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2024 葉月妄言 〜We are all from Africa

昔から思ってきたことだけれど、「人種」などというものがなぜ存在するのかー
いや、科学はただの環境適応の結果だとはっきり示しているけれど、
しかし無知蒙昧な者は、たとえそれを認めても、その「環境」の別こそが「人種」の
優劣を決めた「神」の祝福だとでも言い出すのではないか。


今XやYouTubeで、アメリカ・ネバダ州のある小さな町で黒人が土地の白人たちに
凄まじい「人種」差別を受け、彼はその様子をビデオに収めて拡散したことからの
夥しい反応を目にする。その差別はアメリカ南部の旧態そのままのひどさで、
多くの人々が嫌悪感を表明し、激しく非難しているが、
今度はUKで反移民暴動が例のサウスポートにおける無差別殺人事件についてのデマで
過激化、多発化してしまい、労働党政権は厳しく取り締まると声明を出した。

そして日本では、れいわ新選組に所属した川口市議会議員が、
「一部外国人」の犯罪を取り締まるため警察官増員などを求める議会の意見書に
党方針に従わず賛成したことで離党、なんとなんのゆかりもない愛知15区の
立憲民主党衆議院議員候補者として認定されたことが話題になっている。


私は偏見をひとつも持たないなどととても言えない。

けれどー

世田谷の近隣で、明らかに外国人と分かる(つまり外見がはっきり「日本人」とは
異なると視認される)人々が集団を成し、目を顰めざるを得ないようなことをしたり、
触法行為をしているのを頻繁に目にしてしまったら、
警察などに「なんとかしてほしい」と思うに違いないが、しかし、
それは外国人でなくたって、たとえば「日本人」による集団暴走行為が頻発しても
同じように思うということをはっきり自覚する。

つまり、外国人だから、などということで分け隔てて取り締まりの強化を願うなどと
いうことはないのだ。

<自分たちの土地>に「よそ者」が入って来て、しかも我が物顔でそこで振る舞ったら、
嫌悪し、ある時には排斥したくなる気持ちは誰にも湧き起こるのではないか。
その「よそ者」は同国人であっても、外国人であっても同じだろう。

しかし、感情だけでは根本的に何も解決しない。
追い出せば、あるいはホロコーストや民族浄化とかというおぞましい手段をとれば
解決すると思う者もいるかもしれないが、憎しみの連鎖をつくりだすだけだ。
今パレスティナで起こっていることが正にそうだ。
その当事者の一方が、なんとナチスに殲滅されそうになった側なのだから悲しい。


Mooさんの住まわれる町の北隣、長野県大町市では過日市を挙げての夏祭りが2つ
行われたのだが、ひとつは若一王子神社の祭礼だった。
私はこの神社より、大町市にもうひとつある大きな神社、国宝も有する仁科神明宮の
方が創建は遥かに古いだろうと思っていたが、そうとも言えないようで驚いたのだ。
もちろんほとんど神話の時代の話で、正確なことなどほぼ知り得ない。
それでも私には仮説が思い浮かんだ。

仁科神明宮の創建は実在は証明されていない景行天皇の時代(4世紀前後)で、
アマテラスを祀るため仁科王が建てたと言われ、
一方若一王子神社はやはり実在したか不明の、景行天皇の子垂仁天皇の時代
(やはり4世紀前後)これまた仁科王がイザナミを祀るため建立した社が
オリジナルだという。

大町市は市域が広いけれど、それでも、古墳時代と呼ばれる頃に仁科王が2つの
大和政権の神を祀ったことは何を意味するのか。

なにしろ長野県の神社となれば、諏訪大社が一番有名で、また創建も最も古い。
主神はタケミナカタであって、これは国譲りの出雲の神、オオクニヌシの息子だ。
この上社は諏訪に土着していた狩猟採集民との融和を示す特色があり、
このことから私は、まず洩矢神を祀る縄文時代からの土着民がいて、
弥生時代末期に出雲からアマテラス側のタケミカヅチに追われて信濃へ逃れ、
そこでその洩矢神の民と争い、いつか融和していった、と推測する。

時代を少し経て、ますます強大になった古墳時代人(主に中国中部・南部出身者たち)が
信濃へも入って来て、仁科王を長に、大和政権の神々を祀り、
諏訪社の勢力(元々アマテラス側と対立し敗北した出雲の勢力と土着洩矢神信仰
勢力)を南へ(つまり諏訪へ)と押し戻したのではないか。
安曇野は最も南の今の安曇野市まで、古墳時代人が席捲、穂高神社も彼らが創建したか。

突然安曇野の話、諏訪の話になったが、その訳は、
諏訪大社にひとつの、きっとそれなりに望ましい、異民族同士の融和の形があることを
書きたかったからだ。

今「日本人」のDNA構成は、古墳時代人のそれが最多を占め、次に弥生人、
そして縄文人のそれであると分かっている。

古墳時代人も弥生人も、大陸出身者だ。
つまりは元々、日本の右の人たちが嫌う、中国人だ。
だからそういう人たちは縄文人のDNAを珍重する。
それこそが大陸人と「日本人」を峻別するうるわしい遺伝子だ、と。

そしてその縄文人は、アフリカを出たホモサピエンスの形質をほぼそっくり残した
人々だったと言う。その後日本列島が大陸から海面上昇で切り離され、
孤立してずっと「純血」を保った。
その容貌は、当然のことながら、アフリカ人に近かった。

今ほとんどの「日本人」が東洋人の容貌であるのは、
弥生人(東アジアの主に北部出身)と古墳時代人が土着縄文人と混血したからである。

混血とはつまり、ほとんどの場合、融和ということであろう。



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