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2024 文月雑記 4

今朝成城3丁目の木立でミンミンゼミの初音(?)を聴いた。
梅雨明け早々、分かってるなあ、出るタイミング。

*

庭のムクゲの花が毎日たくさん落ちる。
掃除が大変だけれど、気づいたことがある。
掃いているとアリとダンゴムシが落花の周囲に数匹ずついるのだ。

「これはもしかして、ムクゲの花って甘いんじゃないか。」

そう思ってWikipediaー
しかしそんな記述はない。
ところが「ムクゲ 甘い」で検索すると、那須高原のレストランの方が、
アオイ科の花の中ではムクゲが生食でいちばん美味、というようなことを書いていた。

やっぱり。

ムクゲの落花はクルクル巻になっていて、枯れた感じがまったくなく、
自宅のは薄い赤紫だが、姿形も愛らしく、美しい。

乙女椿の落花よりもはるかに<まだ現役>感がある。

大好きだ。


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2024 文月雑記 3

ガザでの一般市民虐殺、ウクライナでの戦争は一向に収まらない。
そんな人類史の今を私たちは生きている。

昨日私は若い人たちに持論を述べた。
「人類はいかなる生存の危機も乗り越え、永遠に存続するか」というテーマで
英作文をさせる宿題を出した折だ。

地球外生命、特に恒星間旅行ができるような圧倒的な技術力を持つ「宇宙人」が
いたとしたら、たかだかちっぽけな地球の資源や人間を狙うことなどあり得ないー
途方もない、まさに天文学的な距離を移動できる技術を獲得した生命体が、
どうして地球にしかないものなどを収奪しようとするだろう。
エネルギーについては、核融合技術を持っているに違いなく、
物質さえあれば無尽蔵にエネルギーを取り出せる。
人類が珍しく欲しがる?
そんな下卑た欲望など持っているはずがない。
圧倒的な技術力を持つまでにその文明破滅の危機(核戦争、気候変動など)を
乗り越えてきた<哲人>たちが、どうしてそんな下等な欲望を持つというのか。

すべてのウルトラマン的ファンタジーはただただ娯楽であって、
それ以上でも以下でもない。
もちろんそれでいい。

しかし宇宙人=侵略者とした発想はいかにも地球人的で、浅い。
火星人が地球を侵略するというのは発想して悪くない。
同じ太陽系内で、欲しいものは共通する。
それでも、表面に水のないあの惑星に地球人並みないしは以上の知的生命が育つとは
到底思えない。

若い人々に、だから問うた。

地球人という宇宙人は、恒星間旅行ができるようになるまで生き延びれるか。
思想、宗教、民族などの違いを乗り越えて、破滅の道を辿ることはないか。
欲望の果て、資源を枯渇させ、環境を破壊し、住めなくなる地球にしてしまわないか。

*

今朝は狛江五本松コース。

多摩川端ではキリギリスがもう鳴いていた。
アブラゼミの声も聞いた。
ウグイスがこちらでも狂い鳴きしていて、ガビチョウかとも思ったが、
やはりウグイスのようであった。
野生化したインコが、日本にはふさわしくない歌を唄っていた。

夜明け、大昔ここで写真をいっぱい載せつつ梅雨明けの朝を記述したが、
同じような空模様で驚いた。
今日できっと梅雨明けだ。



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なぜ駅名が「祖師ヶ谷砧」ではなかったか

Mooさん今日ご退院。
よかった、よかった。

入院中の最後に、病室で極左翼についての論考を書かれていて、興味深い。
60年代の学生運動、左翼運動ついて、Mooさんが同時代者として目撃、
体験したことを2回にわたって書かれるようだ。
(上の書き方で明白だが、あえて書けば、Mooさんは東北大生として、
後に教員として、60年代を極左勢力とは対峙して過ごされた。
当時私が小学生として随分TV新聞で見聞きした「代々木系」の人だった。)

退院されればまた<野良仕事>が待っている。
明日梅雨明けしそうだ。
いくら安曇野でも猛暑になるのは疑いない。
どうぞご無理のないように!

