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The Song of Yokohama

いよいよ10月も終わる。

高齢者の多くは、晩秋や初冬になると残酷なほどに時の流れが疾いと感じるのだ。
Kは堂々たる老人の風体で働いている。
偉いなあとしか言えない。

先日彼の住むアパートへ行ったが、「アパート」に暮らす彼を訪ねるということなら、
彼が中板橋(=板橋区中台)に住んでいた頃以来のことになる。
その半世紀前のアパート所在地に彼は最近偶然仕事で赴いた。
そのアパートは下宿と言うべきもので、賄いがあった。
もう建物は無くなっていたが、彼はとても懐かしがっていた。

私は当時練馬区桜台に住んでいて、中板橋はそう遠くはないが、近くもない。
池袋まで西武池袋線で出て、東武東上線で彼のアパートへ行ったのは2、3回か。
当時の東上線の電車は機械油の匂いなのか独特の不快な香りがしたもので、
乗るのはできれば避けたかった。

他の同郷の友人・知人はそれぞれ京王線と東急東横線の沿線に暮らしていて、
特に東急線は「これぞ東京の私鉄」という感じがし、乗るのが楽しかった。
終点が田舎ではない私鉄は、東横線(当時終点は横浜・桜木町)だけだものね。

東急東横線沿線に暮らす田舎の知人・友人は3人で、
ひとりは学芸大学(目黒区鷹番)、他のふたりは菊名(横浜市港北区)だった。
学芸大学駅周辺は暮らしやすそうで、また洗練された街で、知人が羨ましかった。
菊名については、一方の友人がそこから徒歩30分ほどの鶴見区の<山の中>に
暮らしていて、なんと私は誰のアパートよりその友人のに足繁く通った。

まあ、その「友人」のこと、そのアパートのことなどは、名を挙げて過去に
書いているけれども、今回は書かないでおく。

「アパート」とは書いたが、その友人の住まいは一軒家だった。
とは言え、部屋はひと間で、小屋というのが正しい。
隣家や同敷地内の他の小屋から離れており、またなにしろ山の中だったから、
ステレオを夜でもかなりの音量で聴くことができた。

友人と私の音楽の趣味は多くの部分で一致していたから、旧譜も新譜も楽しく聴いた。
友人は時に踊り、時にエア・ギター、エア・ドラムス、エアー・管楽器をして
私をさらにentertainしてくれた。

特にChicagoの曲をよく聴いた。



上のはその頃の彼らの新譜で、第1期Chicagoの諸作品に比べれば非常に洗練された
fusion系とも言うべき楽曲になっているけれど、この都会的空気感に魅了された。

今でもたまに川崎経由で横浜方面へクルマを走らせる時、最高の選曲となっている。
私にとっては横浜の曲なのだ。

Though I can't foresee the future
With you I don't fear a thing

という歌詞がある。

素敵じゃないか!



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理由ある反抗

昨日挙げたAmericaのA Horse with No Name

'Cause there ain't no one for to give you no pain

という歌詞がある。
「変な英語だなあ」とは中学生の頃は思えもせず、だいぶ後年になってそう思った。
2重否定がそのまま否定になる俗な用法があるのは知っていた。
ゆえに前半部は「誰もいない」ということなのだが、さらにno painで否定語がくる。
そのまま文字通り解釈すれば、3重否定だから、「誰もなんらの苦痛を与えないことは
ないということもない」というような具合で、何を言っているのか全くわからない。

まあ、感覚としては、「誰も苦痛を与える者などいない」と言っているのだろうことは
分かってはいたけれどね、中学生の時でも。
それでもしかし面食らう。

それよりもっと面妖だったのは、「for to give」の部分で、まだ「for giving」なら
分かるのだが、どうすればここまでネイティブが文法を壊せるのか。
もちろん「for giving」にしたところでungrammaticalだ。

There isn't anyone to give you any pain

というのが<正式な>英語だ。
まあ、それではメロディーに全く乗らないし、ネイティブが無教養な英語を使うことで
示しうるなにかしらの話者の属性が正しい英語では台無しになってしまう、
ということなのだろう。

またさらに、歌詞の中に「The heat was hot」というのがあって、
「暑さは暑い」というような冗漫なことであって、これも変な英語であり、
ネイティブの中には最初の3重否定および「for + to不定詞」より戸惑う人が多そうだ。

私の好きな先代柳家小さん師がある噺で「寒さも寒い」というセリフを言ったのだが、
そのことを思い出した。

いや、こんな英語学上のことを書きたいのではないのだ!

私が中学生になって、いよいよ思春期に入り生意気な生徒になり、
校則を心底厭い、無理解な教師たちを呪っていた頃、
例えば「3人称単数現在形」を習ったときに「Beatlesは『she don't care』って
言っているぞ、それだって正しいじゃないか」と教壇上の教師を睨みつけた(笑)。

世の中には例外や、教師たちが言う「正しい答え」とは違う答えもあることを
<心の中で>反証して悦に入ったり、イライラしたりしたものなのだ。

そうした私の態度が、今度は教師たちをイライラさせた。
だから校長を筆頭に私は問題生徒扱いされ、「弾圧」を受けた。(笑)
授業中に校長自らが教室に入ってきて、問答無用で私のカバンの中を検査され、
校長の悪口などを殴り書きしたノートを押収され、父を呼びつけられた。

今なら分かるけれど、我が父は校長をはじめ多くの教師と面識があり、
また交流すらあったから、「息子さんがこれ以上反抗的にならぬように」ということで
<配慮>したのだろう。

それでも、不当な検査であるし、人権侵害であって、私は深く傷ついた。
なんらの効果的指導にならなかった。

まさにBeatlesのGetting Betterの歌詞、

I used to get mad at my school
The teachers that taught me weren't cool
You're holding me down, turning me 'round
Filling me up with your rules

俺は学校でよくキレたもんさ
教師たちはダサくてよ
俺を押さえつけ、矯正しようとし
規則規則で俺はがんじがらめ

であった。

突然の「you」の登場。正しくは「they」だろうに。
こうしたことも含む統語論的乱れをPaulは後々こう回想している。

Paul also explains about some of the phrases used in the song.
“It’s funny, I used to think of the bad grammar coming from Chuck Berry
but it’s actually more Jamaican, like writing in slang.
It just appeared in one of the verses, it felt nice, it scanned nicely,
rather than “I used to be an angry young man,’ ‘me used…’
We’d always grab at those things, lots of precedents with Elvis,
‘ain’t never done no wrong.’
At school the teachers would have said, ‘Isn’t it terrible grammar?’
and you’d say, ‘Yeah, isn’t it great?’”

「Me used to be angry young man」と歌では言っているのだ。
もちろん「Me」は「I」だし、angry young manの前には「an」が要る。

3重否定のことも言っている。

非ネイティブにはついていけないけれど、まあとにかく、
私は歌詞の通り「angry young man」だった。
Beatlesや他のアーティストたちがその<反抗>を支えていたのだった。


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田舎に暮らした13歳の自分懐かし

私が英語をお教えしている主に長野県某市の中高生の数人にある日訊いたー

「故郷をどう思う?」

なんとその数人全員が、遊べる施設などが少なすぎて都市的な魅力に欠け、
退屈な街であり、将来は出て行きたいというようなことを口にしたのだ。

私もその年頃はそう思っていた。
遊べる施設の少なさを嘆くことはなかったが、大学に行くつもりなのだから
故郷を出るのは必定だったし、それは東京行きを意味したから、
東京でなんとか暮らせていければと思っていた。

故郷に戻ることを考えなかったかと言えば、まるで発想だにしなかった。
暮らしを立てられる見通しがなかったからだ。
さらに故郷が魅力的とは思えなかった。

しかし今、高齢者となってなんだか加速度的に田舎はいいなと思うようになっている。

一言、懐かしいからだ。
思い出が慕わしいからだ。

YouTubeのおすすめでAmericaの「名前のない馬(A Horse with No Name)」の
1971年に発売されたシングルのジャケット写真を見た。



ラジオで最初に聴いた時に、猛烈に、私の「田舎心」とも言うべき詩情を
揺さぶられたものだ。

アコースティック・ギター中心の素朴な伴奏で、我が田舎の草原(くさはら)で独り
聴くにふさわしく、私が認識していたフォークソングとは言い難い、
独特の哀愁ありつつもpop性も宿した歌であった。

そしてジャケット写真ー
特にこの歌を作詞作曲したDewey Bunnelの長髪で痩身の姿に強い憧れを抱いた。
当時私は坊主頭を強制された中学1年生だった。
むろん彼のようにはなれないけれど、格好だけは真似たかった。
そしてなぜ真似られないのかと憤った。
「クx田舎のクx中学、呪われろ!」と思っていた。

