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チャールズ王を感激させるEmpress Masako

私はリベラルだが、今上天皇・皇后両陛下&愛子さまのファンである。

天皇を頂点とするヒエラルキー社会は打破すべきと言う人がいれば、
その考え方を怒りをもって否定するなどということは全くない。
「天は人の上に人をつくらず」という考えは真理だとも思っている。

それでも今上天皇・皇后両陛下&愛子さまを支持するのは、
お3人が日本型ヒエラルキーの頂点におられることに全く関心がないようだからだ。
むしろ一般国民目線に心情的にも物理的にも(膝を折られて話しかけられるとか)
合わせる生き方をされているからだ。

さらに、皇室の<神話>を全て信じることなど毫にもないが、
それでも王朝交代がほとんどなく千何年も続いてきたこの農耕の民の長の家が、
この列島に遍くその存在感を伸長、spanしている事実にも感動するからだ。

もう20年近く前、私は九十九里へ行く途中わざと下総台地の田舎道を通った。
農家が点在するだけのある集落に里山があり、その麓に鳥居があった。
私はクルマを降り、鳥居から高さ30メートルくらいの<頂上>に在るお社までの
階段を登り、眼下の田植え前の田圃の広がりを見て、しみじみとした。

ここに田畑を拓いたのはいつ頃の人たちだろうー
豊作を祈願してこの小さなお社を里山に築いたのはいつだったのだろうー

そのお稲荷様であれ、水神様であれ、山神様であれ、
あるいは八幡様であれ、またどんな神道の神様であれ、
その神たちともっとも強く結びつく<この世の>家があるとすれば、
それは天皇家なのだ。

それは事実とかというより、祭って、祈ってきた人々の長い長い間の認識なのだ。

もちろんそんなことは全くないという農家の方も多かろう。
収穫は天候に左右され、その天候を人間は左右できない。
神を祭ろうが祈ろうが、それで晴れたり降ったりはしないと断言する人も多かろう。
しかし、たとえ気休めでも五穀豊穣を祈ることを理性的態度ではないと嗤う人は、
まずその心をこそ豊穣にしたらどうかと私なんかは思ってしまう。

そして私はnobleな人が好きだ。
私自身にはないまさに優雅なたたずまいを持つ人に憧憬していけないことはない。
優雅で心優しい人だったら、誰だってその人に魅了される。

今上天皇・皇后両陛下&愛子さまのお3人は、そういう方々に私には見える。
そしてきっと内実もそうなのだ。

どんな家族も、このお3人を範としたいではないか。
互いを心から愛し、尊敬し合う気高い家族を。



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