*

今朝はこのところ一番の涼しさで、驚いた。
最後の梅雨寒、というところ。

今回は砧公園、上用賀、用賀コースだった。

用賀は世田谷区に入る(1932年)前は東京府荏原郡の一部だった。
私の拠点の某箇所は、北多摩郡砧村に在って、その大字・大蔵に属していた。
(ちなみに成城は同郡同村大字喜多見の一部だった。)

用賀は要するに砧村と隣接する他郡他村であった。
荏原郡は中心が今の品川区や大田区の方に在ったから、より江戸に近い方、
またより海に近い方、さらには東海道に近い郡であったの対し、
北多摩郡はより内陸の田畑まばらな山野だったと言ってよかろう。

世田谷区の「玉川地域」は、つまり昔の荏原郡域の西の地域を世田谷区に編入した
ところなのだ。その東端は玉川田園調布や東玉川、そして西端が用賀、上用賀だ。
有名な二子玉川はその中間に在ると言っていい。

違った角度で言えば、砧地域は小田急線沿線、玉川地域は主に田園都市線沿線という
ことになる。

だからどうした、なのだけれども、
おととい「砧地区区画整理事業」が完成したことを記念するアルバムが出てきて、
その昭和50年代の「偉業」を担った人々の写真や文章を楽しく見、
また読んだのだ。

NHK技研、国際放映、円谷プロ、東宝砧撮影所はすでに在りつつも、
急激な宅地化で、野放図な街並みにすでになっていたり、
あるいはもっとなっていくという危機意識が、北多摩郡以来の地主さん(旧農家)らを
動かしたのだ。

道路を整備する、公園を造る、できるだけ整然とした街区を設定し、
既存の家を移したり・・・。

そんな、すでに今やほとんどの方がとっくに物故されている彼らの当時の奮闘ぶりを
読んでいるうち、長年の謎が解ける一文に出くわしたのだ。

小田急線の「祖師ヶ谷大蔵」という駅名についてだ。

駅の北側が祖師ヶ谷であるから、駅名の前半はむろん納得だ。
しかし、南側はずっと1.5kmほどは砧なのだ。
駅自体も砧8丁目に在る。
世田谷区大蔵はその駅1.5km南にやっと出てくる地名である。
なにゆえ「祖師ヶ谷砧」ないしは「砧祖師ヶ谷」ではないのか、と。

「区画整理事業」の長老は語るー

小田急が通って(1927年)駅ができるとき、<千歳村>の祖師ヶ谷と
砧村の大蔵の端境にそれが設置されることになった。
当時千歳村には有力な地主が複数いて、団結力もあったようで、
駅名も「祖師ヶ谷駅」となりそうであったが、さすがに砧村大蔵の我々もそれは
平等なことではないと反対し、小田急が妥協案である「祖師ヶ谷大蔵」という
両地名併記の名前を考えついた、と。

駅に近い方の砧村大字大蔵は、さらに字が有って、山野と言った。
区立山野小学校はその旧名を残している。
とすれば「祖師ヶ谷山野」でも良かったであろうが、上位地名の大蔵が黙っていない。
また「祖師ヶ谷砧」とすれば、「砧」はさらに上位地名であって、
喜多見や成城、岡本、鎌田などをも含むから、
<ピンポイント性>に欠ける、ということだったのだろう。

旧東京府北多摩郡砧村大字大蔵字山野が、
今の世田谷区砧(1丁目から8丁目まである)に相当すると言って良い。

すっきりした。

俺だけ。


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なにしろ狛江の東野川居住時、遠望した大好きな丘だし

IMG_0570.jpeg


今朝も成城方面へpotteringー

さて、私はそこの一員になれたらいいなと思っている?
成城好きは、貧乏人の僻みから?