・・・そんな自分が、そんな時代が、そんな田舎が、懐かしいのだ。


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2024 あららら、神無月もあと4日で終わり雑記

さて、自民敗北は当然ながら、裏金議員でも当選した者たちは「禊が済んだ」と
いうことで追加公認すれば209議席、公明党と合わせて233議席でちょうど全議席の半数。

ただ「裏金議員」として冷遇された(?)恨みを持つ18人が首班指名で石破さんに
入れるかどうかが微妙、その前に石破さんが身を引かざるを得ない展開もあろうか。

自民の腐敗ぶりを暴いたしんぶん赤旗と上脇教授のおかげでの
立憲や国民の棚ぼた勝利、すでに「ゆ党」となっている玉木党とそれに限りなく
近づいた野田党の旧民主党分派2党がどういう方向で動くのか。
剛腕・小沢一郎氏がどう動くか、動いているか。

投票率は相変わらずの低さで、政治に絶望している、あるいは無関心である
半数の国民・有権者がいる中、その人々の政治に対するネガティブな姿勢を
さらに助長する見苦しい混乱が政界に起き続けるような気がする。

*

Kの今日のvideoを見たら、なんとバンドのリハで大井町にまで行っていることに
驚いてしまった。おそらくメンバー相互の中間点でもないようなところであり、
「リハビリ中」の彼にとってはリハ前からキツいことであったろうに。

しかし彼は楽しかった、有意義だったと言っているのだから、私が何をか言わんやだ。
皮肉でなく、ご同慶の至り。

バンマスの功くんは新曲2つをリハにかけたとかで、相変わらず精力的。
師走にライブで発表するようだ。

私も、バンド活動ではないけれど、今撮り貯めている世田谷や狛江の風景を撮った
映像に音楽をoverlapさせた作品を年内に<必ず>発表する!

Kや功くんに負けちゃいられないとかということでは全然ない。
<ただ>己が歌うたいたるところを歌と映像で示す、
それだけのことだ。



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Go Vote!

投票済ませました。

子どもを連れて投票に来る中年夫婦を散見。
良いことですね。

みなさんの中でまだの方がいらっしゃいましたら、ぜひ。

子が通ふ小学校で投票す
鉢植ゑ指して「パパ、あれ僕の」


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2024 神無月下旬随想

私は言語についてかなりの旧態維持派ですし、
古典音楽もそのまま<古典>的なのが概して好きです。
神社仏閣が好きで、伝統的儀式は重んじます。
日本の気候風土が好きで、それに適応した結果生まれた田舎の風景などは
ただただ慕わしく、守っていきたいものだと心から思います。
女系天皇については考えがまとまっていませんが、愛子さまが即位されるのは大歓迎で、
天皇家の存在を否定したりする気は毛頭ない。

何度か書いてきましたが、私が今一番したいことは、
會津の田舎の熊野神社に大晦日の晩、雪道を踏みしめつつ行って、
新年を迎え、お参りすることです。

これらのことから、私なんて保守主義者だと言われてもおかしくはないし、
「そうだね、一部はね」と言うしかない。

政治的なtweetだかでフォロワーを減らしたという歌手のニュースがありました。

アホくさい。
その歌手がじゃあ何を言っているのかと思ったら、現政権批判であって、
それを政治的と言うなら言えばいいけれど、
常識や社会的規範、道義または法律上おかしいことをおかしいと言うことが政治的とは
一体どういうことなのでしょうねー

天皇親政国家樹立とか、スターリン的共産主義国家樹立とかを訴えているのなら
それは政治的発言でしょうけれど。

歌うたいなんて花鳥風月や恋を題材に人畜無害なことを歌っていりゃあいいとは
よく聞く話ではありますが、花鳥風月も恋も、世の中の動静と無関係なはずはない
わけでして、歌うたいも世捨て人になって山奥で庵を結んで超然として生きていける
世の中ではないですよ。

*

そうなんだ、書いておかなきゃって思ったのは、
このあいだの木曜だったか、金曜だったか、砧公園南西の木立でアブラゼミが
鳴いていたこと!
異常だと思うな、やっぱり。
来夏鳴くはずの個体が、あんまりはっきり秋が来ないもんだから出て来ちゃった?

*

藤井七冠の安定ぶりもこれまた<異常>。
たまに取りこぼしがあっても、強さに磨きがかかっていて、
彼がいなければタイトル獲れる<並の天才棋士>たちに対しほぼ常勝。

そのひとり、竜王戦の相手佐々木勇気八段の投了後の絶望ぶりがすごかった。
終盤の力の差がどうにもならないという自覚だろう、痛々しかった。
終盤力で追いつける棋士、その潜在力のある棋士は、きっといないし、
これからも当分、いや、藤井君が現役の間は、出てこないのではないか。

だから挑戦者たちは、序盤中盤でかなりの優位に立っていないといけない。
そんなことはみんな分かっているのだけれど、どうにもならないのだ。

藤井くんが<おそらく>研究していないだろうという戦型で挑むけれど、
それでも見事に対応されてしまったのが昨日の竜王戦第3局だった。

佐々木八段は自分ではこれまで全くやらなかった振り飛車の内の
「ダイレクト向かい飛車」を採用したのだが、粉砕されてしまった。

名人戦挑戦者はおそらく佐藤天彦九段になると早々予言しておくけれど、
彼も居飛車を捨てて振り飛車党に転向した口だが、
藤井名人はびくともしないだろうな。

伊藤匠叡王は、藤井くんに勝って以来、なんだかパッとしない。
燃え尽きた部分があるのだと思う。

それでも、さしずめ将棋の歴史開闢以来の大天才に伍せる<かもしれない>のは
彼か永瀬拓矢さんしかいないと思う。

おもしろくしてほしい、将棋界を。



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イモいままで

今日は姉の誕生日。
兄と弟ばかりで、同性としての話ができるのは母とのみだったから
その点は気の毒だったけれど、その分(!)娘を3人産んで、
母娘全員ずっと仲が良く、同慶の至りなのだ。

*

福島テレビ(福テレ)の「空ネット」が好きな番組であることは過去に述べた。
齋藤気象予報士が出色のキャラクターであり、アシスタントの局アナである
東京新宿区出身の大久保さんと福岡出身の古賀さんが愛らしい。

昨日は1971年に撮影された吾妻スカイライン沿いの紅葉の様子が映し出され、
カラーではあったものの画質は悪く、また何より映し出された観光バスやクルマの
スタイル的垢抜けなさと言ったらため息が出るほどで、
こんな時代をまちがいなく生きていた私は、
「どんだけ前時代人やねん!」と独りツッコミをしたくらいだ。

Mooさんの新人教師時代の写真がブログで紹介されていたけれど、
やはり大体同じくらいの年代のもので、
失礼ながら女子高校生たちもfashinableとは到底言えない、素朴な容姿の人ばかり。

私が、もしかすると普通の同年配の人よりこのギャップにより多く
嘆息をついているとするなら、それはやはり、1971年はBeatles解散の翌年で、
彼らの1967年以来の垢抜けぶり、最先端のファッション感覚にすでに慣れており、
彼らのような格好をしたいと熱望していた自分をしっかり憶えているからだと思う。
その同じ時期、日本は、特に田舎は、こんなにも「イモい」のだった!

いやいや、私がその当時もう流行の先端を行っていたはずもなく、
會津の片田舎で坊主頭強制のイモい中学に通っていたただのイモい少年だった。
それでも、Beatlesを見聞きしていたから、
世界最先端のミュージシャンがいかにfashionableかは知っており、
そのスタイルは今でも全く古くないのは「Let It Be」や「Get Back」の
映像を見れば一目瞭然だ。

有名な「Roof-Top Concert」の彼らのカッコよさは永遠だ。

そして私は東京世田谷に住みつつも、イモい高齢者をやっている。

嘆息、吐きまくりである。


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Death, after all, must not be joked about

昨日はvideo shootingで砧公園と近隣の瀬田に在るフラワーランドへ。
帰りしな、出口付近で体操をやっているとしか思えない上半身がごっつい大学生
らしい青年とすれ違った。
見ると、前髪に葉っぱが付いていて、ちょっと迷ったが指摘すると、

「あ、ほんとですか?あ、ありがとうございます。」

彼がその葉を取り除いてから、少し間を置いて私が

「カッコよかったですけどね、飾りみたいで」

と言ったら、彼は意外にも「ガハハハハハハ!」というような到底上品とは言えない
笑い方をして私は面食らった。
独り花苑へやってくる若者なんてなかなかいるものではなく、
雅を解する人物と勝手に思っていたのだった(解しているかもしれないが)。

私も品の良い笑い方をしない自覚があり、これは教訓だなと思いつつ去った。

*

YouTubeで「笑点」の「歌丸vs六代目円楽」ものが「おすすめ」に。
五代目圓楽司会時代ではまだしも、歌丸さんが司会になってからの円楽さんによる
歌丸さんの死にまつわるブラックジョークがいよいよシャレにならなくなって
きているのに、「定番」として歌丸さんをやり込めていくのを何度も何度も見て、
私は本当に笑えなくなっていた。

