして覆いかぶさるようにして息子たちを抱きしめた。

「トーホグマン殿、あなた様のおかげじゃ!」

義朝も泣きながら感謝した。

「いいえ、いいえ、みな神仏のおかげさまです。特に源氏については、
八幡様のおかげですね!」

光朝も含め、源氏の名だたる武将たちがみな泣いていた。
与一は顳かみをコンニャクで冷やしながらもらい泣きをしていた。


<つづく>