いや、誰だってあそこに家が建てられる経済的僥倖に恵まれたら嫌に
思うはずはないでしょう。
しかし、その現にluckyな人々に対してそうでない自分を悔しがったり、
彼ら彼女らにそねみを感じたりなどということは一切ないし、
さらに、過度な憧憬など感じないし、感じたところで虚しいだけではないかという
認識をしっかり持っていますワイな。

全然尊敬などしていない人がそこに豪邸を構えていても、
「だからどうした」としか思わない。
私が優れた藝とか技術とかなどとは思わないことで成り上がった人間が泡銭を掴んで
贅を尽くしていようが、そんなことには一切の憧れなどを抱くことはない。
憧憬とは、つまり、私にとっては卓越した藝や技術を持った人にしか抱きようがない。

そういう人が、やはり趣味の良い家を、木立や水に恵まれたところに
建てていることに私は感動するのだ。

田村正和さんのお家は、高い木に囲まれている。
周囲の目を遮断する意味もあろうけれど、木が好きであることも間違いはない。
田村さんのお家から少し東へ行くと、大江健三郎さんのお宅が在る。
このノーベル賞作家は、四国の森深いところに生まれ、
成城在住者の先輩柳田國男さんに憧れて同じ町に居を構えたという。

上で書いたお三人は皆鬼籍に入られてしまっている。
柳田さんはとっくの昔、田村さんと大江さんは最近のことである。

お三人の魂が、私が祈れば、思いを致せば、感じられる。
そのとき、もちろん近くにお三人が愛した国分寺崖線の木々が一緒だ。


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成城の崖線の自然を愛した名俳優

早朝pottering(=cycling)ではいろんなコースを行くが、
そのコースのひとつに、<もちろん>野川へまず行くものがある。

成城3、4丁目は私の好きな佇まいを持つ、誰もが認める高級住宅地だ。
いずれの街区も少なくとも経済的な栄達を果たした人たちばかりが住民だ。
以前にも書いたが、都心(千代田、中央、港、文京、渋谷、新宿西部)に在る
高級住宅地とは違って、木立と川を愛するrich peopleの街と言っていいだろう。

もちろん土地の価格などはその都心高級住宅地の比ではない。
しかし、成城もそうだし、岡本2、3丁目や、上野毛や深沢などの世田谷区内の
豪邸街に住むセレブたちには、国分寺崖線の緑とはるか下を流れる川のもたらす
潤いと静けさ、穏やかさを愛して<あえて>都心を避けた人々が多いと言ってよかろう。

Potteringから帰ってくると、CS放送では「古畑任三郎」をやっていた。
なんとまあ、田村正和さんのカッコいいこと。

この田村さん、神田生まれの江戸っ子、阪東妻三郎の三男として出生。
このお父さんの「阪妻」は大スターに成り上がって、成城4丁目に大邸宅を建てた。
そこを引き継いだのが正和さんだという。

正和さんは、父阪妻さんが亡くなって後小5で祖師ヶ谷小学校に京都嵯峨野から編入、
そして中学、高校、大学と成城学園で学んだという。
阪妻さんは成城の隣世田谷区砧5丁目の新東宝、後の国際放映との縁で成城に土地と
家を持つことになったのか。

その家の敷地は300坪くらい、圧倒的な豪邸で、国分寺崖線の高台際に建ち、
富士山をはじめ素晴らしい眺望を楽しめる。

正和さんはだから、11歳くらいから亡くなるまで成城でずっと暮らされたわけだ。
崖線の緑と野川を愛され、散歩もよくされたという。
その田村邸の下ということになるが、野川のほとりに草刈正雄さんが住まれており、
彼とは数度野川沿いの歩道ですれ違ってきたが、残念ながら田村さんとは一度も
出会わなかった。

崖線の木立と野川を愛するという点以外、なんの共通点もご縁もなかったけれど、
その唯一の共通点だけで、田村さんを慕わしく思う。
子どもの頃、「新吾十番勝負」を観て、こんなにカッコいい俳優さんがいるんだと
本当に憧れたものだ。

「古畑」はリアルタイムでは観なかった。
激愛する「刑事コロンボ」のオマージュとは云え、そのアメリカの大ヒット刑事物
ドラマに敵うはずがないと敢えて視聴しなかったのだ。

しかしその「古畑」は、私より2世代若い人たちとも共有できる、
田村さんの代表作になった。

やっと、なるほど、代表作だなあと今になって思い知っているところだ。


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Can Americans pull themselves together?