お二人の間にはそのネタについて了解があったことは知っているけれど、
それでも、加齢がいよいよ進み、また病気入院も重なってきつつある時期に、
生老病死を<シャレ倒す>ことで、また笑い飛ばすことで、
なにより「笑点」のmannerismを徹底することにお二人が合意していたとは云え、
「そんなふうに人の病気や近づく死のことをからかっているとバチが当たるぞ」という
思いが募ってきて、そしてー

確かに円楽さんは歌丸さんのご逝去後たった4年で後を追うことになったのだ。

円楽さんは歌丸さんの14歳下だった。

忘れられない<シャレ倒し>合戦があった。
円楽さんが「ゾウさん」の替え歌で「歌さん、歌さん、お迎え近いのね」と挑発、
歌丸さんが「そうよ、お前を道連れよ」と応じたのだ。

4年のインタバルは短くはないかもしれないが、2018年7月の歌丸さんご逝去の
たった2ヶ月後に円楽さんに肺癌が見つかるのだ(10年前に大腸癌手術を受けていた)。
それから脳などへの転移もあり、病状は急速に悪化していく。

円楽さんはひと財産築き、人脈も圧倒的な広さで、落語界全体のために働き出していた。
だから重篤な病を得て、悔しかったに違いないのだ。
生への執着は強かったはずなのだ。

笑い飛ばして、シャレのめしていたはずの死の影が、
先輩で相棒の歌丸さんの死にほとんどクロスして自分を覆ってくるなど、
おそらくひとつも思っていなかったのではないか。

「忌み言葉」というのがあるけれど、やはり、死をジョークにするのは、
なにかそれを超越しているような気分はあるかもしれないものの、
避けるべきであると私は今しみじみ思うのだ。



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Eさん、博識ある検査技師になってね

日本の財界も、もう自民党には見切りをつけたらどうなのか。
しんぶん赤旗がまた巨悪を暴いた。
非公認候補に2000万円を政党助成金から「党勢拡大のため」配ったというのだ。
こんな不正を連発する政党を支持する財界って、世界中から顰蹙を買うぞ。
アンフェアなことをやる政治屋たちと結託する彼らってカッコ悪いを通り越して
世界の経済界から白眼視される存在になる(もうなっているかも)。

*

今高2の生徒さんらは全国的に担任教師と面談しているはず。
私が英語をお教えしている生徒さんらもまさに今その真っ最中。
ある生徒さんは見事なバランス型の成績、しかもすべて高得点なのだ。
まごうことなき国公立大型、しかも上位校を狙える成績だ。
その生徒さんが、担任から受験科目に特化する勉強をせよと言われて、
「自分は何事にも全力を尽くすタイプなので」「面談後モヤモヤした気分だった」と
私に言ってきた。

私はKのことを思い出した。
Kは高校時代字が上手く、レタリングも巧み、さらに絵も上手だった。
そこでまさに高2の時、美術大進学を勧めた。
彼は「そうだな」と、美術科の教師に相談しに行った。
その教師、美術大に受かるのは半端なことではない、専門的指導が要る、
合格できて卒業できても、美術で食っていくのは大変だというような紋切り型の
ネガティヴ指導で、結局Kは受験を断念したのだった。
Kはしかし後にデザイン事務所を自ら開業、成功した。

NYのやすさんのことも思い出した。
彼女が私がいた塾に入会したいと窓口に来たとき、私はたまたまそばにいた。
対応した塾講師がやすさんの志望が芸術学部写真科と聞いて、
上の美術教師のようなことをお節介にも初対面のやすさんに説き始めた。
私は横で聴いていて腹が立ってしかたがなかった。
彼女は結局高3から入塾し、見事にその志望校に合格、プロとしても頭角を現した。

経験値高いと自負する大人が若者の夢をつぶすパターンは世間に横溢していよう。

私は上述の高2の生徒さんに、幅広く学んだ人はその分だけのメリットがあり、
それを活かす生き方を選択していく以上、メリットのままになるという当たり前を説いた。
受験科目ではなくとも、学んで試験もある以上、全力を尽くしたいという
その生徒さんの意気を尊重しない<指導>なんてあってたまるか。

理系数学や生物が学年1位で国公立理系志望のその生徒さんー
文系も強く、例えば政治経済と古典は学年1位だったりする。
うらやましいほどの文理両道ぶりだ。

それが活かされるように生きればいい。
「ジェネラリスト(generalist)」、専門もありつつ、博識があるー
なんて素敵だ!

私もなりたかった、とその生徒さんに言った。


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思いがけぬ激励

昨日は昼過ぎ娘と孫に会いに都心の某所へ。
いろいろな事情で今年最後の親子三代の会合となるので、一刻一刻を大切にした
(って大袈裟か)。

帰り、Kのところに寄って夕食を一緒にとった。
1週間遅れで彼の状態が分かるvlogを日々彼のチャンネルで見ているが、
リアルタイムではどうなのかという心配や興味もあった。
会ってみて彼の状態は体調を崩す前と変わらぬようで安心した。

帰宅すると塾長からLINEで、彼女が知り合った「福島出身」の人に私の歌を
聞いてもらったらしく、「どの歌ですか」と問うと、これだったー

https://www.youtube.com/watch?v=ywt7r7F_jAE

Kが六年前に編集してくれた我が反核の歌。
1990年くらいにG Stringに移行する前のELIXIRと名乗ったバンド時代、
アメリカ人(アイリッシュ系)ディレクターとオーストラリア人(イタリア系)
録音エンジニアとで一口坂スタジオでデモとして録ったものだ。

本編を短く編集したもので、私が福島第一原発に近づける範囲で撮った写真や、
津波で壊滅した南相馬市や名取市閖上地区の写真を中心にKがまとめてくれたのだ。

私は、やはり津波と原発事故で大きな被害を受けたいわき市出身功くんの
鬼気迫るギター・ソロを「まるまる入れて」とKに頼んだのだった。
(アメリカ人ディレクターS.P.氏は自分が聴いた中の「one of the best solos」と
言った。本当にそう思う!)

塾長が知り合われたその「福島出身」の方はこうメッセージをくださったそうー

「教えていただいた動画を早速拝聴しましたが、なんて美しい声!!
そしてなんて凄い歌詞[涙]
清らかな水が違和感も無く身体の中にスッと入る様に、
声と歌詞が心にダイレクトに入ってきました?[ぴかぴか(新しい)]

考えさせられますね、、、

シェアして下さりありがとうございます〓」
(註:最終部絵文字は「合掌」)

こちらこそ感謝。

思いがけないタイミングで塾長とその方に励まされた次第。

Kも「復活の道」を順調に歩んでいるようだし、
あとひと頑張りだね、お互い。

これからもよろしく頼む!



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基本的な英語で十分なのだ

アメリカ人の中には、アメリカにいる以上英語を話せと言う者が一定数いるのは
今までの報道等で知っている。
いや、日本人だって、移民が多くなってきて、日本語がたどたどしい人や、
出身国の言語で仲間同士話してばかりいる者がいたら、
同じようなことを言う人はいるだろう。

YouTubeでは、私が英語関連のチャンネルを見ることがあるから、
おすすめに多くの「ネイティヴはこう言う」だの「日本人の英語 ここが変」だのの
ビデオがあがってくる。

もちろん私のような生涯英語学習者にはためになるものがあるけれど、
「おいおい、そこまで外国人に要求するか」と呆れてしまうレベルのものも
<軽いノリで>上げられていて鼻白むことの方が多い。

例えば、「I'll bite」はもちろん「齧ってみます」だが、「で、なんだって?」という
意味になる。「lay an egg」は「卵を産む」だが、「うまくいかない、コケる」と
いう意味もあるのだ。

日本人(および全ての非ネイティヴ)の一般の学習者が、
そこまで知っていなければならない義務も必要も一切ない。

上の例なら、前者は「Then what? (I'm interested.)」というようなニュアンス、
後者は「do/does not work well」などと言えれば十分だ。
そんな表現をネイティヴが使ってきたら、「I don't get it. What do you mean?」と
返して説明させればいいだけの話だ。

誰もが現代スラングにも精通した英語学のexpertになるわけではないのだから!