Donald Trump氏が撃たれた。
幸い弾丸は右耳の辺りを擦った程度だったが、巻き添えの死者やケガ人がいたようだ。

なんということだ。

私は彼の支持者どころか、Robert De Niroに同調するほど反トランプだが、
反トランプの誰かの仕業なら断固糾弾したい。

アメリカ人なら、いや、アメリカの銃社会事情を知っている者なら誰でも、
今度はBiden大統領が狙われるのではと思うだろう。

そしてそうなりそうであることが本当に怖い。

もしこのTrump氏銃撃で、彼の支持者たちとアンチたちとの武力闘争のようなことが
起こってしまったら、もう歯止めが効かなくなってしまうのではないか。

どれほどあの比較的若い国、移民国家、人種の坩堝の国家がこの重大局面で
国民総体としての自制ができるかー

それは世界情勢にも大きく影響する話であることを肝に銘じたい。


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I'm no great; I'm nothing special

Kからの、私の長文メールに対してのそれに負けない長文返信を読んでいろいろと
我が音楽人生を振り返ることになった。
私の長文とは、ある楽友の作品に関する想いを書いたものだ。

「そういえばこうだったな」と思い出すことも多かった。

いやはや、自分のことながら波瀾万丈だったなあ、と。

多くの方に支持していただいてきた。
楽友はもちろん、業界の方々にだ。

一体自分がmusicianとしてどれほどのものなのかとあらためて思う。
あるいはsingerとして、か。

歌うたいとしては、やはりチビの頃からのBeatlesなどの「洋楽」シンガーたちの
歌い方を模倣する習慣が大きかったから、それなりの歌唱能力がついて、
それを認めていただいたということだ。

ではsong writingについてはどうなのか。

楽典知識などほとんどない私だ。
作曲法などもてんで学んだことはない。

ただ、自分の好きなコードを奏でて、そのコードの響きが心模様を作り出し、
そこに浮かんでくる言葉を節をつけて歌うー

それだけのことでやってきた。

それだけのsinger-songwriterだ。


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我が住処こそ

「とある親族」の手術は成功、ただし<残り>が発生し、来月に再手術となった。
見舞いに行くと、元気な様子で本当によかった。
医療技術の進歩には心から感謝する。
病院スタッフも皆感じのいい人ばかりで、「さすが」と言うしかなかった。

明日退院で迎えに行く。
「とある親族」は快適な3日間の個室生活を終えるが、やはりなにしろ我が家こそと
うれしく思うことだろう。

Be it ever so humble, home is home.


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2024 文月雑記 2

今朝はここ数日の朝に比べ少し気温が低めで、自転車乗りのスタートは爽快だった。

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写真は先ほど夜明けの成城の丘、そして東の空。

*

ある親族の入院があって、その準備・打ち合わせも含め病院への送り迎えが数回、
全然大した仕事ではなかったけれど、親族のこれから数日を考えると、
7、8年前の自分の入院・手術時のことを思い出して共感、憂鬱な気分になった。
その親族は今日が手術、大きなものではないのが救いだ。

さらに、とある知人が体調すこぶる悪く、やはりこれから入院と手術を控える。
また、Mooさんも今日入院だ。

そして私だっていつ<呼ばれる>か分かったものではない。

*

3件で刑事告発されている3期目の都知事、
2つの訴訟で敗れた、都知事選得票数2位の元市長。

一体どういう選挙だったんだろう。

*

冒頭の話に戻るが、もう数日前から朝にニーニーゼミの聲を聞いている。
もう少ししたらヒグラシだ。
そしてアブラゼミ、ミンミンゼミ、そんなこんなでコオロギー

あっという間だぞ。

昨日の朝、自転車乗りから戻ってきたら、近くの木立で鳥の歌声ー
音色はウグイスだけれど、メロディーが全く違う。
打たれたように私は自転車を止め、声の方向に目を遣る。
すると斜向かいの家の住人Nさんが丁字路の左側からやってきて、

「ウグイスですね。」

「ああ、そうですよね。歌が違うけれど。」

私はそう応えて、Nさんは7-11へと再び歩き出した。


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民意を尊重するー しかし戦いはつづく

民意が示された。
比較最多数の都民が小池百合子を支持し、彼女に都政をまた1期、
つまり3期12年続けさせる判断をした。

こればっかりはもう受け入れるしかない。

蓮舫さんは2位にもなれないのか?
本当に驚きだ。

彼女は力不足を言うだろうし、そうであろう。
しかし、彼女がやってきた努力以上に何ができたと言うのか。

自民党のステルス作戦も、宗教団体の組織運動も成功させてしまった。
何より、公開討論を避けまくって、論争を逃げる現職の作戦成功を許してしまった。
それは蓮舫側の人々(支持者を含む)全体の力不足だった。

それでも、今回の蓮舫支持の動きは絶対に徒労ではない。
その余波は、きっと都政をよりマシにする力になっていく。

お疲れ様でした、蓮舫さん、そして支持者のみなさん。


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ビートルズがactiveだった60年代はやはり日本もまともだった

Xでおもしろい写真を見た。
1960年代、都知事選のもので、当時の社会党委員長だった佐々木さんが、
美濃部亮吉候補の選挙カー前に立つ。
その街宣車には大きな垂れ幕があって、美濃部さんを推薦するという芸能人中心の
名前が大書されているのだ。

その中、驚くなかれ、まず勝新太郎さんー
市川雷蔵さん、(きっと)中村錦之助つまり萬屋錦之介さん、
渥美清さん、緒方拳さん、高峰秀子さんー
澤村貞子さん、加東大介さん、長門裕之さん&南田洋子さん夫妻
(この4人の方は姉弟と甥っ子夫妻という関係)ー という面々。

美濃部知事はいわゆる「革新候補」で、社会党と共産党の推薦、
これもいわゆる「社共共闘」と当時呼ばれた。
それから都知事3選、全国の「革新知事」の旗手であった。

「芸能人は政治に口出すな」ー
いつからこんなアホな言説が罷り通るようになったか。
はっきりそうなったと言えるのが、安倍政権時代からだ。

今回蓮舫支持を明確にしたアーティストは、有名な人、
そしてさほど知られていない人も、それなりの数になっていたように思う。

しかし、60年代、美濃部革新都政を支持するとした芸能人たちの知名度は本当に
比べようもないほどに高かった。
銀幕のスターたちは、あの当時、今ではほとんど信じ難いほどに影響力があったのだ。
そして政治的姿勢を明確にして彼ら彼女らが不利益を被った、
あるいは自民党政権の仕打ちを受けたというような話は寡聞にして知らない。

世の中が陰湿になったのだ。
TVなどで食う者たちは、多くが3猿状態になった。
電波行政を管轄する総務省(むろんその上の総理大臣ら)や、
政権と結ぶ大手広告代理店の陰湿な支配があるからだと言い切って
きっと間違ってはいない。

亡くなった忌野清志郎さん、坂本龍一さんなどのお名前が脳裏に浮かぶ。
今回は小泉今日子さんかー

くだらぬ縛り、自分の思想信条の自由を侵す者たちを恐れぬアーティストたちに
続かねばならない。
むろんアーティスト以外の人々も。


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その小さな魚がわのN元首相は、アンコウみたいだけどね

おととい渋谷区内のスタジオからの帰途、
千歳船橋の駅の出口正面でいわゆる「ひとり街宣」をする女性お<ふたり>を発見、
城山通りを西進していたが、右折して、徐行しつつ、
「ご苦労様。がんばってください」とありきたりのセリフで声がけした。

すると、一方の女性が、「何ですか?」と少し怒気が含まれた声を発する。
私はあっという間に、お二人に心ない言葉をかけた者がすでにいたのだろうと察し、
彼女らをもう通り過ぎていたが、再度同じセリフでおふたりに声がけした。
聞き取れたおふたりは「ありがとうございます!」と言い返してくれたが、
それでも私はその声が緊張感を帯びているように聞こえたのだった。