私は英語が好きだけれど、<英語帝国主義者>の押し付けがましさ、
「ネイティヴはこう言うんだ」という、非英語話者には<英語大海の一滴>のような
知識をしたり顔で覚えておけというような傲岸不遜は大嫌いだ。

ということではあるが、それなり長く米英などに暮らして、
ある程度の英語運用能力を身につけない外国出身者がいれば、
米英人らが「それはどうなの。この国に暮らして、ここの経済や福祉に依拠しており
ながら、この国の文化の要、英語に熟達しようとしないのはどうなんだ」と
言いたくなってしまう者がいても不思議ではないと私も思う。

もちろんゆえにその人を口汚く非難していいはずはない。

それでも大谷翔平さんがいつまで経ってもインタビューに通訳をつけていることに
首を傾げるアメリカ人は多かろうと思う。
この頃全く私は見ていないが、大相撲で外国出身力士が見事な日本語を操るのを
何度も見聞きしてきて、彼らにこそ外国語学習の秘訣、要諦が見出せるではと思った。

親方の家に寄居し、日本人の先輩たちに四六時中日本語で話されていたら、
早く、そして日常会話ではかなり高度な段階まで日本語が身につくものなのだろう。
むろん学習意欲やその必要がなければいけないけれども。
そうなるまでの必要な時間はまちまちには違いないが、比較的短時間であるのは
疑いがないように思われる。

大谷さんはすでにsuper human扱いされているし、まさにそうだ。
だから、言語能力でもそうあってほしいと願うアメリカ人も多かろう。

It's been my lifelong dream to play in the World Series,
and I've made it come true.
My next dream is to make Dodgers become No. 1 in the world with
my great teammates.

くらいは言えてほしいだろう。
上の英語は全て中学英語範囲なのだ。



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見ざる

昨夕、義父の娘と彗星観望のラストチャンスということで成城3丁目へ。
待つこと1時間強、結局見られなかった。

空は冬空と言ってもいい澄み方であったし、期待したのだが、
先日私が独りで見た時に比べ、彗星自体の光度が落ちてしまっていたのだろう。
肉眼ではおろか双眼鏡でも見えなかった。
風が寒く、それなり厚着はしていったが、冷え切った。

前回同様、あるいはそれより多く同好の士(?)が集まった。
ラストチャンスであり、また日曜であったから、子どもが何人も親に連れられて来ていた。
8万年に1回の彗星地球近辺への来訪に胸ときめかす少年少女の健気さに
私こそ胸熱くなった。本当に気の毒だった。

ずっと暇であったから、双眼鏡で肉眼より<一足早く>見える1等星級の星を探した。
約マイナス4等星の金星は措いておき、恒星を探す。
金星の近くでまず見えたのは春の星座うしかい座のアークトゥルス。
「春の星座」とは、春の午後8時頃に南中ないしはその付近に位置するがゆえの呼称。
晩秋では午後5時頃の日没後に南西の地平線より少し上に見える。
金星を基準に彗星の位置を探るから、金星を何度も何度も見ているうちに
その少し上に1等星が見え始めて、夏の星座さそり座のアンタレースであると同定。

おお、そうだった、そこより少し北の地平線に沈まんとする太陽は今、
天秤座からさそり座に移るところなのだと、三十代や四十代なら毎日のように
意識していたことを久しぶりに認識して感動、来た甲斐があったけれど...。

天頂付近は夏の大三角。
北の空には北斗七星の「柄」の部分だけが見えていて、懐かしや、
ミザールとアルコルの美しい2重星のことを思い出し、
2等星ミザールに双眼鏡を向ける。
「おお、4等星のアルコルがしっかり見える!」
と義父の娘に言ったのだが、彼女はスマートフォンのカメラ調整に余念がなかった。

「この2重星の暗い方が見えれば視力試験合格という時代が大昔あったんだよ」
などと言ってみたけれども、「そうなんだ」の返事で終わり。

「4等星の方をアルコルと言うけれど、こっちの方が見えにくい、
あるいは見えないという人が多いに決まっているから、
こっちを『見ざ〜る』っていう名前にすれば良かったのにね」

・・・とは言わなかった。
「もっと冷え込んじゃった」と言われるのがオチだったから。

東の空にはオリオンが出始める頃。
光害甚だしく全く見えなかった。
プレアデス(昴)も久しぶりに双眼鏡で覗きたかったけれど、ダメ。

とっぷり暮れても彗星は見えず、観望は絶望、寒い寒いと言いながら帰路へ。

義父の娘には気の毒であった。


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博物学者

未明、木枯らしの吹く中歩いてみた。
秋の東京では珍しい朝と言っていいー
強風ながらしかし雨は降っていないのだ。

今夕は確か彗星観望のラストチャンス日ではなかったか。
空は先日より澄んでいるはず。

彗星は英語でcometで、これはラテン語「cometa」からだが、さらにその出自は
ギリシア語であって、「komētēs」=「髪の長い星」なのだ。
この「kom-」や「com-」が今の英語「comb(櫛、梳る)」に通じている。

一方、流れ星は英語でmeteorで、今日本の知識人がよく使う「meta」という
ギリシア語由来の接頭辞ないし語幹からできており、
この際のmetaは「より高い、高次の、彼方の」を意味していて、
「metaphysical=形而上学的(形を超えた、目にみえる形・物よりも高次の)」で
その意味がよくわかる。
だからmeteorは「高く<空に上げられた、浮かぶ>(=aoros)もの」から来た。

そして延いては天空にある物一切、つまり雲なども含めて調べることが
meteorology「気象学」となった。語源的には「天空学」でも良かったろう。

私はこの<空で起こること>に、遅まきながら30歳を越してから夢中になった。

昨日は寒冷前線の通過と聞いて、二子玉川へ自転車で行き、
夏が残る東の太平洋高気圧の空を段々と西から覆ってくる大陸の空気ー
その2つの気団間にできる雲を見に行ったのだ。

私が大昔に生まれて、このような<楽しみ>を持つ男だったなら、
きっとmeteorologistになっていただろうな。
え?
MNEMOなら植物学者だろって?
ああ。

じゃ、やっぱり昔は歴とした学問だった博物学の学徒でしょうかね。
私は名前が「博」ですから、親はよくぞ名は体を表す「博」と命名してくれた!


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時空間をうろうろする存在

浄土真宗・親鸞会の菊谷講師が多数のチャンネル登録者を抱え、
毎日のようにYouTube説法をされている。
私は、何度も繰り返すが、特定の宗教宗派に属することはない。
(それを誇示して言っているわけでもない。)

最新の回では、浄土真宗では使わないことばとしていろいろ挙げ、
理由を手短に示しておられる。
「絶対他力」の教えだから、凡夫の修行や功徳の積み重ねなどを顧慮しないのは
よく分かるから、なるほど「修行」や「功徳」ということばは用いない。
「戒名」もそうで、亡くなってこれから戒律を守り仏になるというのではないー
阿弥陀様の救いこそ全てなのだから、「自力」の往生などあり得ないのだ。

他にも例はあるけれど、まあなにしろ、浄土真宗・親鸞さんの教えは、徹底して、
どんな生き方をした人間も阿弥陀仏との縁を持って信心をいただき、
救っていただくのだということに尽きる(はずだ)。

浄土真宗の熱心な信者の家に生まれた宮沢賢治が、
親に反発し法華経の信者になったのは有名な話だけれど、詳しく調べたことはないが、
賢治さんは、絶対他力や悪人正機というようなこの世の人の行いは究極的には
まるでどうでもいいかのような解釈が成り立つ(かもしれない、ないしは、そう考えて
しまう人が出てくる)教えになじめなかったのではないかと、
私は勝手に推しはかるのだ。

『グスコーブドリの伝記』での「ブドリ」のように、自己犠牲して他を救うー
あるいは『銀河鉄道の夜』におけるジョバンニの言う
「ほんたうにみんなの幸のためならばそしておまへのさいはひのためならば
僕のからだなんか百ぺん灼いてもかまはない」という究極の利他精神こそ仏の道、
あるいは菩薩道と賢治さんは思ったのだろう。
(なお、創価学会の一部の会員で、れいわ新選組の山本太郎さんを正に令和の菩薩
として支持する人たちがいる。YouTubeでその方たちのチャンネルが「おすすめ」で
出てきた。)

私は、どっちの宗旨も結構(That's all right、ということ)だとしか言えない。
私の父の家は墓を曹洞宗の寺に置くし、母方はずっと浄土宗だ。
曹洞宗は禅宗でまた法華経を重んじており、やはり<修行・功徳>系だ。
浄土宗は真宗の母体とも言っていいから両者はよく似ていて当然ながら、
真宗は「他力」を徹底している。

浅学で門外漢の私が真宗や法華宗を語るのは全く不届千万だし、
それが今回の記事のメインではもちろんない。

私が書きたかったのは、冒頭から述べていた、真宗では使わないことばとして
「草葉の陰から見守る」があったことからの思索なのだ。

私はこのブログをもう18年ほど書き継いでいるけれど、
緑陰には三次元空間に四次元(つまりプラス時間)時空間が貫入するところがあると
<詩人的に>書いてきたことが何度もある。
蝉はその貫入部で歌を歌う昆虫なのだ、とも。
緑陰でなく、草葉の陰ならば、やはりその貫入部でコオロギやスズムシが
歌っているのだ、と。

緑陰や草葉の陰はだから、時空間を自由に行き来できる<存在>にとって出入口だ。

「草葉の陰から見守る」存在はだから私にはいる。

浄土真宗ではそういう<時空間をうろうろする存在>などいないのなら、
私はその点は納得できない、ということを書きたかったのだ。
詩人、<うたびと>として、首肯できない、ということなのだ。