『スイミー』という物語があるそうだ。
大魚に襲われるという恐怖を抱える小さな魚たちが、
群れなして皆で大魚のようになって思うように海を泳ぐ自由を獲得する。

ひとり街宣はその小さな魚の、大魚に負けぬための行動なのだとどなたかがXで
書かれていた。

私が出会ったひとり街宣のおふたりも、まだ恐怖を抱えていらした。
そうとしか言いようがない反応であった。

それでも私にとって、蓮舫さんの勝敗はどうあれ、
東京は変わりつつあると実感した瞬間だった。

東京では1千万を超える人々の一人ひとりが、その圧倒的数の他者を雑風景の一部と
してしか日頃見ていないはずだ。
しかし、ひとり街宣をする方々は、少なくとも都知事選では、
はっきり私と同じ思いの人だ。
思いが見えた、ということだ。

「蓮舫」と私は漢字で書くー
明日。


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2024 文月雑記

朝も早よから泣いた。
河本千奈ちゃんが幼稚園の送迎バスに取り残され、熱射病で亡くなった事件の判決。
元園長に実刑が言い渡されたのだ。

その元園長、もちろん故意でも何でもないが、
結果としていたいけな少女を殺めてしまった。
つまり重過失で実刑となったのだ。

うっかりしてはいけないことでうっかりしてしまったー
これは誰にでもあることだ。
しかし、送迎バスで全員が降りたかどうかを確認するというmustを怠ることは
本当にあり得ないというほどの過失、怠慢、不行き届きだ。

千奈ちゃんがどれほどに苦しんで、悲しくこの世を去ったことかー
想像するだけで泣けてしかたがない。

世の子を愛する親、孫を愛する祖父母たちは皆そうだろう。

プロとしての当たり前は決して軽んじられないはずだ。
そうであってのプロだ。

千奈ちゃん、どうか安らかに。


*

昨日は夕方(と言ってもまだまだ明るく、蒸し暑さ致死的な中)自転車で
また渋谷区内の某スタジオへ。
スティックが2曲叩いてくれ、がっちゃんがエンジニアリングをしてくれた。
これで3度目のこの形での録音。

終わって、甲州街道と環七が交わる辺りで夕焼けを見た。
この歳になるまで、スティックとがっちゃんとで奏で合いができるうれしさが込み上げた。

*

朝から猛烈に暑い。

みなさん、ご自愛を!



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Rー ぜひまた世田谷近辺へ!

蓮舫さんの対抗馬の1<頭>、石丸さん。

安芸高田市議会での様子に溜飲が下がること多く、この人はすごいと思ったものだ。
小さな地方議会に高い知性上のハードルを設けたからだ。
日本のそこらじゅうにいる頑迷固陋な議員たちー
その典型のようなお爺さんお婆さんを快刀乱麻の弁舌で斬り倒していくのだ。
「人生の先輩にこういう言い方はしたくはないのですがー」の枕詞も気に入った。

しかしー
ある女性議員に「恫喝された」と言い、裁判沙汰になったとき、
きっとそういうこともあったろうと私は贔屓目に事態を見ていたのだが、
だいぶ後になってその恫喝されたという時の録音が公になって、
なんと全くそんな脅しの言葉などなかったことを知り、暗然たる気持ちになった。
対立構図を意図的に作り、しかも劇的にして、YouTubeに上げ、
知名度と金を得ていく手法なのだと言わざるを得ないと私は断じた。

議会との対立を限界まで強めて、ならば民意を問うて2期目を目指すのかと思ったら、
何と都知事選に出るという話になり、そうかこれが彼の真意だったのかと。

そしてこの都知事選でも箔をつけて、きっと国政進出、果ては総理大臣を目指すのか?