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風雅の中での狂気

東京外語大名誉教授で、防衛大学校でも教鞭をとった伊勢﨑賢治さんが
れいわ新選組の比例候補として立ったことは驚くべきことだ。
いかに<現実的に>戦争を回避するか、止めるか、やめさせるかについて実際の交渉
場面で事に当たった人が、山本太郎とタッグを組むことを決断した意味は大きいと
私は思っている。

片やある国政政党を目指している団体で、トップ2人が先の衆院補選での党候補に
夕食のカレーをふるまうと言いつつふるまわなかったことでその候補が今
「いじめだ」と20万を超える登録者のいる自身のYouTubeで訴え、
その団体トップのひとりがSNSで反論するという低劣極まる「論戦」をしている。

れいわ新選組を後発の軽い政治団体と思う勿れ。
最近できた他の政治団体と比べられるのもバカバカしい。
山本太郎さんの勉強量、行動力、presentation能力、そして国民への愛は、
総合して、日本の他のどの政治家より抜きん出ている。

*

TVで都立砧公園&隣接の世田谷区立大蔵運動公園でのサクラの狂い咲きが
報道されたらしい。
私はその椿事(桜事)の第一発見者とは言わないが、それに近いはず。笑
それは桜の「一期は夢よ、ただ狂へ」という私へのメッセージだったと言ったら、
やっぱり狂っていると思われるだろうな。
昨日も金木犀との会話とか平気で書いているし。

しかし「狂う」と言っても、私は風雅を大切にしたい者だ。
風雅の中での狂気だ。
それを弁えずしてのただの<とち狂い>をする者を友とは決してしない。

だから必然的に私はより孤立する。
そしてそれで全然いい。
強がりでもなんでもない。

私しか分からぬ「風雅の中での狂気」なら、それでよい。



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2024 神無月雑記 5

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おとといくらいから金木犀の香りが街中に漂い出した。
福テレ「空ネット」ではもう半月前くらいに福島ではあの香りを楽しんでいると
言っていたので、ようやくその気温に東京もなったということだろう。

けれど、今も暑いぞ。
窓を開けているけれど、部屋ん中涼しゅうない。
やっぱり温暖化は深刻だ、何度も思ってきたけれど。

さて金木犀、私には必ず開花時に挨拶に行く6、7株がある。
狛江市西和泉の多摩川住宅一角の生垣になっている金木犀だ。
10年ほど前になるか、私は肉親を相次いで失い、自身も体の変調があって、
精神的に相当やられてしまった時期(半年ほど)があり、
そんなとき、秋晴れの一日、なんとか外に出て多摩川べりを歩いた。
そしてその金木犀の生垣に出会い、本当に、癒された。

「来年もまた、開花の時、来るからね。私を守ってください」

などと私は口にしていた。
その頃本当に来年までもつだろうかと思っていたのだ。

翌年再会して(とは云え開花していない時期にも何度か挨拶に行ったが)、
私は落涙しつつ金木犀からの加護を感謝した。

写真は、すでに落ちて葉の上にのっていた花びらだ。
なんとか壊れぬように摘んで、掌に載せた。
本当に小さな花だけれど、愛おしくてしかたがない。
香りもちゃんとする。

*

西田敏行さんが亡くなったそうだ。
彼は、まあ同郷と言っていい福島中通り(郡山)出身だった。
生涯訛りが消えなかった。
顔の骨格がKとよく似ていると昔からずっと思ってきた。

そのKと世田谷区八幡山で暮らしていた1980年頃、
よく行った八幡山バッティング・センターである日彼と共に西田さんに遭遇した。
「八幡山」と名を冠していたが、正確には世田谷区粕谷にセンターは在った。
彼は売れ出した頃で、若く、お連れ合いと子どもさんと一緒に訪れた。
私らの目を意識しながら、笑顔を振りまいて、バットを振っていたっけ。

ご自宅で亡くなっていたというし、そのご自宅は粕谷に在るそうだから、
ずっとあの芦花公園近辺を愛され、終の住処にされていたのだな。
ニュース記事では「豪邸」とか書かれているが、私とKが遭遇した頃はまだそんな
何億もするような家は建てられていなかったのではないか。
どんどん出世して、家を大きくしていったのか。
彼ぐらいなら、それこそ成城にでも豪邸を建てられたろうに、
よほど粕谷が好きだったんだろうな。

ご冥福をお祈りします。



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鬼面人を威しつつも、あの笑顔見られるか

昨日「鬼貫シリーズ」の何度めかの再放送最終回を見た。
前回それを見たときの感想も昔書いているけれど、
https://mnemosyneoforion.blog.ss-blog.jp/2020-09-18
しみじみ、いいドラマだったなあとあらためて思っている。

やはり鬼貫役の大地康雄さんの演技がすばらしいのだ。
昭和なら決して主役を張れない容貌の彼だけれど、平成では三枚目以下の容姿でも
それが個性として、またリアルさの追求の中で、シリアスな劇においても
珍重されるようになったと見ていいだろう。
同時代のミステリーものでは、まだまだ「十津川警部」や「浅見光彦」シリーズで
二枚目俳優が起用されていたけれど、大地さんや中村梅雀さんのような
<個性的な>容姿容貌の俳優が活躍するようになったのは刮目すべきことだった。

妻役の左時枝さんの演技も出色だった。
夫の糖尿病で厳しく食事管理する妻をコミカルに演じたが、
時に妖艶な表情も見せたりして、飽きのこない、ドラマの味付けにおいて
良質な香りづけ系のスパイスのようであった。

さらに上司・東中野署刑事課長(おそらく階級は警部)役の天田俊明さんが渋くて、
カッコよくて大好きだ。
また、シリーズで最も長く鬼貫の相棒役を務めた羽場裕一さんも良かった。

「火曜サスペンス劇場」終了と共に1993年から13年間18作、
2005年で終わってしまったが、それからもう19年も経つわけで、
実際の大地さんも72歳、砧公園付近でお見かけするが、
むろんもう現役刑事役は無理である。
残念だ!

もしまたすれ違う際は、「あなたのファンです」と言いたいところだが、
気難しい、あるいは厳つい、あるいは怖い顔をして歩いていらっしゃるから、
反応が恐ろしい。

けれども、もしかすると、ドラマで妻や娘の前でコミカルになる鬼貫八郎のように
相好を崩してくれるかもしれない・・・。


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すいせい夢死

笑えるよね。

8万年前って、ホモ・サピエンスが「出アフリカ」した頃なんだ。
これから欧州人やアジア人などに分岐していく前の人類が、
昨日ワシが見た彗星を目にしたっちゅうことになんねん。

縄文人すらまだ<でけて>ないねんぞ。
すごっ。

縄文人も弥生人も、古墳時代人も、飛鳥時代人も、奈良時代人も平安時代人も、
鎌倉時代人も、南北朝時代人も、室町時代人も、戦国時代人も、
安土桃山時代人も、江戸時代人も、明治時代人も見ることがなかった彗星やで。

大正生まれの人はまだご存命ということがありうるさかい、除きまひょ。

え?
そんなもん見なくたってどうでもええやろって?

ああ、そこで人間のタイプが大きく2つに分かれまんなあ。

ワシはどうでもよくないと思う方でおます。
そしてそういう人間であってよかったと思うてます。

だから歌歌ってます。

人生は「すいせい夢死」ではおまへんか?
たとえシラフで生きた人も、「一期は夢よただ狂え」だっせ。

狂って、歌ってます。


*註 ただしMNEMOはほとんど飲みません。夢に酔って、夢に死ぬのでおます。



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見えたぞ、紫金山・アトラス彗星

IMG_1128.jpeg

すごい。
おらは静かに感動していただ・・・
だって成城3丁目不動橋にはいっぱいギャラリーが。

おらが着いた時は10人いたかいないか、西の空はまだ少し明るかった。
そして三々五々人が集まってくる。

「4丁目の人が家から昨日よく見えたって。」

あるご婦人が言う。

「今日は黒い雲が棚びいていて、ちょっと条件が悪いですかね。」

おらより早く来ていた新米ご隠居風の男性が言う。

その人を含め二人の詳しい男性が右と左で解説している。
待つこと15分くらいか、俄然両サイドが賑やかになる。

「お、見える、見えますよ。
あの観覧車見えます?よみうりランドの。
それのちょっと左斜め、意外と高いところに今見えてますね。」

「お〜、ほんとだ、見える見える!肉眼でも見えますね!」

「尾を引いてますね、ほんとに!」

もう不動橋の上は50人くらいの人が屯している。

薄雲もかかっていて、鮮明には見えない。
おらも懸命に双眼鏡で探す。

うおッ!
見えた。
8万年に1回我らがEarthに近づくコメットさんが!

肉眼でも確かに見える。
すごい。
感激の声を出したかったが、上記の通り、静かに感動する。

(上の写真では、大映りしている男性の頭、ちょっと左斜め上に彗星が。
撮れると思っていないでシャッターを押したダ。
西の空を見る人集りを写そうという趣旨だった。

・・・写ってた!

写真をクリックし、大きくして見てね!)



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彗星、見えるかな

私、記事連続更新の記録をきっとそれこそ更新していると思うけれど、
「いいね」連続記録と最多記録を独走されていた「xml_xsl」さんが
とうとう昨日の記事で更新ストップとなってしまい、残念だ。
そしてこれまでずっとご好意をお示し続けていただき、ありがとうございました!
またよろしければ・・・。

*

8万年周期の彗星が見られるということで、雲がなきゃ、今夕トライしよう。
80,000年に1回って、天文学的数字ではあるが、桁は相当に少ない。
太陽系スケールだとそういうものだろうね。
その我らが太陽が「天の川銀河」を一周するのに2億年以上かかるから、
これはまさに天文学的数字だ。

しかしちっぽけな一人の人間としては、80,000年に1回の珍事でもすこぶる貴い。
年1回の自分の誕生日だって十分貴いんだからね。

*

分を弁えろ、っていうのがあるよね。
私はかなりこのことを意識して生きてきたと思う。
それで消極的だと言われたりもしてきた。
また、自分でもちょっとリミットかけ過ぎかなと思わなくもない時があった。

EUROXからの脱退だって、私の能力に<過分>な期待をされているということで
悩んだ末の逃亡だった。

分を弁えている、慎重だ、消極的にすぎる、臆病だ、弱虫だー
みんな当たっている。

こうした、もう私の性格と言うべき心の傾きは、一生ものだ。

てへ。


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EUROX世界配信

https://warnermusicjapan.lnk.to/EUROX_DSPs

Warner Music Japan様、そしてMick師匠のご尽力などをいただき、
上のように世界配信サイトでEUROXの音楽が聴けるようになりました。
厚く御礼申し上げます。

サムネイル画像の一番下のは、Simoちゃん=下山真吾氏(シモグミ社長)
デザインのもの、氏にもYAMAHA Music Entertainment様にもご協力をいただき
ました。

よろしければお聴きください。

デビュー曲「Cold Line」発表から40年経ったのですね。
作曲は故・井上大輔氏、作詞は私King Reguyth、アレンジメントと演奏はEUROX。
遠い遠い記憶の彼方のことになっていますが、こうして新たな世界規模の発表の機会を
いただきまして、心から感謝申し上げる次第です。

*

本来、EUROXがすばらしいスタートダッシュ(Cold Lineのイタリア発売、
B面のOut of Controlアメリカ発売の打診、Level 42イギリス国内ツアー前座出演の
打診、サントリー様から2つの、またMIKI HOUSE様からもCMのイメージソングを
採用していただいたこと、さらにサンライズ様、日テレ様から『機甲界ガリアン』の
OPとEDを担当させていただいたこと等など、
順調という言葉を超え、破格の出だし)を切ったのに、
1年もたず脱退してしまった私が、<どの面下げて>、
ex-EUROX memberでしたとノコノコ出てくるのか、と非難されて当然なのです。

それでも、こうして、そうした経緯がありつつもEUROXの作品を再び世に出して
くださる皆様のご厚意に心から感謝申し上げ、恥ずかしながら、
今回の世界配信につき、このブログの読者様にお伝えさせていただきます!


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2024 神無月雑記 4

涼しくなって、超朝型でいる意味がなくなった。

*

Mooさんの最新記事を読んでいて、我が家の庭木を刈り込まなきゃとますます思った。
春に、樹勢を衰えさせてしまわないかとおっかなびっくり枝を落としたのだけれど、
いやあ、樹木というのは強いものだなあ、今は縦横に幅を利かしている。

特にピラカンサと柚子(義父はそう言うが、私は違うのではと思っている)の木が
旺盛な生命力で、道路側にかなり張り出しており、通行の邪魔にはなっていないけれど、
なにしろ見栄えがしないどころかだらしない有様だ。

*

KのYouTubeビデオを見た。
Isaoくんの故郷いわき市での彼やKらが生演奏する様子がまるまる収められていた。

私はこういうふうに撮られるのがとても苦手だ。
もちろんステージ映えしない自分の姿を見たくないのがまずあるけれど、
micひとつ(それもvideoの)で音をペラペラに録られてしまうのが一番嫌なのだ。
絶対にその時の音が再現されない(当たり前だ)。

ライブ演奏はその場限り、と私は思っている。
複製は無理、どうしてもというなら、ちゃんと各パートを個別に録り、
ちゃんとバランスをとるべし、だ。

*

昨日私のと或る曲のアレンジメントを試行錯誤して考えていたのだけれど、
そういうのには全く非才であることを痛感させられる。
「ただの素人じゃん」と自分を嗤う。

それでもね、大好きな場所のある日ある時の姿を映し出しながら我が歌を流せば、
粗はそう気にならない。

<私が>気にならない。

肝心なのは歌なんだ、やはりね。
詩情なんだ。

*

今日も東京は秋晴れだね。

撮影ばっかり進むこの頃。



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2024 神無月雑記 3

3連休もへったくれもない義父の娘と超久しぶりに朝散歩。
[るんるん]Not a cloud in the skyと歌ってしまうすっばらしい秋晴れの下、砧公園へ。
いい動画が撮れた。

うれしく大蔵運動公園内に入るとサクラが狂い咲いていた。
十月桜かなと思ったけれど、いや、春に目を楽しませてくれたソメイヨシノの木だ。
十数輪というところだったが、こういう「狂い」は大歓迎。

そこから少し行ったところで、四十代くらいの男性が地面にむけてdigi-camを
向けているので、見たら、小さな薄緑の葉なのか花びらなのか、
あるいは実なのか分からぬものが大量に散らばっている。
調べるとアキニレの花びららしい。

「おお、あの男性はアキニレの花が落ちる日を独自の歳時記的出来事にしてるんだあ」

と大いに感心。

写真を撮ったが、このブログではデータが過大で表示できない。(ぷ)

帰宅して義父の娘はすぐにオンラインの仕事に入っていった。
そして午後は都心でまた仕事。


*

被団協のノーベル平和賞受賞、本当に喜ばしい!
私は昨夜の中3の授業で、日本こそ核なき世界、戦争のない世界を訴えることで
最も貢献できる国なのだ、と、公教育教師だったら自民党とそれに媚びる上役に
睨まれるようなことを平気で言って、うなずく15歳の少年少女を頼もしく思ったゼ。

*

さて、今日は音楽室に少し閉じこもるかな、夕方また散歩するとして。

みなさま、良い休日を。



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No Fear 〜それはちょっと無理だけど

私の世代の人って、今一応の健康体なら、
平均寿命まではまずいけると思っているものだろうか。
あるいは90歳などを超えている長寿の人を見たり知ったりして、
なんとなく自分もそれくらいはと思うのだろうか。

大昔私は死を学校での予防接種体験に喩えたことがあった。
たいていの児童・生徒は、授業中に他のクラスの伝言者(確かそのクラスの
学級委員長だった)による「X組のみなさん、接種会場へ移動してください」という
呼び出しを恐れたはずだ。
私はそうだった。

私が小中学生だった頃にはアナフィラキシーはおろかアレルギーなどという
言葉すらないに等しかった。
クラス全員が例外なく、伝言者がドアを開ける前にノックする音に体を硬直させ、
慄然とし、呼び出しのことばにー大袈裟なようだがー絶望した(はずだ)。

そしてゾロゾロと体育館なり保健室なりへ先生に誘導され、
すれ違う接種済みの他クラスの児童・生徒の表情を窺ったものだ。
平気な顔をしている者を見れば、少しだけ不安が除かれ、
「痛かったぞ」などとしかめツラをして言う者を呪った。

列を成し、先頭の者から接種が始まる。
近づいて、直に注射器(シリンジ=syringe)の太さや長さが見えるようになり、
押子(プランジャ=plunger)が青いものだと私はさらに絶望を深めた。
白いないし透明の押子のより痛そうに見え、また確かにそうだった記憶があったからだ。

さらに近づいて接種される級友の表情も手に取るように分かる。
目を背け、針が刺さった瞬間顔を歪め、痛みに耐える表情などを見ていると心臓が
バクバクしてくるのが分かった。血の気が引くような気がした。

そしてとうとう、自分の番だ。

・・・。

必ず自分の番が来る。

それをいつも意識していては<もたない>けれど、
Memento moriという行為・意識は、本当に、病的にならぬほどには毎日あるべき
ことであって、死の到来をいたずらに恐怖せず、しかし<正当に>不安を覚えつつ、
できるだけ前向きにとらえていきたいものだ。



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消滅可能性自治体

窓外を見る。
今日は晴れるようだ、秋晴れだ。
仕事は2つあるが、shooting(videoの)に出ない手はない。
明日からだと至るところ人だらけになるしな。

*

少子高齢化なんてもうとっくの昔に予言されていたし、だから手は打てた。
もちろん先進国化してある程度の出生率低下は避けられなかったにせよ、
今ほどの深刻な事態になるのは防げたはずだ。