まあ、それは彼の勝手だ。

しかし、恫喝など全然していなかった安芸高田市議会議員さんは気の毒だ。
その二審判決もその議員さんの勝利、石丸さんは敗訴。

議員さんに謝罪などしていないんだろうな。

その一点で私は彼を全く支持しようがない。


昨日は蓮舫さん、調布で演説、大変な人出だったそうだ。
仕事があったから行けなかった。
かえすがえすも残念。
民主主義を取り戻す旗手である彼女を生で見たかった。
できればハイタッチしてもらいたかった。


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隠遁してもPeace and Love

大昔一世を風靡したコピーライター氏が、SNSから離れて穏やかな日々になっていると
いうようなことをXで書いていた。

気持ちは分かる。

そのコピーライター氏は政権批判をする人々に冷笑的な態度をとってきた人物で、
そこを叩く人たちとのやりとりなどにうんざりしていたのだろう。
私は正に逆で、党派性を超えて、おかしいことはおかしいと思うし批判するのであって、
そのおかしさを指摘することを党派的行為としてレッテル貼りし、
不正をする者たちの行為を黙認する、擁護するような人々の存在こそに
うんざりしてしまったクチだ。

世間のことなど我関せず、ただ自分の興味あることだけに目を向け、
世の蒙昧にかかずらわることなき日々を過ごせたらそれでどれほど安息なことか。

しかしそういうことではやはりいけないと思ってしまう。
Mooさんなんて、統計的な根拠をもってご自分が住む自治体の将来を憂い、
より良き共同体の未来のために行動されてきた。
その行動・活動にかけてきた時間と労力は膨大なものであって、
それを他のことー趣味や学問ーに振り分けていられたらどれほどに個人としての
生活がより潤いあるものになっていたことだろうと私は思う。

氏を称賛するばかりで、全く範として行動はしない日々を過ごしてきた私だ。
せいぜい欠かさずに選挙権を行使してきただけだ。

私が今回蓮舫さん支持をここで書くことにほぼ何らの影響力もない。
それでもせめて現職のおかしさを是とする人々とは絶対に一線を画す!

もし現職再選となったら、前述コピーライター氏と同じで、SNSや各種メディアから
隠遁する生活を送るかもしれない。
その安息さにますます共同体の構成員としての責務から遠ざかるかもしれない。

そして昔書いた恋の歌などの完成に邁進するー

けれど、その恋すらも、安定した生活と平和あってのことなのだー
と再び思い知って、Peace and Loveとここで言い続けるだろう。

命ある限り。


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Teachers' Sons

今日はがっちゃんが訪問してくれて、用事は私のネット・リテラシー不足でのことで、
さっさと終わらせ、のちは長くダベりました。

がっちゃんのお家はなかなか私の家のありよう(<在った>様)に似ていて、
話が合うんですよ。
バックグラウンドが類似している人って私の知り合いにはあまりいないんです。

たとえばがっちゃんのご両親は教師、私の父は代用教員上がりで地方公務員。
母が共に美形(笑)。
ま、何しろ共に田舎。

楽しい時間でした。

*

Mooさんは「錆」ついたところがありながらもお元気そう。
10日に手術ということで、その時東京が蓮舫新知事になっているという
すばらしい出来事でMooさんが気持ちよく入院されますように!

そういえばMooさんのお母様も教師でいらっしゃった。
そしてやはり美しい方であった。

教育者の息子同士って、気が合うのかなあ。


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7月になったね

ノリ=リズムは大事だよ。
蓮舫さんが昨日2つめの新宿街宣で、若者たち主催のもの(?)に出ておられた。
彼女が着く前は若い女性たちが次々スピーチをし、蓮舫支持を訴えた。
そして司会進行のこれまた若い女性が、蓮舫コールを彼女が到着前に指導する。
流れる音楽はhiphop。

しかし、1曲、みんなで詩とメロディーを唱和することもあっていいし、
そうあるべきだと私なんかは思う。
高揚感も大切だが、しみじみした歌詞でじわじわと団結をもたらす歌があるべきだ。

え?
それが昭和ジジイの発想だ?

*

Mooさんの記事更新1週間なし。
心配しております。

*

小田急の「人身事故」が頻々と起こっている。
もちろん小田急ばかりではないが。

何もできない。


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