FTV(福島テレビ)の過去番組を見ていて、
故郷福島県會津地方の大半が「消滅可能性自治体」であることが報道されていた。
その字面からも絶望的な自治体は、2020年から2050年までに29歳から39歳までの
女性人口が50パーセント以上減少すると見込まれると言うのだ。
我が郷土の町はおろか、會津の中心の會津若松や喜多方も含まれている。

全国ではその数744(全1718自治体中)、福島県では33だと言う。
全国の約43パーセントの自治体が消滅する可能性を有する、と。

なくなるものはなくなればいいという考えもある。
人口減少は逆にチャンスだなどと言う政治家もいる。
コンパクトな国なればよかろうと。
それが正論か暴論かは私には分からないが、
人口増減は自然現象とは言い難いことであり、ほぼ人為であって、
人為的な選択の結果だろう。
特に女性が子を産む産まない(産める・産めない)を判断する最終的主体だから、
ある女性が生涯ゼロ出産や1人だけ出産を選択するなら
政治家もあらゆる他者も口出しすべきことではないし、
そういう女性が大勢を占めたら、理屈上自治体も国も移民を入れぬ限り
消滅するのは<しかたがない>ことだ。

私が、故郷に住む人がいなくなっていて、荒廃しているのを今生見ることはない。
故郷を消滅ギリギリで去った者たちだけが、ある日戻ってみてそれを体験するのだ。
その彼・彼女はどう思うだろう。

町の歴史は古文書など全て電子アーカイブ化され、
近隣で存続している自治体の<お荷物>になるということか。

「今は草原や森林地帯になっているあの辺りに西会津町というのが在りました。
飯豊連峰の遠景の美しさはおそらく随一で、その展望スペースは残っていますね。
町についての全ての資料は今、旧郡山市、今は『郡山中通り中部・会津広域連合市』の
『消滅自治体資料館』にあります。

この資料館には他の中通りと會津の消滅自治体すべてのデータがあり、
それは電子化されていますからいいのですが、文化遺産の<現物>の保存は厄介で、
またスペースもとりますし、閲覧あるいは観覧する方はほとんどおりませんので、
郡山広域連合市としても頭を抱えておりましてね。

こうした広域連合市は全国各地にあって、同じ問題を抱えています。
県や国の補助も限定的で、今生きている者たちに優先的に予算を使えと言う声も
日に日に強くなっておりましてね。
住んでいる人がいないとは言っても市域ですから、管理はそれなりにせねばならず、
膨大な手間と予算が必要になっていましてね。
ですから、消滅自治体の文化遺産の現物についても、3Dデータ化して、
見たい方の前でホログラムでお見せする方向で検討中です」

などと未来の福島県人が言う日が来るか。


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鬼貫(おにつら)から<つらつら>思うに任せ

おお、寒くなったなあ。
そうなんだよなあ、季節が変わるときって一気なんだ。
ほんのちょっと前まで冷房のためのエアコンなくて生きていけなかったのに。

福島テレビの「空ネット」をYouTubeで視聴している。
気象予報士の斎藤さんが実にいい味出しているんだ。
季節の話題も豊富で、アシスタントのアナウンサーも東京key局のバリバリな
いわゆる「女子アナ(PCにひっかかるか)」にはない(?)まさにlocalな美ー
謙虚さ、控えめさ、清楚さ、そしてなんとなく漂う素人くささがとてもいいのだ。
<田舎におけるそこのローカル・ピーポー自慢の才媛>というか。

https://www.youtube.com/watch?v=uwby_qpTiLI&list=LL&index=4

おとといは福島市の鷲倉が全国で最も寒かった(9.1度)そう。
2位は北海道弟子屈町で12.8度、というのだから、<ふぐしま>は寒いべした!
まあ、その鷲倉は標高が高いらしいんだげんじょも、それにしたって、なあ。

「YouTubeばっかり見ている」とは次兄の弁。
私もそんな感じになっているけれど、CS放送もそれなり見る。
今はあるチャンネルでまた「鬼貫シリーズ」が再放送されていて、
3日前は新井薬師駅周辺がたくさん映り込む回であった。

そう、この中野区に在る新井薬師駅近辺こそKさんが住むところだ。
そのKさんの最新vidを先ほど見ていたら、なんとなんと、「社長」が登場!
相変わらずのハンサムぶりで溜息が出た(って大袈裟な)。

話が錯綜するが、「鬼貫」の大地康雄さんとは砧公園周辺でよく出会う。
ちょっと類例を見ない役者さんだ。
狂気を含むような正に<鬼面>でもあれば、人懐こい笑顔も見せる。
私が実際にすれ違う時の彼はほぼしかめ面と言ってよく、近寄りがたい。

「東中野署」の名刑事鬼貫さん、階級は巡査部長であって、それはないだろう。
難解な謎を解き、犯人を必ず捕まえる彼は、たとえ出世欲がないにしたって
巡査部長はないよ。さすがに警部補(古畑任三郎さんと同じ階級)くらいでないと。
さらに言えば、回を重ねて彼はアパート住まいから一戸建てを購入する。
その家は多摩川に近い狛江市西和泉辺りと思われるのだから、
せめて警部補くらいになっていないと、支払いが厳しすぎるだろうに。

昨日の回(第6話)までの鬼貫刑事の<相棒>は宍戸開さんだった。
故・宍戸錠さんの息子さんで、
Twitterではリベラルな意見を毎日のようにtweetしている。
宍戸錠さんは世田谷区祖師谷4丁目に大豪邸を構えていらした(11年前焼失)。
ここは成城学園の隣で、つまりは仙川のほとり、緑豊かないいところだ。
祖師谷小学校もそこに在り、大昔古畑任三郎=田村正和さんが通った
(その後成城学園に移り、大学まで通われた。自宅は成城4丁目となった)。

おいおい、新井薬師の話はどこへ行った?
Kの会社の社長の話は?

「社長」さんも実はその祖師谷の近くに住んでおられた。
今は都心の方へ移られているけれどもね。

一応、話の筋、通ってっぺ?

*

「社長」さんには私もお世話になった。
<近影>を見られてよかった。

Kの退職慰労の会を持ってくださったようで、松茸の土瓶蒸しなどを堪能している
様子には涎が出そうになった。

・・・おい、K、おまえさんはほんとにリハビリ中なのか!



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Isolation ~On John's 84th Birthday

昨夜雨なのでクルマで多摩川へ。
子猫チロちゃんの38周忌だったのです。
線香3本でオリオンの三つ星になぞらえてー
小雨ながら持ちこたえて輝いてくれました。

そして今日はJohn Lennonの84歳誕生日・・・って空しいけれど。
いや、空しくない。
彼の魂は生き続けています!

*

私と違っていろんな人から好かれるKは、最近會津の旧友からうまい新潟米を
送ってもらい、ピカピカの炊き立てご飯が彼のビデオでこの頃毎日見られます。
私は九月の帰省で地元の新米コシヒカリを入手できて、それを今食べています。
會津米は新潟米に劣らずうまいですよ。

あのね、私は多くの人から好かれたいとは今全く思わないのです。
昔はそのことがミュージシャンとしての成功にもつながるので、
毎日そう思っていたと言っても過言ではないでしょうね。

いやいや、人気者のKくんへ皮肉で言っているんじゃないんです。
Kだって別に人気取りで生きているわけでもなんでもない。
彼は昔から「エーミ」と呼ばれますが、それにかけて自分でamiable(愛想が良い)の
エーミだと言ってきたりしました。
いや、本当にその通りです。彼の人懐こさは折り紙付きです。

もちろん私は彼のようにはなれません。
自分を非社交的な人間とも思いませんが、しかし、齢を重ねるにつれて人付き合いに
億劫さを感じる度合いが強くなっています。

Johnの「Isolation」という歌の歌詞に、

I don't expect you to understand
After you've caused so much pain
But then again, you're not to blame
You're just a human, a victim of the insane

とあり、これはYokoとの仲や彼女との表現活動についていろいろと言われ、
手ひどく傷ついた彼の素直な心情の歌です。

君が理解してくれるなんて思っちゃいないさ
こんなにも苦しめてくれた後に
それでも 繰り返すが 君に罪はないのさ
君はただの人間 狂った者たちの犠牲者なのさ

Johnは凄絶な声でこの部分を歌います。

https://www.youtube.com/watch?v=4YPSp2VSpns

1'27"のところからです。

おお、すばらしいcoverを見つけました。

https://www.youtube.com/watch?v=QWZpORXuan4


・・・そう、「狂った者たちの犠牲者」になりたくないとも若い頃から思っていて、
その思いがいよいよ募りまくって、今、って感じかなあ。

大したこたぁないsingerとして、何を歌おうが、どう歌おうが、
俺の自由だべって、そう言い切って、生きている今の幸せ。

Happy Birthday, John!



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英語が好きになる遺伝子

娘から、我が孫がいよいよ発話、そして歌も歌詞をそれなり明瞭に発音しつつ
唄えるようになった様子を写す動画が昨夜遅くに送られてきました。

これからどんどん言語脳と発話・発声機能が共に発達していくのだなあと思うと
楽しみです。どんなことを考え、言うのかなあ。

孫というのは、4人いる祖父母から見るとそれぞれ自分らとははっきり違う形質が
子よりも多く発現するものでしょうね。当たり前ですね。

それでも、「あ、これは私似だ」と思うところがもちろんある。

またMooさんのことで恐縮ながら、お孫さんの一人が東大へ進まれた。
これは、一応慎重に「おそらく」という副詞をつけておきますが、
おじいちゃんの頭脳をかなりの高確度で受け継がれのだと思います。

私の娘は、私が進んだ大学・学部・学科まで同じところへ行きました。
また次兄の孫も全く同じところへ!
なんなのでしょうか、私の父母&先祖に英語を好きになる遺伝子があったか!?

我が會津の郷土では、石川瑛作が大いに顕彰されています。
彼はアダム・スミスの「国富論(石川は<富国論>と訳出)」を
日本で初めて訳した人で、野口英世の手指の手術をした同郷の渡部鼎と共に女性の
教育などに力を注ぎつつも、惜しくも30歳にならず早逝しました。

この瑛作が出た石川家と、我が母の実家石川家に関係があるのかどうかー
このことについては過去にも何度か書いてきました。

小さな宿場町である我が故郷ー
有史以来いろいろなことがもちろんあったわけで、
埋もれた歴史・事実がそれこそ無数にある。
どうだったんでしょうね、本当に。

もし瑛作の石川家と何かしらの繋がりがあったら、おもしろい。

*

さて、涼しくはなったけれど、東京の湿度は高いまま。
昨日は日中晴れて暑かった(確か30度だった)。
今日は最低最高気温が共に20度になりそうと予報は言っており、珍しいことです。

今朝はこれを書いて、夜明けを迎えてから外へ出ようと思っています。
雲が多いようで、そんなにいい絵面のものは撮れないでしょうが、
それはそれで、曇天の朝の東京もまた一興でしょう。


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流石のご質問

笑った。
下の記事を書いて、さあ出発とsmart phoneを持ったら、
Mooさんからmailが届いているのに気づいた。
ざっと読んで、not as ~ asとnot so ~ asの違いについてのご質問と承知し、
歩きながらつらつら考えた。

以下、こんなご質問でしたー

<同程度を表すのに、as ~ as を使うと簡単に記されていました。
教科書レベルではあまり深入りする必要はないと思うのですが、
将来のために1つ疑問があるので、ご教示願えればありがたいのです。

参考図書やネットで見ると、「as ~ as の否定」は not as ~ as と書いてあるものと
not so ~ as となっているものが見られます。
たとえは、I am as tall as my father.は父と同じくらいの背丈だ、
ということでしょうが、これを否定すると、同じくらいの背丈ではない=
どちらかが大きいとなるはずですね。
ですから、I am not as tall as my father.とするのはすんなり理解できます。

しかし、参考書では否定を「・・・ほど~ではない」と書いているものがあります。
そうすると、上の I am not as tall as my father. は父ほど背が高くないと
訳さなければならなくなり、私の方が低くなって完全な否定にはなりません。

父ほど背が高くないといいたい場合には、I am not so tall as my father.
の方が半否定のようでしっくりきますが、
「as ~ as の否定」を問題にするので、これでは否定にはなりませんね。

このあたりの教え方はどうされているのでしょうか。
悩ましいことがいろいろでてきます。
ブログ上でお答え頂いても構いませんので、よろしくお願いいたします。>


固有のコンテクストや発声上の強調・非強調を顧慮しなければ、
not as ~ asとnot so ~ asは同じと考えて良いと思います。

https://ameblo.jp/bakumatsutaiyoudenn/entry-12806308668.html

上は非常に精緻な考察で、私が駄文を書き連ねるよりよほど参考になる記事です。
お時間がない場合はずっと下までスクロールして、黒文字だらけになっているところに
「全体のまとめ」がありますので、そこを読んでいただければきっと疑問が氷解する
ことと思います。

なお、ご質問中の、私が太字にした部分ですけれども、

I am not as tall as my father.

の文では明らかに「I」の方が背が低いのであって、<どちらか>ではありません。

My height is not the same as my father's.
(私の身長は父の身長とは同一でない。)

と言う意味にはならないのです(この文なら<どちらかが>背が高い、ないしは
背が低いことを意味します)。

I am not as tall...という部分だけで、「私は背が高くない」と言っていますから、
もちろん「私」が「父」より背が低いのです。

なにしろ紛らわしい時は、別の言い方にします。

I'm shorter than my father.
My father is taller than me(I).

と言う、ないしは付け足せば誤解が生じません。

あるいは場合によっては、

My father is a tall man, and you see, I'm tall too,
but he's (much) taller than me.

なお、not as ~ asとnot so ~ asには以下の意味はありませんが、
「父と同じで私は背が高くない」と言いたい場合は、

I'm as short as my father.

I'm not tall, and neither is my father.
などと表現します。


*追記

「鯨構文」と俗に言われる構文で書き換えの例を示しましたが、不適当でした。

I'm not any taller than my father who is short.
(背が低い父と比べ私が背が高いということは全くない。)

みたいな説明的に過ぎる言い方はありうるとは思いますが。


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2024 神無月雑記 2

昨日と全く同じパターンで、先ほど目が覚めました。
記事更新をしたら、今朝も歩きでいいほど涼しい夜明け頃となるでしょう。

*

大谷さん、藤井さん、この2大超天才が昨日もすごかったですね。
このお二人のことについてまた書くほどの他の方にはない新味ある情報を私が持ち合わす
はずもありませんから、ここまで。

将棋界の話で言うと、ちょっと前に触れた奨励会三段で年齢制限退会した中七海さんが
女流棋士として再出発することが公表されました。
大変喜ばしい。

女流でありつつも、正式な「棋士」を脇目も振らずに目指す西山女流と共に、
「女流将棋」の底上げをぜひしていってほしいものです。

*

昨夜NHKスペシャルを見出して、眠気もあったけれど、
ガザ地区で殺された赤ん坊と子どもたちを悼むtweet(?)をしたイスラエルの
教師が警察に勾留され、釈放の後今度は「愛国的』生徒らに糾弾される場面を見て、
たまらず開始10分くらいのところでTVを消し、さっさと就寝しました。

罪など一切ない(あっても殺されていいはずもないが)赤ん坊や子どもたちが
現実に殺されてしまっている悲惨な現実を嘆くことが糾弾される異常!

*

自民党は今かつてないほど深刻な分裂状態にあると言っていいでしょうね。
それも四分五裂ではないか。
石破さんが本当に裏金議員などを党公認候補にしない、しかも相当数にそういう
処分をしたら(もちろん正しい処分です)、間違いなく党はぶっ壊れるでしょう。
処分された側の人々はきっとあのタカ派女性リーダーに糾合してゆく。
それなら二つに分裂ですが、今石破さん側にいる議員や党員の多くにとっては
それは一時的なだけのこと、厄介な問題を石破さんが一応あるいは曲がりなりにも
片付けた暁には、きっと2、3の徒党を組んで袂を分かつはず。
その後はどうなるかー

Whatever will be will be

いよいよ「左から右までいるヌエのような政党」だった自民党は終焉するでしょう。

*

野党は野党で、混迷は続くでしょうね。
野田立憲は総選挙で比例票を増やすのがほぼ確実で、それで現有議席減という結果に
なることはなさそうな気がします。しかし、今のままでは小選挙区では前回を上回る
結果を出せるはずもないと思います。「共闘」の調整がつかないからです。

・・・なんか、日本の「政局」のことを書いていても空しい。
ど素人がギャアギャア予測したってね、意味がない。

や〜めた。

Whatever will be will be

*

おととい二子玉川の花火大会、そしておととい昨日と近くの神社の祭礼。
いずれにも全く足を運ぶことはなかったです!

姉がコロナに気をつけなさいと盛んに言っていて、
人混みを避けるに越したことはないー
まあ、それもほんのちょっとありつつ、とにかく人混み自体がもう好きじゃないから。

家の前の道をときに多くの中学生や小学生が通るのをちょっとだけ窓から見たけれど、
「おお、これは懐かしい」とは思ったけれど。
私にもそんな年齢の時があったのはもちろんで、祭礼では、境内や露店巡りなどで
小学生としては学校以外の場所で同級生の女子たちと、
中学生としては制服姿ではない私服の女子たちとすれ違うのが楽しみだったっけ。

今の、そして東京の小中学生も明らかに同じだ。

*

さあ、4時だ。
そろそろウォーキングに出ますか。


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